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桂伸乃介のご冥福を祈る。

 桂伸乃介の訃報に接した。
 *拙ブログの常で、師匠などの敬称は略します。

 いくつかのネットメディアにも記事があるが、芸協のサイトから引用したい。
 あっちの協会と違って、実に丁寧に紹介されている。
落語芸術協会サイトの該当ページ

令和2年1月1日(水)午前1時10分
当協会所属の 桂 伸乃介(本名:伝川 博 つたがわ ひろし)が急性骨髄性白血病のため、
日本大学医学部付属板橋病院(東京都板橋区)にて逝去しました。享年66

≪略歴≫
昭和28年5月16日生まれ (出身地 東京都渋谷区)
昭和45年(1970年)10月 十代目桂文治に入門 「桂 ひろ治」となる
昭和51年(1976年) 4月 二ツ目に昇進 「桂 伸乃介」となる
昭和61年(1986年) 5月 真打昇進 

得意演目は「長短」「ろくろっ首」「千早ふる」「真田小僧」他。
先代文治師匠の演目や滑稽噺を軽妙に演じ、その高座は寄席の番組には欠かすことのできない存在でした。
幼少の頃よりピアノを始め、ギター、三味線などの楽器演奏も得意とし、寄席興行における「二人羽織」で三味線を弾き、また噺家バンド「にゅうおいらんず」ではピアニストとして活躍、当協会の興行に大きく貢献された演者でした。令和元年12月中席 お江戸上野広小路亭で主任を務め、12月14日が最後の高座となりました。演目「千早ふる」

 急性骨髄性白血病ということは、昨年9月に亡くなった、山遊亭金太郎と同じだ。
2019年9月19日のブログ

 金太郎は、生の高座を一度しか体験していなかったが、伸乃介は、何度か寄席でご縁があった。
 
 遊三との「二人羽織」にも出会っている。

 その時の記事を引用したい。
2011年10月17日のブログ

大喜利 『二人羽織』 (29分)
まず、とん馬が出て遊三を呼び出し、「何も芸がないなぁ」と遊三を貶すとことがプロローグ。とん馬が高座を下りてから、伸乃介が登場し、「とん馬を見返してやりましょう」ということで、二人羽織が始まる。伸乃介が遊三の後ろに隠れて、三味線を弾いたり、お茶を飲んだり、煎餅を食べたり、という仕草の可笑しさと、二人の呼吸の合った演技が主役の芸。伸乃介の三味線「勧進帳」には感心した。末広亭のプログラムによると、遊三が師匠四代目圓馬から継承した余興のようだが、初めて見た。こういう寄席ならではの芸は、ぜひ今後も伝承され続けることを期待したい。


 伸乃介の名人芸を継承する人は、いるのだろうか。

 金太郎は、私より年下だった。
 伸乃介は、少し上だが、同世代。

 寄席ならではの芸で魅了した桂伸乃介のご冥福を祈る。
Commented by saheizi-inokori at 2020-01-07 09:24
記憶がないなあ、見損じたか、残念!
Commented by kogotokoubei at 2020-01-07 10:45
>佐平次さんへ

芸協で、かつ地味~な噺家さんでしたからね。
正直、高座で感心したことないのですが、あの「二人羽織」は印象的でした。
そういう芸人さんも、貴重です。
Commented by ぱたぱた at 2020-01-12 21:22
本年も宜しくお願い致します。さて、新年早々、伸之介の訃報にはびっくりしました。数年前二度ほど8月の浅草演芸ホールでのにゅうおいらんずでのバンド姿を見ただけでした。高座を拝見したと思うのですが印象が残っていませんでした。66歳といえば協会は違いますが喜多八と亡くなった年が同じ、早すぎます。合掌。
Commented by kogotokoubei at 2020-01-13 09:51
>ぱたぱたさんへ

たしかに、高座は印象が薄いのですが、あの「二人羽織」の三味線芸は、たいしたものでした。
にゅうおいらんずでの演奏は未体験でした。見ておくんだった。
本年も、よろしくお願いします。
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by kogotokoubei | 2020-01-07 08:54 | 落語家 | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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