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噺の話

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葉月の独り看板 柳家小満ん 雪月花 十 最終回 国立演芸場 8月6日

 6日、直行直帰の仕事と重なるという僥倖により、行くことができた会。

 通算十回目の、最終回とのこと。

 受付でいただいたプログラムに、これまでの演目と主催の時期が記載されている。
 2008年から2013年までは東京音協主催、いったんお休みをして、2016年から東京音協で担当されていた五十嵐さんが独立されて「いがぐみ」の主催。
 
 これまで三度行くことができた。

 震災の直前、2011年3月の第四回が最初。池袋開催。
 翌2012年3月の第五回、そして、2013年3月の第六回が国立。

 あら、全部3月開催だ。だから、副題は「弥生の独り看板」だった。
2011年3月2日のブログ
2012年3月28日のブログ
2013年3月26日のブログ

 ということは、全て東京音協の主催だった。

 それぞれの三席は次の通り。

 2011年3月第四回 『盃の殿様』(花)・ 『夢金』(雪)・ 『景清』(月)
 2012年3月第五回 『花見小僧』(花)・『刀屋』(月)・『しじみ売り』 (雪)
 2013年3月第六回 『崇徳院』 (花)・『ねぎまの殿様』(雪) ・『佃祭り』(月)
 
 記憶は相当あやしくなってはきているが、当時のブログを読み直して、甦ってくる。

 ともかく、すべての会の後味が良かった。

 まだ、関内の会に行き始める前に、柳家小満んという噺家さんの魅力を知った会、ともいえる。
 ちなみに関内の会に最初に行ったのは、2014(平成二十六)年七月の第123回からだ。

 コンビニでお茶とおにぎりを買って会場に開演の20分前ほどに到着し、二階のロビーに行くと、佐平次さんと遭遇。
 居残り会のことをお聞きすると、さすがの大将、しっかりリサーチ済み^^

 会場に入る。
 最終的に、三百人の会場に六割ほどかな。

 出演順に感想などを記す。

三遊亭歌つを『新聞記事』 (15分 *19:00~)
 開口一番は、初めてかな、と思ったが五月の四代目圓歌披露で同じ会場で『牛ほめ』を聴いた前座さん。
 落語協会のHPのプロフィールによると、2017(平成29)年3月三遊亭歌奴に入門、2018(平成30)年1月21日前座となる。前座名「歌つを」、とのこと。
 白酒が「待機児童」と呼んでいた見習い期間が、結構長かったということか。
 五月の記事でも、そのキンキンする高音のことを書いたいたが、やはり気になる。
 高座全体は、そう悪くない。経験を積めば、また声の調子も変わってくるだろう。
 
柳家小満ん『花見心中』 (26分)
 まくらで、夕顔の絵から、木下長嘯子の「夕顔の咲ける軒端の下涼み 男はててれ女(め)はふたの物」のことを説く。この歌のこと、後で調べて分ったのだが、もう少しふくらませて欲しかった気がする。日本への外国人旅行者のことから、京都から江戸(東京)へ来た、善次郎という人物のことへ。
 これが、「花」のお噺で、なんとも珍しいネタ。
 (1)慶応から明治に変わる幕末維新の混乱期、京都の善次郎は、重兵衛という
   知り合いをたどって、江戸に出てきた。しかし重兵衛は、所帯をたたんで、
   国に戻ってしまった後。重兵衛の世話人という男、安田が面倒を見てくれて、
   江戸に残って呉服商を営んでみたもののうまくいかず、安田さんに何度も借金を
   頼みに行き、ついに「豆腐の角に頭をぶつけて死んでしまえ」と見放された。
 (2)落胆した善次郎、首をつろうと向島の土手の桜の木の下へ。さぁ、と決心した
   矢先、枕橋の方から若い男女がやって来たので、逃げるように木に登った。
   その二人、若旦那と使用人の女のようで、この世で添い遂げられないのなら、
   と心中の相談。緋毛氈を広げ、傘を開き、心中の始末をする人に迷惑がかかるからと、
   十両の金を用意して、いざ、という時、善次郎は木から落ちてしまう。
 (3)心中直前のふたりは驚いて逃げ出し、その場に残った十両の金を、善次郎はつい拝借。
   大家に相談はしたものの明治の混乱の江戸であり、届け出ても無駄だとその中から家賃を
   払って借金を返し、残った金を元手に再び呉服の商いを始めた。
   今度は、商売もは順調に進み、一緒に住む母親も不自由させることはなかった。
 (4)七年が過ぎたある日、店にやって来た夫婦者が、なんと、あの時の二人。
   善次郎は、残してくれた十両の金のおかげで店をここまでにすることができたと
   「命の親」とお礼するが、一方の心中夫婦も、あのとき逃げたおかげで、
   すぐに家族に見つかってしまい、結果として親の許しを得て夫婦になることができた、
   あなたさまこそ命の親でございます。三人が口をそろえて、「命の親」「命の親」と
   繰り返しているところへ奥から出てきた善次郎の母が、「善次郎の親は私です」
   というのが、サゲ。

 なんとも珍しいネタで、もちろん(?)初。お初は嬉しいのだが、それほど楽しめなかった。

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 居残り会で、たまたまカバンの中に横浜の会の千秋楽でいただいた演目一覧を自分でエクセルで表にしたプリントアウトを入れてあったので、ざっと見たが、このネタはなさそうだった。

 しかし、目でざっと探すなんでこたぁ、あてにならない。なんと後で表を検索してみたら、平成二十五(2013)年三月の第115回で、演じていた。

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 私が行き始める前・・・だ。
 あの、四代目橘家圓喬の持ちネタにあるらしいが、当代では、小満んだけではなかろうか。

柳家小満ん『大仏餅』 (17分)
 いったん下がってから、すぐ再登場。
 秀吉の金ピカ大仏など、大仏のマクラから、最初の師匠の最後の演目としてあまりにも有名な、このネタへ。
 とにかく、神谷幸右衛門の名が出て来て、良かった^^
 サゲは、目から鼻ではなく、工夫されていた。さすが。
 この噺は、関内のリストには、ねぜか見当たらない。お江戸日本橋亭では昨年演じているようだ。
 いろんな意味で、特別な噺なのだろう。

 ここで、仲入り。

柳家小満ん『名月若松城』 (46分 *~21:00)
 三席目は、講釈ネタ。
 蒲生氏郷と家来の西村権四郎との逸話を主とした内容。氏郷といえば、妻は信長の娘、冬姫。葉室麟の『冬姫』を思い出すなぁ。
 天下統一を目前にした秀吉だが、島津との戦い、九州征伐で豊前国・岩石城(がんじゃくじょう)の攻略に苦労する。氏郷は自ら城へ攻め込むのだが敵の弾が乗っていた馬に当たり落馬。門から出てきた島津の軍勢に取り囲まれ、さすがの氏郷ももはやこれまでかと覚悟を決める。その時、救いに来たのが西村権四郎。敵兵を討ち倒し、そのおかげで氏郷は窮地を脱した。秀吉勢は体制を整えなおし、岩石城は落城。
 氏郷は伊勢松阪三十万石の城主となる。ところが自分を助けてくれ権四郎には何も恩賞を与えない。
 一年経って八月十五日、月見の宴。ということで、しっかり「月」の噺。無礼講の席で氏郷は、岩石城での戦いの思い出話をするのだが、権四郎に助けられたことには、まったく触れない。権四郎は酒の勢いもあって氏郷と言い争いになる。氏郷の提案で相撲で決着をつけることになるのだが、忖度などしない権四郎は、氏郷を投げ飛ばす。権四郎は殿様の愚かを嘆き、門番に悪態をついて、松阪の城を出て行ってしまう。思い直した氏郷が権四郎を捜させるが、見つからない。
 そして、数年後、氏郷が移った会津若松城での月見の宴。氏郷の前に現れたのが・・・という後半は割愛。
 こちらも、関内のネタ一覧を検索すると、あった。

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 平成二十四(2012)年九月の第112回。まだ、行き始める前。
 八代目正蔵の音源があるようだ。
 小満ん、この長講では、途中の言いよどみも気になり、なかなか楽しめなかったのが、残念。


 珍しいネタ、そして、愛でたい「雪」「月」「花」での締めくくりということはできるが、少し、ご本人に気負いがあったような気もする。


 さて、あまり高座で笑えなかったのだが、終演後の居残り会では、佐平次さんが目をつけていた、会場近くに最近できた炉端焼き屋さんで、五人の居残りメンバーが、若い店員さんの言葉などに、大いに笑わされた。
 「焼き場ですから」「切り刻みます」「おれ、焼きます」などなど、焼き場担当の“なかじ”は、なかなか愛されるキャラクター。
 ということで、シマホッケなどを楽しみ、落語の話も肴に閉店までいれば、もちろん帰宅は日付変更線を超えたのでありました。  
Commented by saheizi-inokori at 2019-08-08 09:35
さすがに小満ん歴もたいしたものですね。
夕顔のところ、もう少しゆっくり楽しみたかったね。
Commented by kogotokoubei at 2019-08-08 21:03
>佐平次さんへ

そうなんですよね。
関内の会でなら、もっとそのへんの薀蓄もあったのではないでしょうか。
たしかに、お目出度いネタをそろえたのでしょうが、やや、空回りした印象です。
しかし、居残り会で、たまっていた笑いエネルギーを発散できました^^
Commented by 寿限無 at 2019-08-09 12:55 x
「雪月花」は10回で終わってしまうのですね。
地味でもきちんとした噺家はいるもんですね。
ところで、幸兵衛さんはまだ現役なんですね。
ビックリでございます。
Commented by kogotokoubei at 2019-08-09 14:20
>寿限無さんへ

残るのは、お江戸日本橋亭のみです。
現役とはいえ、毎日ではないのですよ^^
とはいえ、会社が休みの日も、いろいろやっておりまして。
そんなこともあって、寄席・落語会へ行く回数が減っております。
とはいえ、寄席を中心になんとか生の落語も楽しみたいと思っています。
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by kogotokoubei | 2019-08-08 08:59 | 寄席・落語会 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛