ウイルス、そして感染症について学ぶ(3)-石弘之著『感染症の世界史』より。
2020年 03月 26日

石弘之著『感染症の世界史』
2014年に洋泉社から発行された後、2018年に角川ソフィア文庫で再刊された石弘之さんの『感染症の世界史』からの三回目。
「第一部 二十万年の地球環境史と感染症」の「第三章 人類の移動と病気の拡散」から。
交通の発達がもたらしたSARS
今後、どんな形で、新たな感染症が私たちを脅かすのだろうか。それを予感させるのが、中国を震源とする重症急性呼吸器症候群(SARS)の突発的な流行であろう。この強烈な感染力を持ったウイルスは、2002年11月に経済ブームにわく広東省深圳市で最初の感染者が出た。当時、地方から多くの若者が出稼ぎのために集まってきた。
広東省では、野生動物の肉、つまり「野味」を食べる習慣が根づいており、「野味市場」にはヘビ、トカゲ、サル、アザラシ、イタチ、ネズミ、センザンコウなどさまざまな生きた動物やその肉が売られている。野味市場や野味を提供する料理店で働いている出稼ぎの若者に、野生動物からウイルスが感染したと考えられる。発病すると、高熱、咳、呼吸困難などの症状を訴え、衰弱して死んでいく。
このころ、上海と香港を経由してハノイに到着した中国国系米国人のビジネスマンが、原因不明の重症の呼吸器病にかかって入院、香港の病院に移送されたものの死亡した。その後、彼が最初に入院したハノイの病院では、医師や職員ら数十人が同じ症状を示し、また緊急移送された香港の病院でも、治療にあたった医師や看護師が発病して死者が出た。
一方、同じころ香港でも感染が広がっていた。広東省広州市の病院で肺炎の治療にあたっていた中国人医師が、SARSに感染していることに気づかずに香港に出かけ、市内のホテルに宿泊した。
その医師は具合が悪くなり病院に運ばれたが、客室はその医師が吐いたものや排泄物が飛び散っていた。この客室を清掃したホテル従業員が、同じ器具で別室を掃除したためにウイルスが広がり、宿泊していたシンガポール人、カナダ人、ベトナム人ら16人が二次感染した。さらに、彼らがウイルスをそれぞれの国に持ち帰ったために海外への感染が広がっていった。
その中国人医師が入院した香港の病院では、あっという間に50人を超える医師や看護師が同じ症状で倒れて、病院の機能はマヒしてしまった。さらに、同じ病院に入院していた男性が弟の住む市内の高層マンションを訪ねたために、そこに住む321人が感染した。マンションの下水管の不備で、その男性の飛沫や糞尿に含まれていたウイルスが、トイレの換気扇に吸い上げられてマンション内に拡散した可能性が高い。
病原体は新型コロナウイルスであることが判明、「SARSウイルス」と命名された。強い病原性と医療関係者への感染は、世界中を恐怖に陥れた。3月12日にWHOが世界規模の警報を出したときには、流行は中国の広東省、山西省からトロント(カナダ)、シンガポール、ハノイ、香港、台湾に広がっていた。結局、収束した2003年9月までに、WHOによると世界30カ国・地域で8098人の感染者、774人の死亡者が確認された。
すでに、COVID-19による感染者数と死者数は、SARSを大きく上回った。
SARSの自然宿主は、最初はハクビシンが疑われたが、これは中間的な宿主で、コロナウイルスが分離されたキクガシラコウモリが震源とみられる。
だが、既知のどんなコロナウイルスとも遺伝子構造が大きく異なる新しいものだった。
ウイルスは、変異を続け、生き延びようとしている。
SARSの次に、コロナウイルスの脅威を目の当たりにしたのは、SARSからほぼ十年後だ。
感染症の新たな脅威
人間の社会の変化のすきをついて侵入してくる病原体は、それぞれ異なった場所や時期に根を下ろし、その後は人間同士の接触を通じて新たな地域に広がっていく。もしかしたら、第二、第三のSARSや西ナイル熱がすでに忍び寄って、人に侵入しようと変異を繰り返しているかもしれない。
すでにその心配が出てきた。2012年暮れから13年五月のかけて、サウジアラビア、カタール、チュニジアなどの中東で、SARSに酷似した呼吸器病「MERSコロナウイルス感染症」が発生した。Middle East Respiratory Syndromeの略である。英国とフランスでも、中東から帰国した人に接触した男性が感染した。
調べてみると、MERSによって、2018年5月末までに全世界で、2220人が感染し、790人が死亡している。
感染数はSARSより少なかったが、死亡率が四割近かった。
同じコロナウイルスでも、変異により、さまざまな特徴を持つ。
そして、間違いなく、かつてより、人の移動速度が速まり、その規模も拡大している以上、ウイルスの到達範囲も、拡大する。
この章、石さんは、こう結んでいる。
「移動手段」が、徒歩、馬、帆船、汽船、鉄道、自動車、飛行機へと発達するのにつれて、これまでにない速度と規模で人と物が移動できるようになり、SARSや西ナイル熱のようにそれに便乗した病原体も短時間で遠距離を運ばれる。しかも、人類は都市で密集して暮らすようになり、感染する側には絶好の条件が整った。
新型コロナウイルスは、密集した都市で感染数を増やし、その感染者の移動により、到達距離を伸ばしている。
ウイルスも、生き残るために、必死なのである。
では、人間のほうは、どれほど必死にウイルスと戦おうとしているのか。
私は、時差通勤とはいえ決して空いていない電車で会社に通っているが、その電車は、神奈川-東京-埼玉をまたいでいる。
もちろん、関西の電車も、大阪、兵庫、京都にまたがって走っている。
首都圏や関西圏は、つながっているのだ。
東京、大阪など個々の首長が危機感をあおってみても、お隣までは検討範囲に入っていないのは、あまりにも不思議だ。
それぞれの首長のスタンドプレーにしか思えない。
こういう状況であるからこそ、国のリーダーシップが求められるのだが、その国のリーダーが、もっともスタンドプレーがお好きなようなのが、あまりにも残念。
大陸間を渡って感染が広がるのである。
島国であることは、利点にもなる。
日本という島全体を鳥瞰し、ウイルスと戦う発想が必要だ。
