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佐木隆三著『身分帳』より(6)


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佐木隆三著『身分帳』

 佐木隆三の『身分帳』から、六回目。

 十三年間の塀の内の生活の後、東京の身元引受人である人権弁護士の事務所で、弁護士の奥さんの雑煮の味に胸が熱くなった山川一。

 彼の第二の人生は、その後、どう展開したのか。

「お雑煮、お代わりは?」
「奥さん、もう結構です。美味しいからといって沢山いただくとパンクの原因になるです」
「じゃあ、お茶を入れましょう」
 刑務所では大きな薬缶に入れて、房に注いで回る。茶色だからお茶というだけで、味わうようなものではない。押し頂くように啜っていると、弁護士が紙袋をテーブルに置いた。
「古い手紙を整理してみたんだよ。懐かしいだろう、読んで見るといい」
「自分の手紙ですか?」
「いろいろ混ざっているよ」
 懐かしいというより、古証文が出てきたような気分だった。弁護士は仕事があるらしく机についたので、恐る恐る手を伸ばした」

 山川が手にした“古証文”の中には、例えば、弁護士が、出所前に東京に移送して入院させてはどうかという依頼を、旭川での出所、本人の東京への移動に問題なし、とする旭川刑務所長の手紙があった。

 刑務所長が、「山川一君」と書いている。君付けで呼ばれたことは一度もないのに、健康状態まで気遣っているのは意外だった。

 山川自身の手紙もあった。
 それは、元妻の久美子に関することだった。

 山川一の第二の人生の前に、妻久美子との出会いなどを振り返りたい。

 四十九年十一月、宮城刑務所に確定移監されたとき、領置金は三十四万九千七百四十円だった。亀有のキャバレーでホステスだった妻の久美子が、東京拘置所に差し入れたのだ。
 久美子は七つ年上だった。四十一年四月、京都刑務所を出所して福岡市のキャバレーで用心棒を兼ねた芸能マネージャーになったとき、子持ちのホステスだった。新聞社で営業課長の夫が女を作って家を出たから、面当てに水商売に入ったと聞かされた。気が強いが面倒見がよく、同僚ホステスに人気があった。二十四歳の山川は十代のホステスと同棲中で、特に久美子に関心はなかった。
 四十二年春、ツケを払わないサラリーマンを殴って捕まり、一年間の懲役を食らった。
 満期出所してキャバレーに復職したが、同棲していた女は消息不明だった。
 久美子は依然としてホステスはで、山川の相談に乗ってくれた。小学校のPTA役員もする姉御肌で、華奢な体つきながら三人の子持ちには見えない。自然に肉体関係が生じて、「こんな強い人は初めて・・・・・・」と喜悦の声を上げ、山川の身上話を聞いて涙を流し、「私をお母さんと思いなさい」と抱きしめた。
 この時期に地元の暴力団といざこざを起こし、身が危険になって東京へ逃れた。四十四年秋、桐生市のスーパーから売上金九百万近くを持ち逃げしたときは、福岡の久美子を呼び出して豪遊した。
 結局は博多署に逮捕されて、前橋地裁で懲役三年を言い渡された。刑務所を転々として最後は佐世保だったが、出所したとき三十一歳だった。久美子は同じキャバレーでホステスをしており、「あんたを待っていた」と訴えた。夫は家に戻って、「お互いにやり直そう」とキャバレー務めを止めさせようとする。しかし、体に触られると鳥肌が立って耐えられない。子どもたちは小学校の高学年から中学生になっているし、今度は自分が家を出るつもりだと打ち明けた。
 四十七年秋、正式に離婚した久美子と東京へ出た。離婚を渋っていた夫は、会社に乗り込んだ山川が「奥さんは俺が貰う」と凄んだら、自分が三人の子の親権者になる条件で承知したのだ。
 足立区北千住にアパートを借り、久美子が最初に勤めたキャバレーに、山川もバーテンとして入った。こういう店で夫婦者は、経営者から信用される。日本列島改造ブームで、キャバレー業界は好景気だった。亀有にも同系列の店があり、北千住で経営者に見込まれた二人は任されて移った。ホステスが十六、七人の店で、山川は店長で久美子はママだった。近くのアパートを寮として借り切っており、その一室で暮らした。

 この、山川が亀有のキャバレーの店長、久美子がママだった短い時期が、もしかすると、山川の前半の人生の絶頂期だったかもしれない。

 しかし、好事魔多しで、すぐに、あの事件が起こるのだった。

 
 昭和六十一年に戻る。

「やあ、待たせたね」
 弁護士が用事を済ませて、さっそくコートを羽織った。
「住民登録から着手しなければならない、葛飾区役所へ行こう」
「はい」

 このシリーズ一回目に、第一章扉にある次の「身分帳」の短い説明部分を紹介した。

〖昭和五十三・三・二二 法務省矯正局長通達〗
 収容者身分帳簿は、被収容者の名誉、人権に関する事項及び施設の適性な管理運営上必要な事項等が記載されており、その性質上全体として外部に対して秘として取り扱うべきものであるが、秘密性は被収容者の出所後、更には当該身分帳簿の保存期限経過後といえども変わるところはない。したがって、出所によりう終結し、釈放後施設において保存すべき身分帳簿の取扱いは、在所中の者の身分帳簿と同様慎重を期すべきである。


 身分帳は、拘置所に入った時点で作成される。その人物の性格や犯歴はもちろん、拘留中の手紙や差し入れ、面会人のリストなどなども記されている。もし、別な場所に移送、移監される場合、身分帳さえあれば申し送りできるようになっている。

 個人情報の最たるものかと思う。
 
 “犯歴”で思うことは、安倍政治の“犯歴”のことだ。
 身分帳には、書かれていない。
 なぜなら、犯罪をなかったことにするという、大きな犯罪で隠蔽したからだ。

 ちらっとテレビ討論を見たら、与党は、この七年半を肯定し、安倍政治を踏襲しようとしている。
 共犯者たち。
 
 しかし、国民は、身分帳に記されてなかろうが、決してその犯歴を忘れてはならないと思う。

 未だに国会議員であり続けること自体、私は犯罪だと思っている。


 このシリーズ、次回あたりで、いったん区切りをつけようかどうか、少し迷っている。
 いろんな記事が、間に挟まってきたし、書きたいこともいろいろある・・・・・・。

 さて、ちょっと気分を変えて、また考えよう。
 
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by kogotokoubei | 2020-08-30 10:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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