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噺の話

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池袋演芸場 六月下席 昼の部 6月30日

 昨日、雨で日曜恒例のテニスは中止。

 国立演芸場に電話したが、「円朝に挑む」のチケットは完売、とのこと。

 北海道の帰省で思った以上に歩いたため、やや下半身に疲労が残っており(トシだなぁ^^)、末広亭の居続けは断念。

 木戸銭二千円で三時間という程よい寄席、池袋下席の昼の部を確認すると、昨年真打に昇進した花ん謝改め勧之助が主任の楽日。

 さがみはら若手落語家選手権で彼が優勝した場に居合わせた縁もあり、池袋へ向った。

 雨は止んでいた。

 少し早めに着いて、喫茶店へ。
 隼町のつもりでバッグに入れておいた、森まゆみさんの『円朝ざんまい』を再読。
 これが、やはり面白い。

 その後、やたらと量の多いツケ麺で昼食。中盛り・大盛りサービスとのことで「中」にしたのだが、普通の大盛りだ。
 重たいお腹で演芸場へ。

 出足が遅かったが、最終的には八割程度の入りになった。

 出演順に感想などを記す。

林家八楽『からぬけ』 (15分 *13:46~)
 初。後で調べると、二楽の弟子。ということは、将来は紙切りになるための修行の一環としての落語・・・・・・。
 親子の馬鹿から与太郎の酒の粕、そして、からぬけへ。
 よく覚えていないせいかどうか、あまりに無駄な間があり、体がむずむずするが、もし、紙切りになるのなら小言を書くのも大人気ないか。

春風亭一猿『鮑のし』 (20分)
 この後の寿伴と同じ五月下席から二ツ目昇進。
 勧之助が主任の芝居の楽日なら、一猿と寿伴も二ツ目昇進披露の大千秋楽、ということになる。
 昨年の、さがみはら若手落語家選手権での開口一番(『一目あがり』)以来。それ以前にも小満んの会の開口一番や末広亭で聴いているが、一朝門下で順調に育っている、という印象。

柳家寿伴『清書無筆』 (13分)
 ほぼ一年前の末広亭の開口一番で『真田小僧』を聴いて以来。小満んの会では、『饅頭怖い』のサゲあたりを聴いたかな。
 『真田小僧』でも、金坊が按摩さんの口真似をするなど、なかなか可笑しいクスグリがあったが、こういうネタは、持ち味が生きると思う。
 子ども「宿題は地理だよ」->父親「チリなら任せとけ、テッチリに鯛チリ」とか、子ども「次に歴史」->父親「轢かれたか?」などで客席から程よい笑い。
 ご贔屓のお客さんも少なくなかったようだが、定席四つの披露目の楽日、日曜でもあるから駆けつけてくれたのだろう。
 一猿もこの人も、この日のことを、忘れず、精進してもらいましょう。

台所おさん『猫と金魚』 (14分)
 主任の勧之助の兄弟子で、この二人が花緑門下の真打。二ツ目も大勢いるが、花緑は祖父と同様、弟子を多くとる方針なのかもしれない。
 しかし、弟子の主任の席に師匠がスケで出ないのは、ちと寂しい。
 さて、この人の高座、なんとも楽しかった。
 使用人の峰吉が、金魚を飲む芸があるというのは、オリジナルかな。
 番頭の天然ぶりで大爆笑。
 主人「猫にとって、屋根は庭のようなもの」
 番頭「・・・屋根は、屋根ではないでしょうか。もし、飲みに行って女の子の
    膝に手を置いて『やーねー!』というのは屋根じゃないですが」
 なんてクスグリも、妙に可笑しい。
 見た目、語り口、ともかく個性的な噺家さんで、勧之助とこの人、好対照な兄弟弟子である。

ニックス 漫才 (14分)
 15日の国立とこの日、今月行けた寄席で、二度とも出演。
 コンビを組んで21年、同期にサンドウィッチマン、森三中、というのは定番だが、姉の年齢を暴露するのは珍しいかもしれない。
 聴き始めた頃は、抵抗感のあった不思議な「間」が、妹の「そうでしたかぁ」の科白で埋めることで、リズムが悪くなるのを改善している。だんだん、面白くなってきた。

柳亭小燕枝『長短』 (15分)
 15日の国立では、『家見舞』が前に出ているのに『禁酒番屋』を演じ、この人らしくないネタ選びに苦言を呈したが、この高座は、本領発揮だ。
 師匠小さんの十八番目の弟子と語る。へぇ、この人でさえ、そんな順番か、と驚く。
 その師匠が短気でよく殴られた、たまに剣道の竹刀も飛んできた。一方、大の親友の三代目三木助は気の長い人で、と本編へふさわしいマクラ。
 長さんが短七さんからもらった菓子が不味く、それは長さんの奥さん(お母さん?)からもらったものだった、というのは初めて聴いたと思う。
 長さんが、短七に煙草の火のことを話す前に、「端切れはあるかい?」と聞くが、最近ではこの一言を入れない人も多い。必要だよねぇ。
 こういう高座に出会うと、やはり、この人はいいなぁ、と思う。
 寄席の逸品賞候補として、色を付けておく。

三遊亭円丈『強情灸』 (20分) 
 仲入りはこの人。
 釈台はあったが、途中で「邪魔だ!」と外す^^
 まさか、この人で古典を聴くとは思わなかった。
 マクラでは、寄席の中でも池袋が一番好きで、この空間が落語家と育てると語る。改装前の総ベニヤづくりの真っ黄色のテケツが、なんとも言えなかったで客席大爆笑。
 この人だから、もちろん独自のクスグリはあって、もぐさの周りに海苔を巻いて、「もぐさの軍艦巻きだ」とか、八百屋お七は八百屋のセブンちゃんだったりするが、基本は崩していない。石川五右衛門の辞世「浜の真砂は尽きぬとも」の後半を忘れたのはご愛嬌。なかなか得がたい高座だったと思う。

 
 なんと、池袋の喫煙所が、個室(?)になっていた。
 あの、楽屋前のソファーに座っての一服が好きだったのだが、これも時代の趨勢か。
 寿伴が来場してくれたご贔屓の皆さんに挨拶していた。その笑顔には、二ツ目昇進披露が無事終了した安堵感が溢れていた。

 さて、後半。

柳家小平太『壷算』 (15分)
 昨秋、勧之助と同時に真打に昇進し、さん若から改名した人だが、実は初。
 2003年入門者は多く、彼や勧之助、文菊たちは十人でTENというユニットを作っていたが、その頃、聞き逃していたなぁ。
 同期の勧之助が主任に抜擢されたことについて「二割は嬉しいが、八割は口惜しい」という言葉は、本音だろう。その口惜しさが、大事なのだよ。
 本編は、なかなかのもので、明るくリズムが良い。勧之助とは持ち味が違うが、今後も聴きたくさせる好高座。

柳家小さん『親子酒』 (13分)
 ほぼ一年ぶり。同じ池袋で『二人旅』を聴いている。
 “三語楼”と思えば、なかなか味わいのある高座、と言えるのだ。

ストレート松浦 ジャグリング (13分)
 お手玉、中国独楽、傘、そして皿回しでおめでたく勧之助につなぐ。
 もはや、名人芸と言ってよいでしょう。

柳家勧之助『中村仲蔵』 (35分 *~17:10) 
 同期の小平太が十日間違うネタで勝負していると言っていたので、何を演るか楽しみではあったが、まさここの噺とは。
 マクラで、歌舞伎役者の身分を語りだした時、椅子に深く座っていた私が、姿勢を正したくらいである。
 下立役を稲荷町と言ったのは、連中の部屋がお稲荷様の下にあったからとか、芝居の座にいたなりだからとも言われる、なども含くマクラは、師匠譲りなのだろうが、その下敷きになっているのは、間違いなく八代目正蔵の型だろう。
 驚いたのは、若いわりに、四代目団十郎、仲蔵の師匠の伝九郎を、しっかり演じ分けていたこと。本来の声はやや高めなのだが、年齢とその役柄相応の語り口、仕草で魅せてくれる。
 女房のおきしも、良い。三代目仲蔵の名随筆『手前味噌』では、初代が五段目の定九郎一役でも断らず役作りに励んだのは本人の意思、ということになっているが、勧之助、正蔵と同様に、女房の助言と励ましが仲蔵を奮起させた、としていた。
 この部分、「女は強い」「女房は、偉い」と声高に叫ぶあたりは、なにか私生活を思い出したか^^
 仲蔵、きっと自分に期待しての定九郎一役、とは思ったものの、なかなか良い工夫ができず、妙見様へ願掛け。その満願の日、雨やどりに入った蕎麦屋で仲蔵が出会う旗本が、三村伸次郎と名乗るのも、正蔵と同じ。
 せっかくの工夫も、弁当幕の客から反応がなく、皆「うー」と唸ったままなので、「こりゃ、演り損なった」と思いながらも、これが最後の舞台と思い、最後まで演じきる場面は、時間のせいもあろう、やや割愛気味だったが、この噺の持ち味は充分に伝わる。
 そして、上方へ旅立とうとする途中の日本橋の魚河岸で、思わぬ会話を耳にする。
 「五段目の仲蔵、良かったねぇ。家老の倅があんなナリで山賊になってるのぁおかしいと思ったが、仲蔵、ものの見事に絵解きをしてくれたよ」と、五段目だけで帰って来たという。
「ああ、ありがたい・・・・・・広い世間にたった一人、おいらの定九郎を買ってくれたお客さまがいる。このことを女房の置き土産にして、上方へ」と思っているところに、おきしがやって来た。師匠伝九郎が呼んでいるとのことで、そのまま仲蔵、師匠の元へ。
 この場面は、本来は家に帰ると師匠の使いが来ていたという設定の時間短縮だったのかもしれない。
 サゲは、師匠譲りなのだろう、円生の型でも正蔵の型でもなく、「弁当幕」を生かしたもの。
 主任の楽日、抜擢に恥じない見事な高座。
 拍手はしばらく鳴り止まなかった。
 その丁寧な語り口、登場人物の演じ分け。笑いをとる場面と聴かせる場面の緩急。間の良さ。決して、中堅真打にひけをとらないものだった。
 この高座、今年のマイベスト十席候補とする。


 ハズレはほとんどなかったし、勧之助という、とんでもない発見をしたような高揚した気分で、外に出ると、小ぶりの雨。
 
 この雨に、感謝だなぁ。

 帰宅して、2016年の「さがみはら若手落語家選手権・本選会」の記事を読み返してみた。
2016年3月14日のブログ
 当時の花ん謝の高座について、こう書いていた。
柳家花ん謝『妾馬』 (25分)
 初、である。拙ブログにいただいたコメントで高く評価をされていた方がいて、楽しみにしていた人だ。
 「ここからは、古典落語をお楽しみください」と言って、マクラも短く本編へ。
 たしかに、前半三人は古典にしても改作が施されていて、三作とも新作の趣きだったので、この後の二人の高座は楽しみだった。
 ほとんど無駄なクスグリもなく、本来の噺をしっかり演じた、という印象。
 しかし、お客さんは本来の噺の筋でもしっかり笑ってくれていた。会場の雰囲気にも助けられたように思うが、無理に笑わせようとせずに笑いをとっていた技量は高いものがある。
 八五郎が、自分の孫なのに抱くこともできない、と母親の言葉を妹つるに伝える場面で、三太夫がもらい泣きするという演出を挟んだが、それもわざとらしさがなく好印象。
 この後、八五郎が殿様に召し抱えられたことを地で語ってサゲ。
 好印象で、私の採点は、8。

 私は、志ん吉の『片棒』に投票したのだが、結果は、花ん謝が優勝。
 さがみはらのお客さん、目が肥えている^^
 今後、古典をしっかり演じてくれる若手の有望格と言って良いだろう。

 昨夜は、一杯やりながら「いだてん」に笑いころげていたら、とても記事を書き終えることはできなかったのであった。

Commented by saheizi-inokori at 2019-07-01 15:00
お勧め、ですね。
Commented by kogotokoubei at 2019-07-01 15:15
>佐平次さんへ

そうです。
名前に勧が入ってますからね^^
Commented by at 2019-07-02 06:37 x
>花ん謝改め勧之助
なんですね。初めて聴いたときに様子がいいし、現代的なセンスがあり、売れそうだと思いました。
ただし、小燕枝があれほど秀でた芸を持ちながら実力派にとどまり、TVのレギュラーだというだけで売れてしまう、という現象も厳然としてあるので、これからが正念場でしょう。
Commented by kogotokoubei at 2019-07-02 07:56
>福さんへ

たしかに、テレビの影響は大きいです。経済面でもメリットはあるでしょう。
しかし、噺家としての人生にとって、必ずしもそれが好結果になるかどうか。
小円遊や梅橋は例外としても、テレビになど出ないで、しっかり芸を磨いていけば、分かる人には分かるでしょうし、根強い支援者が増えると思います。
小燕枝がテレビに出る必要もないでしょう。
Commented by ぱたぱた at 2019-07-07 21:07 x
ご無沙汰しております。勧之助といえば、昨年12月にミュージックテイトが主催の勧之助真打昇進お祝いの会で紺屋高尾が堂々としていてよかったのが印象的でした。さて、私、完売した圓朝に挑む!に行っておりました。全般的感想はまぁまぁといったところてした。トリの文菊の心眼がよかったです。サラ口の英国孝子ジョージ·スミスは塩原多助に似たストーリーでしたが、前半部分だったので面白くはなかったので、撃沈してしまいました。仲入り後に出た田辺銀冶はこの会に出たのは以前地方の仕事で圓太郎と一緒だったときに圓朝が出てくる噺を持っていると言ったら出演が決まったとマクラで言っていました。このことから、圓朝に挑む!の企画や顔付けは圓太郎がやっていることを知りました。
Commented by kogotokoubei at 2019-07-08 08:41
>ぱたぱたさんへ

お久しぶりです。
そうでしたか。池袋でも、きっと高尾を演っているのでしょう。
勧之助、長講の人情噺にも堂々と挑んでいて、ある意味、小気味の良い若手です。
「圓朝に挑む!」は、居残り会のお仲間からも感想をお聞きしていますが、なかなか面白い企画だったようですね。同じように、文菊が良かったとおっしゃっていました。
圓太郎、聴きたくなったなぁ^^
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by kogotokoubei | 2019-07-01 12:58 | 寄席・落語会 | Comments(6)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛