黒岩比佐子著『歴史のかげにグルメあり』より(2)
2020年 07月 21日

黒岩比佐子著『歴史のかげにグルメあり』(文春新書)
2008年発行の黒岩さんの本から、二回目。
現在、宮中晩餐会の料理は、フランス料理。
なぜ、日本料理ではないのか、という素朴な疑問に、本書は、歴史的な視点で答えてくれる。
「第三章 天皇が初めてホストを務めた日」より。
急速に進められた官邸改革
維新後、明治政府は、あらゆる面で西洋文化の導入を急いだ。その背景には、江戸幕府が各国と結んだ条約の改正問題があった。条約改正を交渉するためには、日本も欧米諸国と同じ文明国であることを示す必要がある。そのためにも西洋化を推進する、というのが新政府の方針だったのである。
(中 略)
さらに、洋行経験のある伊藤博文らは、主催者も客もみな同じテーブルについて、分け隔てなくもてなす西洋式のオープンな接待を知り、むしろ、それを積極的に取り入れようとしたようだ。それまで日本では、高貴な身分の者が目下の者と同席して食事をすることはありえなかった。天皇が1868年に外国公使一行に謁見を許した際は、待ち時間にお茶と菓子を出しただけで、食事の饗応はしていない。天皇が外国人と食事をするなど、考えられないことだったのである。
そもそも、天皇が外国公使と対面することが決まったと聞いただけで、宮廷の「奥」の女官らは大反対して、みな泣いて騒いだという。そうした旧勢力の抵抗に対して、新政府は一気に改革を推し進めていく。女官に囲まれて暮らし、お歯黒をし、化粧をしえいる天皇が、外国から奇異な目で見られることを危惧したためだった。
この文章の前に、1868年の3月26日に、イギリス公使パークスと、二等書記官ミットフォードが天皇に謁見したこと、ミットフォードが、天皇の様子として「眉は剃られて額の上により高く描かれていた。頬には紅をさし、唇は赤と金に塗られ、歯はお歯黒で染められていた。」と記録していると紹介されている。
公家文化の伝統に、天皇の化粧やお歯黒もあったとは、知らなかった。
なるほど、不公正条約改正のため、文明国日本を装うには、皇室の改革は、実に重要な課題であったのだろう。
ということで、明治天皇は、それまで口にすることの少なかった肉食を積極的にすることを強いられ、テーブルマナーの特訓をすることになる。
その“特訓”の成果が試される日はすぐに来た。1873(明治六)年八月二十三日に、イタリア皇帝の甥に当たるトーマス・アルベルト・ビクトール・ド・サボア・ジュック・ド・ゼーンが来日した。そして九月八日、天皇は初めてこの外賓を西洋料理でもてなして、自らホストを務めたのである。前出の『宮廷柳営豪商町人の食事誌』で児玉定子氏は、「この日を境として、以後が外国の賓客に対する接待は、すべて西洋料理(フランス料理)で西欧の礼式に従って行われることになり、それは現代に至るまでうづいている」と指摘している。
皇居の滝見茶屋で明治天皇とイタリア皇甥(フルネームは、もう書かない^^)の二人だけで食べたフランス料理のメニューの記録は、残念ながら残っていない。
黒岩さんは、天皇も、ゲストの前で初めて使うナイフやフォークの使い方に気をつかい、とても料理の味など分からなかっただろう、と書いている。
そして、フランス料理での饗応の学習が続いた。
ちなみに、それから二十五年が過ぎた1898(明治三十一)年十月六日には、イタリア皇族コント・ド・チュラン・ビットリヨ・エマニュエル親王が来日し、その翌日、天皇は宮中で最も広い豊明殿で歓迎の午餐会を催している。その日のフランス料理のメニューには「赤茄子煮マカロニー」という文字があった。赤茄子、すなわちトマトである。パスタ料理で有名な相手国に敬意を表して、特別にコースの中に加えたのだろう。このころになると臨機応変に、饗応にもいろいろ工夫をする余裕が生まれていたことがわかる。
学習効果が出てきた、ということだね。
それにしても、イタリアの皇族の名前って、どうしてこんなに長いの^^
さて、不公正条約改正という目的を含め、急速に西洋化を推進するという政策の一環として始まった、賓客へのフランス料理での饗応が、いまだに続いていることについて、政府や関係者は、疑問を感じないのだろうか。
クールジャパンという言葉は、あまり好きじゃないのだが、いまや、世界に冠たると言えるのだろう日本料理、たとえば、本膳料理で、外賓の接待をするという発想はないのだろうか。
私は、宮廷午餐会や晩餐会で、フランス料理がふるまわれる様子を見るたびに、不満を抱く。
文明国である証を示すための政策をいまも続けることは、屈辱的なのではないか、ということ。
堂々と、日本料理を出せばいいじゃないか。
もはや『本膳』のように礼儀を真似ることもないし、箸の使い方を教わる必要のある海外の賓客もいないだろうに。
このシリーズ、まだ続けたい。
