桂伸乃介のご冥福を祈る。
2020年 01月 07日
*拙ブログの常で、師匠などの敬称は略します。
いくつかのネットメディアにも記事があるが、芸協のサイトから引用したい。
あっちの協会と違って、実に丁寧に紹介されている。
落語芸術協会サイトの該当ページ
令和2年1月1日(水)午前1時10分
当協会所属の 桂 伸乃介(本名:伝川 博 つたがわ ひろし)が急性骨髄性白血病のため、
日本大学医学部付属板橋病院(東京都板橋区)にて逝去しました。享年66
≪略歴≫
昭和28年5月16日生まれ (出身地 東京都渋谷区)
昭和45年(1970年)10月 十代目桂文治に入門 「桂 ひろ治」となる
昭和51年(1976年) 4月 二ツ目に昇進 「桂 伸乃介」となる
昭和61年(1986年) 5月 真打昇進
得意演目は「長短」「ろくろっ首」「千早ふる」「真田小僧」他。
先代文治師匠の演目や滑稽噺を軽妙に演じ、その高座は寄席の番組には欠かすことのできない存在でした。
幼少の頃よりピアノを始め、ギター、三味線などの楽器演奏も得意とし、寄席興行における「二人羽織」で三味線を弾き、また噺家バンド「にゅうおいらんず」ではピアニストとして活躍、当協会の興行に大きく貢献された演者でした。令和元年12月中席 お江戸上野広小路亭で主任を務め、12月14日が最後の高座となりました。演目「千早ふる」
急性骨髄性白血病ということは、昨年9月に亡くなった、山遊亭金太郎と同じだ。
2019年9月19日のブログ
金太郎は、生の高座を一度しか体験していなかったが、伸乃介は、何度か寄席でご縁があった。
遊三との「二人羽織」にも出会っている。
その時の記事を引用したい。
2011年10月17日のブログ
大喜利 『二人羽織』 (29分)
まず、とん馬が出て遊三を呼び出し、「何も芸がないなぁ」と遊三を貶すとことがプロローグ。とん馬が高座を下りてから、伸乃介が登場し、「とん馬を見返してやりましょう」ということで、二人羽織が始まる。伸乃介が遊三の後ろに隠れて、三味線を弾いたり、お茶を飲んだり、煎餅を食べたり、という仕草の可笑しさと、二人の呼吸の合った演技が主役の芸。伸乃介の三味線「勧進帳」には感心した。末広亭のプログラムによると、遊三が師匠四代目圓馬から継承した余興のようだが、初めて見た。こういう寄席ならではの芸は、ぜひ今後も伝承され続けることを期待したい。
伸乃介の名人芸を継承する人は、いるのだろうか。
金太郎は、私より年下だった。
伸乃介は、少し上だが、同世代。
寄席ならではの芸で魅了した桂伸乃介のご冥福を祈る。
たしかに、高座は印象が薄いのですが、あの「二人羽織」の三味線芸は、たいしたものでした。
にゅうおいらんずでの演奏は未体験でした。見ておくんだった。
本年も、よろしくお願いします。
