佐木隆三著『身分帳』より(3)
2020年 08月 21日
それにしても、昨日の藤井聡太棋聖の王位戦勝利は、今の鬱屈した社会情勢において、唯一とも言える明るいニュースだなぁ。
一日目の封じ手「8七同飛成」には、驚いた。
後半から終盤も、なんとも落ち着いていて、動じない。
木村王位と年齢が逆じゃないかとまで思わされる冷静沈着ぶり。
強い。
次の王将戦も、期待したい。
たしかに、メディアや周囲は騒ぎすぎかもしれないが、私は、3.11の後の、なでしこ達のワールドカップ優勝と同じように感じている。

佐木隆三著『身分帳』
佐木隆三の『身分帳』から、三回目。
昭和四十八年、東京で殺人事件を起こした山川一は、服役後も、同囚や看守への暴力沙汰により刑が延長され、塀の内側に十三年の満期釈放となって、昭和六十一年二月、旭川刑務所を出所した。
さて、その行き先は。
さまざまな出所の手続きを終え、山川一は、マイクロバスの護送車で駅に向かった。
ちょっとした行き違いのあった、再出発の始まりだった。
マイクロバスは、駐車禁止の標識のある所に入って停車した。救急車等と同じ扱いらしく、分類課長は真っ直ぐ駅舎に向かった。
「まずキップを買おう」
「そうですね」
駅の大時計は、十一時半を指している。荷物をチッキで送るためにキップが必要だから、ショルダーバッグから割引証と領置金を取り出すと、窓口で課長が注文した。
「東京まで『おおとり』を一枚」
「ありがとうございます」
職員は「被救護者旅客運賃割引証」を眺めて、無表情に応対した。
「自由席は座れるね?」
「充分です」
「そのまま連絡船に乗るので、青森から寝台車にしてちょうだい」
てきぱき分類課長が指示するが、札幌で途中下車する予定なのだ。
「ちょっと待ってください。札幌で用事があるけん、時間をずらしてもらわんと困る」
「何だって?」
「札幌の弁護士さんに挨拶して行きたい。控訴審で身柄を移されたとき、ずいぶん世話になった先生です」
「弱ったな。その話は聞いていない」
「いちいち断る必要はないやろ。満期で出たんだから、こっちの自由だ」
「それはわかっているが、問題は東京の弁護士さんだよ。朝一番に電話して、『おおとり』から乗り継ぐと伝えておいたからね」
「冗談じゃない。これから旭川のい弁護士さんにも、挨拶に行かんといかん。このまま黙って帰っては、先生に義理が立たぬ」
「だけど東京の弁護士さんは、明日の朝には上野駅で待っておられる」
「その弁護士先生が、旭川の先生を紹介してくれた。それで挨拶用にネクタイを締めちょるけん、今からタクシーで一条通りの事務所へ行く。それから『おおとり』に乗って札幌に寄り、控訴審の先生に挨拶する予定だよ」
「旭川の先生は知っておられる?」
「行けば俺のことはわかる。ずいぶん世話になった先生やけんね」
「そりゃ、無茶だよ。事前に連絡も入れないで、とても弁護士には会えない。どんなに忙しい職業か知っているはずだ」
「じゃあ今から、電話してみるよ。住所も電話番号も、ちゃんと控えちょる」
「キップはどうするの?」
「・・・・・・」
当惑して後ろを見ると、老夫婦が順番待ちでイライラしている様子だ。
「弁護士の先生方には、東京へ帰って礼状を出せば済むと思うけどね」
「仕方ない、そうします」
やむなく折れたら職員がキーを押して、キップがつながって出た。
「全部で二万一千三百五十円です」
内訳を見ると、運賃は旭川-東京七千四百円、特急料金七千九百五十円、寝台料金六千円である。弁護士からの送金をふくめて領置金が二万六千四百十四円だから、五千円と小銭しか残らない。
この後、チッキの手配をし、勧められるままに駅舎につながているデパートで千九百八十円のデジタル時計を買った。
所持金は、数千円。
世話になった旭川や札幌の弁護士に満期出所の挨拶をしたいという山川の思いは尊いが、事前連絡なしで会いに行こうとするのは、十三年塀の内にいたことによる影響か、あるいは、本来の常識外れなのか。
チッキについては、拙ブログの読者なら、説明不要だろう。鉄道小荷物のことで、乗車券を持っていれば割安で、荷物を鉄道で目的の駅まで運んでくれた。
学生時代、実家の北海道から戻る際、結構、チッキのお世話になったことを思い出す。
追加料金で、赤帽さんが家まで届けてくれたような気がする。
山川一も、さまざまな公判記録の控えや身分帳の控えなども公判の証拠として持っていたから、紙類の荷物もそれなりにあったのだろう。紙は、重いからね。
高血圧の持病があることや、同囚との揉め事が多かった山川は病舎にいる期間が長く、労働による領置金は、ほんのわずか。
身元引受人となってくれた東京の弁護士からの送金があって、旭川-東京の片道切符を買うことができたのである。
その弁護士から旭川の山川宛の手紙を、途中からご紹介。
僕が君を立ち直らせるという、おおそれた自負心はないが、たとえ一時間でも、また少しでも、君の将来の生活のプラスになればと思っている。
今日、旅費と出所に際しての衣服、必要品一式を宅急便で送った。
君の体型は、ほとんど僕と同じ、僕は身長百六十五センチ(昔の五尺五寸)、胸囲も九十七・八センチ、体重六十五キロ(少しオーバー気味なので回りから痩せろと言われている)、ウェスト八十八(これもオーバー)。
(中 略)
三日ばかり前に旭川刑務所長宛に、君の帰住地は僕の家だから、出所前に東京の施設に移監するよう要請の手紙を出しておいた。東京での出所なら、僕自身が出迎えに行けるし、高血圧の君が一人で北海道から東京へ旅行する不安も解消する。
前の手紙でも書いたように、長らく病舎生活していた君にとって、出所後しばらく療養生活が必要だと思って、引き受けてくれる病院を当たっておいた。
手続きとしては、出所後はわが家に居住することにして(部屋は別に借りるとしても)、住民登録を済ませた上で医療保護か生活保護を受ける。
この点は、区役所の係員をも打ち合わせている。すぐ手続きは住む由だから、生活問題は気にしないでもよい。
体が回復し、気候もよくなったら、生活の道を立てることだ。
弁護士の人柄が察せられる内容だ。
東京拘置所に山川が収監されていた時、連合赤軍のメンバーから赤軍に誘われたことは前回紹介した。
この弁護士は、その赤軍メンバーの弁護を担当していた関係から紹介された。
元外交官で、敗戦をモスクワで迎え、戦後はスパイ事件に巻き込まれ、無罪確定後に弁護士資格を取ったと、山川は聞かされていた。
特急寝台「はくつる4号」は、定刻の午前九時十八分に上野駅に着いた。
列車がプラットフォームに停止した後も、立たずに座席で待った。分類課長の話では、向こうから声をかけてくれるという。十三年前に東京拘置所の面会室で一回会っただけなので、顔を思い出せない。
「騙されたか?」
ほとんどの乗客が降りたのに、それらしい人物が現れない。旭川を離れさせるのが仕事だから、分類課長が奸計を用いたのではないか。上野駅の出迎えがウソと分かっても、旭川へ引き返す旅費がない。そのために腕時計を買わせたのなら、ますます許しがたい。
拳を握り締めていると背後から声がして、白髪の老人が通路に立っていた。
「山川君だね?」
プラットフォームばかり見ていたので、車内の通路に気付かなかったのだ。
「はい、山川一です」
直立不動の姿勢を取ったら、言葉が迸(ほとばし)り出た。
さて、東京での第二の人生の始まり。
次回は、山川一の少年時代のいろいろについて、ご紹介するつもり。
なお、西川美和監督が、この小説を元に制作した映画「すばらしき世界」の主演は、役所広司。
しかし、主人公のモデルが生前にテレビドラマ制作の話が出た時、ご本人は自分の役に高倉健を希望したという話が、ご本人が亡くなった後を綴る『行路病死人』で明かされている。
ということで、今後は、どちらかお好きな男優さんをイメージしていただければと思う^^
