落語家、それぞれ。
2020年 01月 27日
朝日に、春風亭一之輔の記事があった。有料会員向けだが、無料で読める部分から引用。
朝日新聞の該当記事
春風亭一之輔はチケットのとれない落語家と呼ばれる。月末の誕生日でまだ42歳。落語の有名なセリフ「どうみても厄そこそこ」なのに、ベテランの風情だ。心境を聞いても「ご機嫌な日常ですよ」とつかみどころがないが、若手の第一人者ならではの苦悩もにじませた。いつまでも、寄席大好きな一之輔、であって欲しいと思う。
多けりゃいい、じゃない
肩をそびやかして、もそもそっと語る。「ありがたいことに忙しいですよね。でも僕の理想の落語家とはちょっと違う方向に来てるんです」。本当は昼に1席だけ演じ、夕方4時から酒を飲み、夜9時に寝たいとか。
わかる気がする。高座にラジオに雑誌の連載コラムを抱える売れっ子。本業では、昼は寄席、夜は落語会を回って一日6席なんてときもある。年間高座数は800とも900とも言われるが「2万5千、て書いといて下さい」とうそぶく。「多けりゃいいってもんじゃない」と、数にこだわらなくなった。
もともと寄席に出たくて芸人になった。いまも「ある程度仕事を絞ってでも」出続けたいという。寄席を軽んじる落語家が少なくない中で、稀有(けう)な存在だ。
真打昇進披露興行中に末広亭と国立演芸場に行くことができた。
披露目で二度行ったのは、一之輔と昨年の小痴楽の二人だけ。
ちなみに、一之輔の披露興行五十日で披露した五十一席については記事を書いたので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年5月21日のブログ
あれから、もうじき八年になろうとしているんだねぇ。
早いもんだ。年取るはずだ^^
チケットの取れない噺家になるとは思っていた。
でも、寄席で浅い席で軽い噺を聴くことは、十分可能。
この人、了見がいいんだよね。
二ツ目の時、三三の独演会や白酒も出る落語会などでの高座でも、まったく臆することなく、見事な高座を披露していたことを思い出す。
一之輔には、落語という話術の技量の高さもさることながら、その度量の広さも、魅力の一つだと思っている。
大好きな寄席で鍛えられてきた、ということか。
対照的な噺家さんの記事があった。
定席の寄席に出ない立川流で、テレビのレギュラー番組を持つ立川志らくの記事が、LITERAに載っていた。
NHKの「日本の話芸」で放送された『妾馬(八五郎出世)』における独自の演出が批判されているらしい。
LITERAの該当記事
引用する。
問題になっているのは、八五郎が屋敷の門番に呼び止められるくだりだ。訛りのある門番と八五郎のやりとりを志らくはこのように演じる。
門番「おお、てめえは何けえ?」
八五郎「おれは人間だい!」
門番「人間はわかっておる。なにをやっけえあやしげなみゃいったもんであるかとよ」
八五郎「日本人かてめえ?!コノヤロウ!」
ようするに、志らくが訛りを馬鹿にする文脈で「日本人かてめえコノヤロウ」というセリフを使ったことに対して、Twitterでは「八五郎をヘイターにしないでほしい」などと批判の声があがっているというわけだ。言葉が訛っていることをあげつらって「日本人かてめえ」とキレて笑いを取ろうとする様は、無意識な差別意識の吐露と指摘されても仕方がない。
人気者は、目立つ分だけ、こういう批判も受けるのか、と志らくが気の毒に思えないこともない。
次のような言い訳をしたこともLITERAのライターの攻撃のネタになったようだ。
〈その台詞は先人の引用。それと江戸っ子は江戸っ子こそ最高だと思って田舎者を排除してきた言わばヘイトの塊歴史がある。明治になり地方出身者が都会に押し寄せその考え方が通らなくなるのです。妾馬は身分制度へのアンチテーゼがテーマ。卑しいは失礼です〉
この記事で指摘するように、「先人の引用」は、たしかに言いすぎだろう。
問題は分けなければならないと思う。
古典落語では江戸っ子が田舎者を馬鹿にするネタもあるのは事実だ。
『棒鱈』や『お見立て』などは、そういう色合いが濃厚。
しかし、独自のくすぐりで、あえて差別的な演出を必要とする場面なのかどうかは、大いに疑問だ。
LITERAの記事の最後には、決して自分の非を認めないことへの批判があるが、その指摘も妥当だろう。
もし、差別的と感じる人がいるなら、反省し、いくらでも演出を変える位の技量、そして、度量が欲しい。
とはいえ、テレビの人気者(?)でなければ、これほど叩かれることもなかろう。
いわば、有名税だ。
では、噺家として、彼はどうなのか。
寄席でもまれたかどうか、は、やはり大きな違いを生むと思う。
しかし、もっとも大事なのは、その噺家さんの了見である。
寄席を知らない志の輔や談春の高座で、差別的と思われるようなクスグリで不快だった記憶はない。
志らくは、違った。
ずいぶん前になるが、テレビ朝日の「落語者」で、志らくの『疝気の虫』を聴いて記事を書いたことがある。
2011年2月6日のブログ
あの高座でのこの人の演出は、聴く者を不安や不快にさせる典型のような内容だった。
ブログを書く前、最初の横浜にぎわい座での「百席」に何度か通ったこともあった。
しかし、次第に彼の高座から離れていったのは、やや暴走気味の語りのスピードについていけなくなったことと、彼の創作に無理や無駄を感じるようになったからだ。
また、決定的なこととして、立川流を去った噺家に対する、容赦のない非難をマクラで聞くことが度々あって閉口したのである。
その排他的な姿勢には、ついて行けなかった。
そういった彼の傾向は、変わらないようだ。
同じような時期に、寄席大好きな噺家と、寄席経験のない噺家の対照的な記事に出会い、つい、長くなってしまった。
古典落語には、差別的な場面はありえる。
それも、談志家元の言葉を借りるなら、「人間の業」なのかもしれない。
しかし、噺家自身が、聴く者を不快にさせるほど差別的であってはいけないと思う。
にぎわい座の百席も毎回楽しみに行ってました。
おっしゃる通り途中から必ずマクラで誰かをクソ味噌に言うようになって、小さい男だなぁ、談志生きてるから言えるんだろ、意外と頭悪いんだな、ネットの住民と変わらないなぁ、と思って通わなくなりました。
これからも自己弁護に勤しむ落語家人生、送るんでしょうね。
死神、猿後家、あたりが好きでした。
コメントありがとうございます。
ゆうさんほど百席には行っていませんが、最初のシリーズの『抜け雀』など印象に残る高座がいくつかありました。
メディアの露出が多くなり、なにか勘違いしたままなのでしょうね。
大師匠の小さんは、弟子が時事的なマクラをふることに否定的でした。
誰もお前たちの意見など聞きたくはない、と言っていたようです。
そういった教えが、まったく伝承されていないなぁ。
