映画「ジュディ 虹の彼方に」を観て。
2020年 03月 18日
少し時間も経過したので(?)、ご紹介したい。
映画「ジュディ 虹の彼方に」公式サイト
---ここからはネタバレになるので、ご留意のほどを---
レネー・ゼルウィガーがアカデミー賞主演女優賞を受賞したこの映画は、ジュディ・ガーランドの晩年のロンドン公演期間が中心となるが、冒頭とカットバックで少女時代のことも登場する。
キャスト、あらすじ、感想など、の順で記したい。
<キャスト>
ジュディ・ガーランド: レネー・ゼルウィガー
*少女期: ダーシー・ショウ
ルイス・B・メイヤー: リチャード・コーデリー
シドニー・ラフト: ルーファス・シーウェル *ジュディの3番目の夫
バーナード・デルフォント: マイケル・ガンボン *ロンドンのナイトクラブのオーナー
ミッキー・ディーンズ: フィン・ウィットロック *ジュディの5番目の夫
ロザリン・ワイルダー: ジェシー・バックリー *ロンドン公演中のスタッフ
ローナ・ラフト: ベラ・ラムジー *ジュディとシドニーの娘。
ジョーイ・ルフト:ルーイン・ロイド *ジュディとシドニーの息子
バート: ロイス・ピアソン *バンドマスターのピアニスト
ロニー・ドネガン: ジョン・ダグリーシュ
ライザ・ミネリ: ジェマ・リア=デヴェロー
ダン:アンディ・ナイマン
スタン:ダニエル・サークェラ
<あらすじ>
◇冒頭部分と途中のカットバック/少女期のドロシー
田舎娘ジュディが、その歌唱力を評価されMGMに抜擢されて、「オズの魔法使い」のドロシー役を目指している。リチャード・コーデリー扮するMGM創設者の一人メイヤーが、太っていてはライバルの子に負けるからと、痩せるための薬を渡される。映画では名は明かされないが、史実では、アンフェタミン(覚醒剤)。食欲を抑制するのである。そして、眠れないと、また睡眠薬を渡される。
1939年、17歳でドロシー役となり、一躍スターの道を歩み始めるのだが、薬漬けにされてきたジュディの姿が、晩年の不幸に導く序章として描かれる。
◇晩年のジュディ
場面は、一気に30年後。
アルコールと睡眠薬の飲みすぎで情緒不安定となり、遅刻や無断欠勤を重ねたジュディには、もはや映画の仕事もなくなっていた。
場面は、三番目の夫シドニー・ラフトとの子供、ローナとジョーイを連れて場末のクラブに出演しているジュディの姿に変わる。
疲れ果ててホテルに戻ると、宿泊費を滞納しているため、追い出される。
行くあてのないジュディは、二人の子の父親であるシドニーの家へ。
映画では明かされていないが、ジュディがアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた映画「スター誕生」のプロデューサーだったのが、シドニー・ラフト。
シドニーに、薬と酒まみれのジュディに子供たちの養育は無理だからと、二人の子を預けるように言われる。
しかし、ジュディはかたくなに拒否。
ストレスがたまる中でジュディは、二人目の夫ヴィンセント・ミネリとの子、ライザ・ミネリの家へ。
ちょうどパーティーをしていて、客の中に、ナイトクラブを経営しているというミッキー・ディーンズ(フィン・ウィットロック)がいた。
彼は、ジュディを尊敬し、また、好意をもって優しくジュディに話しかける。
ジュディは、心強い相談相手を得て、一時の心の平安を得た。そんな時、ロンドンのナイトクラブTalk Of The Townのオーナー、バーナード・デルフォント(マイケル・ガンボン)が、ロンドン公演の話を持ってきた。アメリカではもはやその名声の凋落傾向にあるが、イギリスでのジュディはまだまだ人気もあるから、一ヶ月公演を行いたいと言うのだ。
まずは、経済的に立ち直って、子供達と暮らしたいと思うジュディは、シドニーに子供たちを預け、ロンドンへ。
バーナードは、ロザリン・ワイルダー(ジェシー・バックリー)をロンドン公演中の付け人とした。舞台初日、クラブに来ないジュディ。ロザリンが迎えに行く。
うまくショーが務まるか不安だったジュディだったが、なんとか歌い、踊りきった。それは、疑心暗鬼だったロザリンも感動させるだけの見事なショーだった。
公演中のある日、舞台を終えたジュディを“出待ち”していたのが、ダンとスタンのゲイのカップル。ジュディは、二人と夜食を一緒に食べようと誘うのだが、どの店も閉まっており、2人のアパートへ行く。そこでダンは、男性間の恋愛そのものが違法で、スタンも刑務所に入っていたことを打ち明ける。しかし、彼らはジュディの歌声に救われたと涙ながらに話し、ジュディと心を通わせる。
「世間は自分たちと違う人間が気に食わないのよ。そんなのはクソくらえだわ」と励まし、♪Get Happyをダンのピアノでジュディは一緒に歌う。
ミッキーが訪ねてくれたこともジュディの支えとなった。ミッキーは、アメリカで安定的にジュディが生活できるよう、ジュディの名前を冠した映画館チェーンをつくる契約を交渉中であった。喜ぶジュディは、ミッキーと結婚式を挙げた。
ショーの人気が高まり、テレビのインタビューが入った。しかし、司会者がつい残してきた子供のことなどを話すために、不快になり、そして精神的にいらついたジュディ。
アルコールと睡眠薬の飲みすぎで、ショーに酔っ払って出演し、失態。
バーナードに謝罪すると、彼は医者に診てもらうよう薦めた。「オズの魔法使」からのジュディのファンだというセラピーの医師は、「自分を見失わないで」と声をかけるのだった。
シドニーがロンドンへやって来た。子供達がシドニーと暮らしたいと言っているから、親権を譲れというのだ。信じられないジュディ。悶々としてホテルに戻ると、悪いことは重なる。アメリカに契約交渉に行っていたミッキーがいた。ジュディの名前を関して映画館の話は、破談になった。ミッキーを痛罵するジュディ。
ジュディは、シドニーの話を確認するために、公衆電話で子供たちの意志を確認したら、シドニーの言う通り。
愛する子供たちを失った悲しみで、泣き崩れるジュディ。
アルコールと薬漬けに戻ったジュディは、再び舞台をだいなしにした。
もう、バーナードも我慢はできない。ジュディは、予定より早く公演から下ろされ、主役をロニー・ドネガン(ジョン・ダグリーシュ)に譲ることになる。
ロザリンと、バンドリーダーのバートが、お別れ会を開いてくれた。
そこで、ケーキが供される。しかし、少女時代は、太るからと糖分を控えさせられ、また、成人して後は、アルコールと薬まみれで、ケーキなど食べることのなかっただろうジュディ。じっと見つめ、一口食べて「美味しい」と言うのだった。
最後なので、ショーを客として観たいという願いを聞き入れたロザリン。
舞台脇でジュディは、ドネガンに、一曲だけ歌わせてくれと懇願した。ドネガンは快くジュディを舞台に引き上げた。
さぁ、無理なお願いはしたものの歌えるかどうか不安だったジュディだが、意を決して歌いだしたのが、♪Come Rain Or Come Shineだ。
観客も、本当はジュディの客。この歌に大盛り上がり。
そして、二曲目。♪Over The Rainbowを囁くように歌い始めたのだが、いろんな思いが交錯して、歌えなくなる。
沈黙を破ったのは、客席にいたダンだった。歌声は会場に伝播した。
客が皆立ち上がって歌ってくれている。感謝の言葉も胸に詰る、ジュディ。
映画は、この半年後ジュディは亡くなったと、テロップで告げる。
<感想など>
まず、映画では描かれなかった点を補足。
ジュディ・ガーランドの本名は、フランシス・エセル・ガム(Frances Ethel Gumm)。父親がボードビリアン、母親がピアニストの家庭で三人姉妹の末っ子として生まれている。
芸名の「ジュディ」は、彼女が好きだった歌のタイトルから、「ガーランド」はあるボードビリアンが彼女たち姉妹を評して「ガーランド(花輪)のようだ」と言ったことから付けたと言われている。
デビューは、13歳の頃、二人の姉と一緒に、ガム・シスターズとしてであった。
メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)と専属契約をする際、当初採用候補だった別の候補を推す社長のルイス・メイヤーは、「ジュディを追い出せ」とプロデューサーのアーサー・フリードに命じたらしい。しかし、ジュディの歌唱力に注目したフリードがメイヤーの指示をを無視してジュディと契約を結んだと言われる。
さて映画のこと。
私は、ラスト近く、解雇されたにも関わらず、舞台に飛び入りで歌った♪Come Rain Or Come Shineの途中から目頭が熱くなり、最後の曲♪Over The Rainbowを客席からダンが歌い出した時、涙がこらえられなくなった。
ちなみに、ダンとスタンは、実在の人物ではないが、見事な脚色だ。LGBTQ+が強く親近感を抱くジュディの姿を映像化するために、あの二人の存在は大きかった。
何より全曲を自ら歌ったレネーの歌唱力と、スタッフの努力もあるだろうが、見た目もジュディの再来かと思わせるその演技には、アカデミー賞主演女優賞受賞を、十分に納得させた。
そこで思うのは、ジュディが、1954年、32歳の時の「スタア誕生」で、ゴールデングローブ賞では受賞した主演女優賞を、アカデミー賞では取れなかった、ということ。
通説では、制作したワーナー・ブラザースが、ジュディの撮影中の遅刻や出勤拒否などに伴う制作費の増大を問題として、受賞のための宣伝などを行わなかったことに加え、授賞式前に「彼女ではもう二度と映画は撮らない」と宣言したことが背景にあったとされる。
受賞を逃したことにより、ジュディの私生活は再び荒れ、自殺未遂を起こすようになった。
歴史に禁物の“もし”ではあるが、もしアカデミー賞主戦女優賞を受賞していたら、ジュディの人生も変わっていたのではなかろうか。
ハリウッドでは、ジュディのように、痩せ薬としてアンフェタミンを投与されていた女優も少なくなかったのかもしれない。当時は、合法でもあった。
寝ようとしても寝れない薬を飲まされ、その結果、寝るために睡眠薬を飲む。
これでは、体も神経もボロボロになってもしようがない。
ロンドン公演中、夢に出るのは、少女時代の辛いことばかり。
メイヤーの怖い顔と言葉。
母親からわたされる薬。
それでも、なんとか頑張っていたのに、最愛の子供達を失ったと知った心境は、いかばかりだったろう。
ジュディの死は、自殺ではないかという考察もあるようだ。
もう、疲れきっていたんだろう。
47年の人生の晩年で、短期間とはいえ、輝きを取り戻した時を描いた映画。
そこには、歌って踊るエンターティナーのジュディ・ガーランドと、家族を失い、アルコールと薬で心身ともにぼろぼろになっていたフランシス・エセル・ガムが、見事に描かれていた。
この映画を観て思い出す女性が二人いる。
一人は、ミス・ワカナだ。ワカナ・一郎という夫婦漫才で戦前一世を風靡した。
吉本興業が戦中に慰問団として組んだ“わらわし隊”のメンバーとして、戦地にも赴いた。疲労回復のためと始めたヒロポン(メタンフェタミン)中毒となり、36歳での死因は心臓発作と言われているが、ほとんど自殺ではないかと思っている。
もう一人の女性は映画「ローズ」で描かれた、ジャニス・ジョップリンだ。
彼女も薬が原因と思われるが、27歳で亡くなっている。
人の幸福は存命期間で計ることはできないが、芸能界で生きていく中で、薬害で若くして亡くなった二人よりも、ジュディは少しは長く生きることができた。
不安でならない公演だったが、彼女は、喝采を浴びる時間もあった。
「歌わせて、ここでしか生きられないから」という言葉が、重い。
ロンドンで、短いながら幸福な時間を得られたのであれば、それが救いである。
アカデミー賞にノミネートされた作品は、これで5本観たことになる。
私の採点は次の通り。
「パラサイト 半地下の家族」★★★★★
「1917 命をかけた伝令」★★★★★
「ジュディ 虹の彼方に」★★★★☆
「ジョジョ・ラビット」★★★★☆
「フォード対フェラーリ」★★★
さて、まだまだ自粛ムードたっぷりだが、映画にも落語にも、行きたいなぁ。
感動にボロボロ泣きながら観ました!
私もblogにUPしましたが、まだ公開前でしたので、
予告編YouTubeを貼り付けただけ(^^;
丁寧に内容を書いてくださったので、映像をしっかり思い出し
また涙がでそう、、、
お久しぶりです。
お元気そうでなによりです。
レネーの演技も素晴らしかったですが、ジャズ好きの私にとっては、登場する曲を聴くだけでも楽しめました。
そして、ジュディに降りかかる悲劇が、子供の頃の大人たちに端を発していると思えてならず、辛くもなります。
終わってからも涙が乾くまで時間がかかりました。
そのうち、またご一緒しましょうね。
