柳亭小痴楽、ちい坊の半生記『まくらばな』より(3)
2019年 11月 25日

柳亭小痴楽著『まくらばな』
この本から、三回目。
その前に、小痴楽について、ぜひ紹介しておきたいことがある。
単独真打昇進が決まった後、日刊スポーツの記事で、彼が落語家を志すきっかけについて紹介されていた。引用する。
日刊スポーツの該当記事
小痴楽は15歳までは落語に一切触れなかったが、中学3年の時にたまたま家でCDデッキから聞こえてきた落語(8代目春風亭柳枝の『花色木綿』)に魅了され、「これをやりたい」と思うようになったという。
このこと、『まくらばな』では、書かれていない。
私は、八代目柳枝が大好きで、この『花色木綿』も、携帯音楽プレーヤーの定番だ。
今では、『出来心』という題で演じられることが多いが、やはり『花色木綿』として演じてこそ、この噺の味が出ると思う。
小痴楽が、披露目のネタとして演じたかどうかは知らない。トリネタとしては軽すぎるので、かけていないだろうと察するが、このネタが落語家になるきっかけというのは、彼の落語を語る上で大事なのではなかろうか。
長講の大ネタではなく、寄席に相応しいこのネタが好き、という若手は、そう多くはないと思う。そのへんの了見が、好きだなぁ。
さて、『まくらばな』のこと。
第4章の「供花」からご紹介。
私の親父のお墓は神楽坂にある。
沢辺一家は不信心だ。特に私と母はいい加減に出来ている。
親父が死んだ翌年。命日の日の朝、母はみんなに
ー今日はパパの命日だからね。毎年とは言わないけど今年くらいは早く帰って来てみんなで仏壇に手を合わせようね。9時45分に亡くなっちゃったから、その時間にはお家に帰って来なさいね。呑みに行っちゃダメだよ。
そう言うものだから夜席が終わり真っ直ぐに帰った。
亡くなった時間になると三人で手を合わせ、思い思いに目を瞑っていると母ちゃんは
ーはい。おしまい。じゃっ!
どっかに行こうとする。どこへ行くのか聞いてみると
ー22時から近所のみんなと呑み会あるから!
と言って出て行った。
なかなかに凄い、お母さん!
他にも、この後にこんな逸話が。
二つ目になって三年目、独演会をやってみようとゲストに歌丸師匠とまねき猫先生に出て頂き、春日の文京シビックホールを借りた。母ちゃんに受付をやってもらい車を出してもらった。文京区なので親父の墓も近いということもあり、タバコの一本でも手向けようと思って、母ちゃんにちょっと寄ってもらうように頼んだ。すると母ちゃんは
ー時間の無駄だから、そんなの良いよ。
ーいやいやいや、ちょっとだから、寄ってよ。
ーしょうがねぇなぁ。すぐ済ませよ?
墓地に着くと私は走って親父の墓の前へ。火を付けたタバコを墓前に置いて手を合わせていると、母も走ってやって来た。すると遠くの入り口で突然、パンパン!拍手を打って「おい、いつまで拝んでんの?早く行くよ!」と言って行ってしまった。
こういう話を知ると、小痴楽は、父と母の両方から、なかなかにダイナミック(?)なDNAを継承しているなぁ、と思う。
芸人として、とりわけ東京の噺家として生きるために相応しいいろいろを、両親から受け継いでいるのだろう。
もちろん、そういった土壌に、自らの努力で、他の誰でもない小痴楽落語を築き上げつつある、ということか。
次回最終回は、そんな母と兄との三人の座談会からご紹介するつもり。
