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噺の話

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雀三郎・染二 ふたり会 天満天神繁昌亭 9月8日

 旅の記事があったので、遅ればせながら、この会のこと。

 初の繁昌亭。

 あらためて、外観。
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 あらためて、この会の看板。六回目とのこと。
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 この二人の高座は、生では初。
 CSのスカイAの「らくごくら」では、見たことがある。
 言わずもがなだが、雀三郎は枝雀の弟子、染二は染丸の弟子。

 喫茶ケルンを出て、開演少し前に、二列目の席に座った。

 開演前や仲入りのBGMがトトロなどのジブリのメドレーで、山茶花さんが喜んでいた^^

 繁昌亭のサイトによると、一階席145席、二階席63席。

 思ったほどは広くないが、落語にはちょうど良い空間だと思う。

 最終的には、一階席の八割ほどが埋まったのではなかろうか。

 出演順に感想などを記す。

 なお、雀三郎と染二の二席はネタ出しされていた。

桂九ノ一『道灌』 (12分 *18:00~)
 初。本人が言うように、名前から女性を想像したが、「すんません、こんな野球部の補欠みたいなんが登場しまして」で笑い。
 たしかに、坊主頭の見た目は、そんな感じなのである。
 後で調べると、九雀のただ一人の弟子で、三年半ほどの経歴のようだが、この高座は、結構気に入った。関東版と基本は同じだが、クスグリが上方ならではで楽しい。
 「わしゃ、隠居じゃ」「夜店ですくうやつ」「そりゃ、金魚や」なんてやりとりが可笑しい。
 たけやんが提灯を借りに来たが、「傘を貸せと言え」「傘は持っとる」と返され、その傘を折るあたりは、ダイナミック!
 元気で明るい高座、幸先が良い。

林家染二『替り目』 (18分)
 前日まで大須演芸場だったとのこと。前半は江戸の住吉踊り、後半は上方の住吉踊りが披露されたらしい。東京の噺家さんとの交流、打ち上げなどを振り返る中で、名古屋のメイド喫茶の話には、笑った。
 ♪一でな~し、二でな~し、と本編へ。
 酔っ払いの亭主が、酒の肴に関東炊き(おでん)を女房に買いに行かせた後の独白が楽しい。
 「お願いですから、月曜の朝、ビニール袋に入れて電柱のとこに捨てないでください」
 なんてのがあった。
 マクラを含め、この人の持ち味が発揮された高座。
 滑稽噺がニンと思っていたので、二席目はどうなるか、と思っていたが、凄かったのだ。

桂雀三郎『G&G』 (25分)
 本職は歌手、とのこと^^
 あのヒット曲♪ヨーデル食べ放題は15万枚、落語のCDよりはるかに売れているから。
 ということで、ヒット曲を一番だけ聴かせてくれた。
 あの名曲(?)、もともと、京橋の“やぐら”という飲み屋さんの歌「やぐら行進曲」を作り、一緒にCD化したところ、高田文夫がラジオを紹介して大ヒットした、と丁寧に説明してくれた。
 “やぐら”の常連さんが、ビールとチェイサーにして酒を飲む人であったとか。
 その“やぐら”が、あの「深夜食堂」のモデルとのこと。知らなかった。
 ギターをやろうとして、普通はFができなくて苦労するが、ご本人、Gが出来なくてまづいた、というのは、ちょっとはギターをかじる者として、笑った。
 本編は、“おやじバンド”ならぬ“じじぃバンド”のネタで、小佐田定雄さん作。
 全身グレーで身を固めた典型的な年寄り姿の森さんを、派手な衣装に髪の毛はメッシュ、若い女の子をナンパしまくっている鹿田さんが、自分たちのバンドの練習に誘う。
 そのバンドの名が、「G&G」。「ジジイ&ジジイ」。
 「ピアスの心、母心」なってクスグリやバンド仲間の芸名なども笑える。
 サンセット加藤さんの潰れた会社の工場が、練習場。
 さて、見た目も趣味(植木)もまさにジジイの森さんに、鹿田さんはバンドの歌を披露。
 ということで、下手に隠していたギターを雀三郎は持ち出して、ライブがスタート。
 ♪どうにも止まらない、♪昔の名前で出ています、などの替え歌で客席は大爆笑。
 決めゼリフは「ファイヤー!」。
 最後は♪宇宙戦艦ヤマトの替え歌で、「阿倍野斎場、焼~き~場~」で、客席も一緒に、「ファイヤー!」となる。
 なるほど、本職は歌手だ。
 なかなかの美声、そして、カポダストを駆使したギターさばきも、お見事。
 期待通りの、楽しい高座だった。
 山茶花さんによると、米朝はこの「G&G」が大好きで、一門の会では飛び入りすることもあったとのこと。「あたしも、もうじきファイヤーです」が決め科白だったようだ^^

林家染二『菊江仏壇』 (42分)
 マクラで、この噺に相応しい若旦那のネタ、ということで、現在の米団治の逸話。
 とても内容は書けないが、彼の高座での逸話に、客席は大爆笑だった。
 マクラで大いに笑わせた後、本編へ。笑わせどころの少ないネタ、しっかり計算をしてのマクラだったように思う。
 滑稽ばなしの染二、という印象が強いので、果してこの人情噺の長講をどうこなすか、注目していた。
 とにかく、長い。
 私は、2010年12月、小金治さんをゲストに招いての国立演芸場での文我で聴いており、その後、2017年7月に、日本橋劇場で雲助で聴いた。
2010年12月6日のブログ
2017年12月13日のブログ

 少しズルをして、Wikipediaの文章も借りて、あらすじをご紹介。
Wikipedia「菊江の仏壇」

(1)船場・淀屋小路の大店、飽きっぽく道楽者の若旦那は、惚れて一緒になったお花との
   仲も二カ月は持たず、遊びの虫が再発すると、南の芸鼓、菊江にいれあげてしまい、
   家に居つかない。そのせいでお花は気を病んだ挙句病気になってしまい、療養のため実家に
   帰ってしまった。そのことについて、大旦那は若旦那に今までの不始末をさんざんに責めるが、
   若旦那は「わたいの女道楽は大旦那の信心と変われへんもんでっせ。」と反省の色すらも
   見せない。さて数日後、実家から『お花が危篤』と言う電報がくる。 大旦那は憮然と「番頭どん。
   倅をようく見張っとくなされ。」と後を託して見舞いに行く。
(2) 厄介払いが出来たと大喜びの若旦那、菊江のところに行こうと番頭に止められる。
   「そら、番頭済まなんだ。わてが悪かったわ。」「わかってくれはったらよろしゅう
   ごわります。」「そのかわり横座るさかい話聞いてくれへんか。」「へえ。よろし
   おます。」「気にせんといて、そのまま帳面付けてくれたらええねん。」
   「さよでっか。」「あのなあ、番頭・・・・・・」と、逆に、じんわり番頭の
   茶屋遊びを暴露して、脅しにかかる。「ちょ、ちょっと若旦那。止めておくん
   なはれ。」「何や。嫌か。ほたら外出して。」「いやそうはいきまへん。」
   お花が病に伏しているのに遊びに行くのはどうしても世間体が悪い。それなら、
   親爺の留守を幸いに、家に酒肴を注文して菊江を呼び、ここで茶屋遊びをする
   事にしようと話がまとまる。
(3)店の者も喜んで早速店じまい、ごちそうを注文する。やがて菊江も、他の芸妓も
   三味線太鼓を抱えてやってくる。若旦那もう嬉しくてたまらない。「菊江来たか。
   こっち来い。こっち来い。今日はな、やかましい親爺おらんよって・・・・・・
   明日にならな帰ってけえへん。家で散財しよ。そんなら、今日はどんどんいこか。」
   とみんなで飲めや歌えの場が大騒ぎ。
(4)盛り上がったころで突如大旦那が帰ってきた。「これ!ここ開けんかい!何して
   ますのじゃ!」「うわっ!大旦那さん帰ってきはった!」
   一同大あわてでご馳走等々を隠すが、菊江の隠れるところがない。「菊江、お前
   こっち来い。」「まあ、何しなはります。」「ここへしばらく隠れとれ。」
   やむなく大旦那が買ったばかりの『200円もする巨大な仏壇』に押し込む。
   さて大旦那は番頭をはじめとする皆の酔態を見て「何ちゅうことしくさるのじゃ。」
   とあきれ返る。
   「倅はどこにいくさる。」「おとっつあん。ばあ。」「これ、ようもこんなふざけ
   たことしくさって。」
   大旦那は涙ながらに「これ、倅、お花はな。わしの顔見るなり『不実な夫でも、
   生涯連れ添う人と思え一目会うまではと思うておりましたが、もし、おとうさん。
   わたしはよほど嫌われたんですね・・・・・・』との言葉を一期に、様態が
   変わって死んだわやい。」と一部始終を話す。
   「こなたもわしと一緒にお花とこへ通夜に行きなされ。」と嫌がる若旦那を尻目に
   仏壇のもとへ。
(5)「もし、お父っあん。何しなはんねん。」「仏壇に有難い『親鸞聖人の掛け軸』を
   取り出しますのじゃ。」「ええっ!! もし、仏壇にはあらしまへん!」「ほんなら
   どこ直したんじゃ。」「・・・・・・下駄箱ン中」「アホぬかせ!」と大旦那は
   件の仏壇の扉をギー・・・・・・。 途端に現われたのは菊江の姿に、
  「ああ。お花か。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。もう迷うて出たんか。倅の了見は
  わしが直す、だから迷わず成仏しとくれ!!」
  幽霊(菊江)の方が 「へえ。私も消えとうございます」で、サゲ。


 文我、雲助の高座について書いた記事と重複するが、この噺は、他のネタを彷彿とさせる部分がいくつかある。
・大旦那が若旦那を諌めるシーンは、『船徳』『唐茄子屋政談』他と同じ味わい
・若旦那が番頭の弱みを追及し味方につけるところは、『山崎屋』
・大旦那と定吉が出先から、どんちゃん騒ぎの我が店に戻ってくる件は、『味噌蔵』
 
 東京でこの噺を十八番としていた、小金治さんの師匠だった桂小文治について、矢野誠一さんの本『落語讀本』(文春文庫)は色川武大さんの言葉を紹介している。
矢野誠一 『落語讀本』(文春文庫)
色川武大さんは、桂小文治の『菊江の仏壇』をきいたことがあるそうだ。敗戦直後の神田立花で、<茶屋遊びの気分、商家の感じ、そうして独特の色気、はじめて小文治を、ただものではない落語家だと思った>と書いているのだが、この感じが私には、とてもよくわかる。

 色川さんが指摘した小文治の高座から感じた、<茶屋遊びの気分><商家の感じ><独特の色気>が、まさに染二の高座を評価する上で、重要な指標になるように思う。
 
 (1)の場面で、大旦那が若旦那を諌める場面の長科白、下手をするとダレてしまう部分を、染二はよどみなく、そして、十分に商家の感じを醸しだしながら聴かせてくれた。若旦那がお花と夫婦になって二ヶ月持たずに芸者菊江に入れあげたと責める大旦那に、若旦那が、大旦那がしつらえた仏壇に二ヶ月持たずに飽きた、という話で対抗する、数少ない笑わせどころ。上方の商家の空気が客席に流れる。
 (2)では、じんわりと、真綿で首で、若旦那が番頭が女を囲っていることを暴く。番頭の慌てる心理がよく描かれていたし、暴露された後に開き直っての宴会の幹事役としてはしゃぐ様子、静と動の描き分けがすこぶる良かった。
 (3)は、まさに『味噌蔵』。皆が弾ける様子がそれまでの静から動への転換となる。女子衆が何が欲しいかと言われ「針さしと鏡台」に若旦那が「嫁に行くのやあらへんで」なんてのも楽しい。なかでも、若旦那が子供頃におねしょをさせた話を繰り返す佐助が印象的。何度も昔のことを繰り返す鸚鵡返しは、『うどんや』の酔っ払いを彷彿とさせる。
 菊江がやって来て、若旦那が「菊江、歌ってんか」の声から、はめもので賑やかになるのが、上方ならでは。ここで、茶屋遊びの気分を短いながらも味わわせてくれる。
 洗い髪に白薩摩で登場した菊江の姿には、もちろん色気が充満している。先代の小南は、「若旦那ぁ」と登場する菊江の姿を一瞬でもお客さまに見せることができたら、と記しているが、染二の高座、しっかり映像が浮かんだ。
 この菊江の姿から、『白ざつま』という演目でも呼ばれる。
 (4)大旦那が帰ってから、お花の最後を振り返る場面は、なんとも泣ける。伝聞であり、それが臨終の場なのにも関わらず、色気を感じるのが不思議だ。
  若旦那がなぜお花の元から菊江のところへ逃げたのか、という心理面の葛藤も語られていて、実に深~い噺となった。

 米朝の音源では、マクラで、大ネタと言われているが、とにかく難しい噺で、あんまりオモロイこともない、と語っている。
 米朝は、小文治が東京に持って行って相当刈り込んだとも言っているが、オリジナルは、紹介したように、登場人物も多ければ、場面展開もたくさんある。とはいえ、笑わせどころは、きわめて少ない噺。
 しかし、だからこそ芸達者が挑戦したくなる噺、でもあるのだろう。
 染二の挑戦、私は実に良い高座として実を結んだと思う。
 今年のマイベスト十席候補としたい。

 ここで仲入り。

 中に喫煙スペースはなく、外で一服。
 まだ、日中の暑さの名残があったなぁ。
 さて、もう一席。

桂雀三郎『百年目』 (39分 *20:31)
 こちらも、上方落語大ネタ中の大ネタ。

 大きく次のような場面で構成される。
 (1)番頭の治兵衛と奉公人との会話。ここで、仕事一筋で堅物な番頭を表わすために、「芸者という紗はいつ着るのかも知らん」なんて科白が出てくる。また、手代や小僧と番頭の間には溝がある、という組織の空気が伝わる。これが、最後の栴檀と南縁草の話にもつながっていく。
 (2)その番頭が、実は粋な遊び人であることが明らかになる場。幇間や芸者たちと船で桜の宮に花見に繰り出し、酔った勢いで扇子で顔を隠した鬼ごっこでつかまえたのが、なんと旦那。治兵衛としては、大変な事件発生だ。
 (3)次兵衛は店に帰り、病気と偽って部屋にこもる。悶々と夜を過ごす。
 (4)そして、翌日の旦那と治兵衛との会話、というより、旦那のお説教だ。有名な栴檀と南縁草の喩え話が登場する。

 冒頭の次兵衛のネチネチした部分は、意外とあっさりだったような気がした。この人、あまり悪者にはなりきれないのかもしれないなぁ。
 船の中が暑~い空気は、会場の冷房がききすぎたせいもあったか、実感しにくかった。たしかに外は暑いのだが、中を冷やしすぎるのは考えものだなぁ。
 ヤマ場は、この夜中の次兵衛の姿。逃げ出そうとして高い着物を重ね着しては、いや、そんな酷い旦那ではなかろう、とまた着物を脱ぐ。しかし、また逃げようと着物を着る、の繰り返しは、師匠枝雀譲り。笑った。
 大旦那の次兵衛への話、旦那という言葉にまつわる栴檀と南縁草の話までが、勘違いかもしれないが短い気がした。時間調整もあったかな。
 染二の『菊江仏壇』の後だったこともあり、悪くはないのだが、全体に平坦だった印象。
 一席目に、本職(?)の歌手としてのライブを楽しんだから、良しとしよう。

 なお、『百年目』については、以前の記事で桂米二の本からの引用や、「内田樹の研究室」から、栴檀と南縁草のたとえに関する記事を紹介しているので、ご興味のある方はご覧のほどを。
2012年5月28日のブログ

 終演後に、山茶花さんと土山人で美味しい酒と蕎麦を味わったのは、前の記事で紹介した通り。

 同期会の有馬温泉への旅行に続き、初の繁昌亭を楽しむことができた。

 とにかく、染二の『菊江仏壇』が特筆ものだった。

 たまには、上方落語もいいなぁ、と痛感した夜。

 なお、繁昌亭に、この「よせぴっ」という落語会ガイドが置いてあり、無料でいただくことができた。
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 「東京かわら版」の上方版とも言えるが、手作り感のある案内誌。

 「よせなび」として、繁昌亭のみならず、お寺や飲食店などさまざまな会場での落語会情報が満載。凄い数だ。

 山茶花さんは、表紙の若旦那風のイラストが米団治とすぐに分かった。流石!

 「トピックス」欄には、その米団治が来年3月、「米朝まつり(仮)」を開催するというニュース。
 3月30日から三日間、ゆかりのサンケイホールブリーゼで5公演、朝日生命ホールで3公演とのこと。
 また、米朝とOSK時代に駒ひかるの芸名で活躍した奥さん中川絹子さんの夫婦の物語が大阪松竹座の2月公園で上演されるとのこと。

 裏表紙には、芸歴35周年の林家染二が、10月恒例の独演会で、「上方落語の女性の世界」をテーマにするとの案内。また、上方寄席囃子の功労者、林家とみさんの50回忌であることから、自分で寄席囃子を披露するらしい。
 そうか、染二は、いろんな落語に挑戦しているんだなぁ、『菊江仏壇』もそういう挑戦の一つか、と納得。
 10月の会のことは、染二のオフィシャルホームページで演目なども案内されている。
林家染二オフィシャルホームページ


 なお、「よせぴっ」のオフィシャルブログから、この情報誌のPDFがダウンロードできる。
「よせぴっ」公式ブログ

 ご興味のある方は、ぜひご覧のほどを。

 「よせぴっ」で、魅力的なプログラムが上方でもたくさん予定されていることを確認。
 東京に負けず劣らず、大阪の落語界がんばっていることが伝わってきた。

 また、来なきゃ!

Commented by 山茶花 at 2019-09-13 00:17 x
江戸落語と違って、「笑わせてなんぼ」という上方落語。客席も「笑って帰るぞ」と期待していますから、演者もそれに応えます。

開口一番の九ノ一さん、九雀さんの高校の後輩です。師匠と同じく小劇団の芝居にも出ているそうです。芝居は落語にも役立ちます。

染二さん「替り目」の枕、名古屋のメイド居酒屋でのやり取りが傑作でしたね。客も全て「にゃんにゃん」と語尾に付けての会話。しかも猫耳カチューシャを付けて。想像したら笑えます。

雀三郎さんの「G&G」での枕に出てきた「串カツやぐら」は、一時期「やぐら杯」と銘打って新作落語の台本を募集していた事もあった様な。「深夜食堂」の原作になった事は時々枕で話しておられました。日本酒の肴にビールというのが面白いですが、白ご飯のおかずにチャーハンという人が雀三郎さんと中島らもさんの共通の友人におられます。

染二さん「菊江仏壇」の枕では、幸兵衛さんも書かれている様に米團治さんの失敗の数々。「細雪」での奥畑のぼん役を市川監督に絶賛されたそうですが、故吉朝さんが「あれは地であって、演技とは違う」と落語会の枕で言われていました。露の都さんは「落語界の王子様」と評しておられました。色々な噺家の枕に登場しています。

「よせぴっ」の表紙イラストの中西らつ子さんの夫は、文楽人形遣いの吉田玉助さん。中西さんは、20数年前にザコビッチの落語「へっつい幽霊」を見て落語にはまり、古典芸能にはまってしまったんだそうです。古典芸能の若き担い手の妻ですから、公演の時には大変な様です。

小佐田氏の「よむらくご」の表紙と挿絵はらっちゃん(中西さんの愛称)のイラストです。


繁昌亭での落語、又ご一緒しましょう。
Commented by kogotokoubei at 2019-09-13 08:36
>山茶花さんへ

次の機会には、やぐらにも行ってみたいなぁ。

今回は、あらためて上方落語の奥の深さ、引き出しの多さを感じました。

『菊江仏壇』の傑作なマクラには、歌丸師匠の背広を間違って若旦那が着てしまって・・・というのもありました。実際は歌丸師匠のお弟子さんでしたがね。あれも可笑しかったですが、何より、『愛宕山』と『たちきり』の逸話に爆笑でした。
そんなマクラとはなんとも好対照な本編。
最後まで聴き入っていました。
10月の染二の独演会に行ける方が、羨ましい。
もしいらっしゃったら、ご報告のほどを。
Commented by 竹内喜六 at 2019-09-13 23:45 x
久々にお邪魔します。以前は「明彦」でしたが・・・。
最近はこういった畏れ多い名でツイッターなどやっています(江戸の落語ファンが「美濃部与太郎」と名乗るようなものですね)。大阪を離れて東京に戻って2年になりますが。
雀三・染二の両師は、龍谷大の同窓ですね。『菊江仏壇』については、先代松喬師が「私の集大成としてやります」と宣言しながら実現しなかったことを思い出します。
幸兵衛さんの御報告から、万事全力投球の染二師がしっかり取り組まれたことが伝わって来ました。内容が内容であるだけに、演者の人間性が物を言いますね。
雀三師は、持ちネタの数と幅広さでは師匠を超えていると思います。実はどんな大ネタも楽々と演じられる、畏るべき落語家ですが・・・。『百年目』は米朝師が手本を残し、江戸では圓生のイメージも強いので、独自性を出すのは難しそうですね。
ともあれ繁昌亭、今後ともよろしくお願いします。
Commented by kogotokoubei at 2019-09-14 09:32
>竹内喜六さんへ

お久しぶりです。
染二が登場人物の心理になりきって演じていることが、伝わる高座でした。
大旦那のお花へのいたわりと不甲斐ない息子への嘆き、そして、若旦那が出来すぎる妻に窮屈さを感じ菊江に逃げる人間の弱さ、菊江のお花に詫びたいという心境、などなどが見事に表現されていました。
雀三郎は、たしかに芸達者ですね。本職は歌手ですが^^
久しぶりに上方落語を堪能しました。
また、気軽にお立ち寄りくださいね。
Commented by 寿限無 at 2019-09-15 12:53 x
大学の同期会ですか。いいですね。
何年前から毎年の恒例の行事になったのでしょうか?
同じクラブですかね。
先日、国立演芸場で円丈を聞いて来ましたよ。
Commented by kanekatu at 2019-09-15 16:14
雀三郎も染二も横浜にぎわい座で何度か高座を観てますが、いつも楽しませて貰ってます。特に染二の『しじみ売り』は素晴らしい高座で泣かされました。所作がとても綺麗ですね。
本場の大阪の高座はまた格別でしょう。
Commented by kogotokoubei at 2019-09-15 16:35
>寿限無さんへ

同じ大学の体育会の同期です。文字通り「同じ釜の飯」を食べた仲間です。
五十代の半ばくらいまでは隔年での開催でしたが、その後、毎年になりました。
円丈ですか。
開催中の中席ですね。
円丈も、カンニングなしではできないのかなぁ。
今回の同期会の余興の『鹿政談』でカンニングしたのですが、リズムが壊れるんです。
やはり、覚えなきゃだめですね^^
Commented by kogotokoubei at 2019-09-15 16:39
>kanekatuさんへ

染二は、日舞もやっているようで、それで所作が美しいのでしょうか。
繁盛亭が、あれほど天満宮に近いとは思っていませんでした。
こじんまりしていて、落語に相応しい空間です。
近くに天神橋筋商店街があって、居残りするにも便利です。
Commented by 寿限無 at 2019-09-17 14:24 x
山茶花さんとはこのブログを通じてお知り合いになったのですか?
そういうのもアリですね。
Commented by kogotokoubei at 2019-09-17 14:49
>寿限無さんへ

そうなんです。
上方の、ある襲名に関する記事にコメントをいただいたのがご縁です。
佐平次さんなど居残り会のメンバーの何名かの方も、コメントがきっかけです。
非公開コメントでメールアドレスなどをご連絡いただくことで、直接のコミュニケーションに発展したわけです。
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by kogotokoubei | 2019-09-12 21:54 | 寄席・落語会 | Comments(10)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛