とみん特選小劇場 春風亭一之輔独演会 紀伊國屋ホール 1月30日
2020年 01月 31日
いまやチケットが取れない噺家の一人、一之輔の会である。
少し早めに紀伊國屋ビルに着いたので、結構気に入っている地下一階の「銀ちゃん」で、生ビールと焼きそばのセットで腹ごしらえ。
四階に上がると、大勢のお客様が開場を待ちわびている。
開場となり行列が落ち着くまで、古典芸能の書籍棚を眺めていたら、中込重明さんの『落語の種あかし』が文庫化されているのを知った。

中込重明著『落語の種あかし』(岩波現代文庫)
単行本を持っているので、買いはしないが、巻末の延広真治さんの解説を立ち読み。
中込さんが、この本で推理していたことが、その後証明されたことを知った。
落語学(?)分野において、本当に惜しい人を亡くしたと、あらためて思う。
さて、ようやく行列もなくなったので、会場へ。
居残りセブンと並んでいるわけではないが、Mさんのおかげで、結構前の中央の席。
周囲には、夫婦連れや、家族連れのお客さんが多い。
後で再認識したが、落語歴の浅い人も多かったようだ。


開演まで、受付でいただいたプログラムに長井好弘さんが書かれていた文を読む。
一之輔落語は「ワンチーム」か、というお題だ。
受付近くで、45席収録のDVDを販売していたが、その解説のためのロングインタビューをしたらしい。
こんなことが書かれていた。
「僕の頭の中に、真面目なAチームと、やんちゃなBチームがあって、せめぎ合っているんです。僕がちょっとAチームのネタばかりやっていると、Bチームの連中が『ダメだよ、そっち行っちゃ。一之輔さんはボクたちの味方のはずだよ』ってヤキモチ焼くの。そっちもたまに可愛がってやらないとね」
落語好きのお客様なら先刻ご承知だろうが、あえて「解説」しておこう。
Aチームとは、『帯久』『百年目』『中村仲蔵』など、一之輔が真っ向から取り組んでいる大ネタや難物のこと。
ヤキモチ焼きのBチームとは、『新聞記事』『時そば』『短命』『がまの油』『千早ふる』など、現代のギャグを盛り込み、斬新過ぎる演出を加えるなど、一之輔が噺と一緒に遊んでいるようなネタのことだ。
そう考えると、本日の演目予想が俄然面白くなる。トリはAチームの大物を配すが順当だが、あえてお茶目なBチームを起用する手もある。さらにさらに、いきなり想定外のCチーム(!)が登場する可能性も・・・。
この後、長井さんは、「たえず進化する一之輔落語」という表現を使っている。
それが「進化」なのかどうか・・・・・・。
実は、終演後の居残り会では、この夜の高座の評価について、結構、議論(?)が白熱したのであった。
まずは、出演順に感想など。
春風亭与いち『やかん』 (13分 *19:06~)
開演が少し遅れたのは、感心しないなぁ。
それはともかく、この人は、初。
後で調べると、一之輔の二番弟子のようだ。
協会のサイトには、このようにある。
2017(平成29)年3月 春風亭一之輔に入門
2018(平成30)年1月21日 前座となる 前座名「与いち」
いわゆる待機児童期間が十ヶ月ほどあったわけか。
前座期間がほぼ二年、ということを考えても、この高座は悪くない。
口跡が明確で、メリハリもある。講釈部分も、客席から拍手こそなかったが、リズム良く聴かせた。
見た目は、サラリーマンのお兄さん、という印象だが、話し始めると、江戸の雰囲気も滲み出る。今後も、期待したい。
次の高座の前に。
この与いちの高座で、「くじら」や「こち」などの問答場面でも、結構、笑いが起きていた。
居残り会で、Oさんが言っていたが、笑いの沸点の低い方が多かったと思う。
それを、袖で聴いていた一之輔。
昼夜居続けのNさんにお聞きすると、昼の部は『味噌蔵』と『子は鎹』だったらしい。
そういった流れや客席の様子も、次の一之輔の高座には、何らかの影響を与えたのかもしれない。
春風亭一之輔『百川』 (36分)
マクラでは、この後に登場する萬橘のことや、噺家は、受けなくても客のせいにする。すべったという言葉は年配者は使わず、蹴られたと言うが、これも客のせいにする気持ちの表れ、など約8分。
さて、この噺。
紹介したAチーム、Bチームで区分するなら、間違いなくBだな、と思いながら聴いていた。
この噺については、結構前になるが、記事にしている。
2009年5月13日のブログ
その記事でも書いているが、一之輔は、「四神」について、一つづつ身振りや表情を使って説明した。このあたりは、丁寧で良い工夫だと思う。
さぁ、その後、百兵衛さんの田舎弁と河岸の若い衆との会話で、Bチームが暴れだす。
その“やんちゃ”ぶりが、評価の分かれ目になったようだ。
若い衆の初五郎が、百兵衛の受付役となって、百兵衛にあらためて名前を聞く場面。
「(百)ベイチャーッテノーチャ」「・・・ロシアからお越しで?」
クワイのきんとんを目の前に出された百兵衛が「アンチュウモンデガッチ?」と言うと、「アンチュウモンデガッチの方がいいらしいや。あるかい?」
長谷川町三光神道で道を尋ねる場面で、百兵衛が、歌女文字の名を言おうとして「カー、カー、カー」「おいおい、カラスが集ってきたよ、黒魔術か?!」
なお、サゲも独自で、実際に隣町から「四神旗の掛け合い人」がやって来て・・・という工夫。
居残り会では、結構、この高座に否定的なご意見が多かった。
私は、客席に落語初心者の方も少なくなかったようだし、一之輔ファン倶楽部的な客層も過半だったことへの、サービス精神の表れかもしれない、ってなことを申し上げたが、あの場では、肯定的なこと、言いにくかったなぁ^^
ここで仲入りとなったのだが、私は席に座ったままで、こう、メモしていた。
「独自のクスグリと本来のネタの可笑し味との、絶妙なバランス」
“絶妙”なバランスと評価するか、“やんちゃし過ぎ”と感じるかは、結構、好みの問題でもある。一之輔の“Bチーム”そのものに感心しない方もいらっしゃるだろう。
独自の演出をどこまで許容するか、人によって違うのは致し方ないと思う。
たとえば、昨年11月に池袋で白酒の『百川』を聴いた。結果としてマイベスト十席には選ばなかったが、良い高座だった。
白酒も百兵衛の「(な)あんでがす?」に若い衆が「アンデス山脈?!」と返すような楽しいクスグリがあったが、大きく基本形を崩すことはなかった。
この高座には、その日の居残り会でも、皆さん肯定的だった。
では、一之輔は、崩しすぎなのか・・・・・・。
私は、彼のAチームもBチームも両方好きだし、Bチームの、“やんちゃ”ぶりも、持ち味の一つと思っている。
居残りセブンに内緒で(?)、今年のマイベスト十席候補としたい。
三遊亭萬橘『代書屋』 (27分)
この人は、マクラがとにかく楽しい。
一之輔に、ねずみ男を言われたことを受けて、昔昔亭喜太郎に噺の稽古をしていたら、「ねずみ男がキタロウに稽古するんだ」といじられたことがある、などと笑わせる。
今では、着物で外出するということからのネタなども合わせて、長めのマクラが14分。
ネタ出来るのかと心配していたら、独自のこの噺へ。
最初の田舎弁丸出しの女性は、完全に百兵衛とツイたなぁ。
次の依頼人の名を、川上隼一としたのは、お約束か^^
一昨年11月の末広亭以来だが、あの時の『紀州』は、下期の寄席の逸品賞に選んでいる。
きつつきの頃から、どんな噺家さんになるか楽しみだったが、この日は、一之輔を立てるために大ネタは遠慮したのだろう。
春風亭一之輔『笠碁』 (30分 *~21:05)
トリネタは、Aチーム、ということか。
とはいえ、独自の演出は、もちろんある。
待ったなしと言っておいてマッタをした方が、五年前の十二月二十八日のこと以外に、八歳の時の雨の日の出来事を持ち出す。これは、サゲにもつながっていた。
私は、この八歳の「たけちゃん」「よっちゃん」の二人の思い出話を挟んだことで、本来の持ち味が消し去られたように思えてならない。
この噺は、ある意味、無邪気で頑固ではあるが、大人の噺であって欲しい。
大店の主人同士の噺としての、重みが必要だろう。
また、喧嘩分れの後の雨の日に、暇でたまらなくなって、よっちゃんが傘を被って、たけちゃんの家の前をウロウロして、なかなか入ってこないという場面が、冗長すぎた。
その際の顔の表情を含め、過剰な演技にも見えた。
あえて、過去の記事から、飯島友治さんが、三代目三遊亭小円朝のこの噺について書いている内容を引用したい。
2016年5月7日のブログ
飯島さんは、『落語聴上手』で、こう書いていた。
名人芸が伝えられた『笠碁』
小円朝はここだというときはうなるような芸を見せましたよ。
『笠碁』『碁泥』などは大きな噺ではないが難しい噺です。少人数で味わう芸、小味な芸です。こうした演題は六代目円生、八代目文楽のネタ帳には載っていません。優れた演者がいると、その得意芸として認め、比較を恐れることもあり、芸の奥深さや怖さを心得ている連中は、自分の演題に加えることを遠慮したものです。
どこが山場ということのない、もちろんどっと笑いをさらうことのできるような噺でもない。目の動きとか煙管の扱い、碁をさす手の高さなど微妙な所作が味わいどころとなります。
小円朝ですごいなと思ったのは・・・・・・碁をさしに来た男が新しい盤を見て、「やあ、榧(かや)の八寸盤ですね」と言う。そして碁が始まると、石を置く手の高さがちゃんと碁盤の高さのところに置かれる。
一遍、どれほど気をつけて演じているのか見たいと思って、高座に上がる前に「小円朝さん、今日はひとつ楽しませてください」と頼んだ。そのときの碁石を置く手の位置が、一センチぐらいずれているかもしれないが、見た目には寸分違っていない。石を置いて相手を見る。「どんなもんだい」と、ほんのわずかな視線で自慢の気持ちを表わす。その顔の表情が上手でしたね。目だけで気持ちを表現する、ここいらが「芸」なんだと感じ入りました。
このあたりの飯島さんの落語を評価する細かな視点、落語家によっては、いや、落語家の多くは嫌がるかもしれない。
しかし、古典落語の中には、こういう繊細な描写、わずかな仕草などにこそ、そのネタの味わいが深まるものがあると私は思う。
『笠碁』は、まさにそういうネタの代表だろう。
一之輔のように、嫁が赤ん坊におっぱいをやる姿を、奉公人が全員で見つめている、なんてクスグリは、必要なかろう。
また、この噺は、その背景に歴史と伝統を持つ。飯島さんは、こう書いている。
三代目小さんから七代目可楽〔玉井の可楽〕に伝わり、その可楽から教わったと小円朝は話しています。小円朝も三代目小さんの『笠碁』をなんべんも聴いていて、目の演技がよかったと言っています。小円朝の『笠碁』を見ていても、まさに「目」の芸。小円朝という人は、他の演者の芸の見巧者であるとともに、円喬にしろ三代目小さんにしろ、その芸の精華をみごとに吸収して消化し、自分の芸として演じ出す天分を備えていたと思います。
三代目小さん→七代目可楽、という継承で今日に残る名作は、少なくない。
五代目小さんも、七代目可楽を経由して、三代目小さんの十八番であった「猫久」「大工調べ」「宿屋の富」「高砂や」などを受け継ぐことが出来た。
なお、五代目小さんの『笠碁』は、三代目柳亭燕枝の演出が継承されているらしい。
十代目馬生のこの噺は、実にくすぐりが楽しいが、その小さん譲りなのかどうかは、勉強不足で分からない。
長くなったが、Aチームとして一之輔がこの噺を選んだのなら、つい、茶目っ気が出るのを、我慢することも必要だろう。
変えていい部分と、変えちゃいけない部分、実に難しいのだが、Aチームの噺には、ある程度の縛りは必要だ。
とはいえ、彼の落語は、どんどん変わるところにも魅力があるわけで、しばらく後に、この噺をまた聴きたいものだ。
終演後は、この街で何軒もお店を持つ北海道出身の太田オーナーのお店「犀門」で居残り会。
Mさんは、スタッフの皆さんと打ち上げだろう、と六人で始まったのだが、しばらくすると、そのMさんとスタッフの皆さんも来店された。すぐ隣りのテーブルにお座りになった。
それまでは、結構、一之輔への否定的な会話があったので、次第に話題は別なことへ^^
その会話の中で、三月のイベント開催が決定。
美味しい肴とお酒と、尽きない話題で、あっと言う間に時は経つ。
帰宅どころか、電車の中で、日付変更線を越えていた^^
それは元の噺の解釈にもつながるわけです。
しっかり、噺の状況設定、人物の了見、それをどれだけ腹に入れて演じられるか、天才一之輔はまだまだ伸びしろがあります。
おっしゃる通り、Bチームにおける彼の高座の魅力は捨てがたいですよね。
しかし、Aチームもそろそろレギュラーを育てる時期でしょう。
居残り会のMさんからは、昨日の鈴本における『火事息子』が良かったとのこと。
今後は、両チームの力が均衡していくに違いありません。
ともかく、潜在能力は並ではありません。
今後の落語界を担う人であることは疑いません。
お久しぶりです。
落語の記事をずいぶん書いていないなぁ、なんて思っていたところへのコメントでした。
一之輔のことは、前座時代から高く評価していますし、彼が中堅、若手のリーダー的な存在だと、今でも思います。
ただ、ご指摘の通り、振れ幅が大きすぎるのでしょうね。
AとBとCまでいるような、そんな印象です。
一日でも早く日常に戻り、居残り会で皆さんと落語やいろんな話をしたいと思う今日この頃です。
