「なつぞら」の川村屋のモデル、新宿・中村屋の創業者のこと(1)ー森まゆみ著『明治東京畸人傳』より。
2019年 05月 23日
どう考えても、このお店のモデル(モチーフ?)は、新宿・中村屋。
ある本に、中村屋の創業者のことが書かれていたことを思い出した。

森まゆみ著『明治東京畸人傳』(新潮文庫)
その本は森まゆみさんの『明治東京畸人傳』。
平成八年単行本、平成十一年の文庫化。森さんの住んでいる‘谷根千’近辺に縁のある人々について書かれた本。
この本からは、以前、圓朝作『松と藤芸妓の替紋』のことを紹介したことがある。この本を読んで、残念ながら行けなかったが、むかし家今松が独演会でこの噺をネタ出ししていたことを思い出して書いた記事だった。
2017年5月20日のブログ
この本の中に、「相馬愛蔵・黒光夫妻の駒込千駄木林町十八番地」という章がある。
冒頭部分から引用する。
新宿中村屋のカリーライス、といえばいまも名物だが、戦前はとりわけハイカラでお洒落な食物だった。これは、絵描き中村彝(つね)や柳敬助、彫刻家荻原碌山らのパトロン、というか支援者であった中村屋の女主人相馬黒光が、インドの亡命者ラシュ・ビハリ・ボースのつてで純印度式を仕込んだものという。
黒光はボースをかくまい、のちに娘俊子を彼に嫁がせている。また盲目のロシアの詩人エロシェンコの世話もしたが、その縁でボルシチをメニューに入れ、店員にルバシカを着せることを取り入れている。ピロシキも売り出した。しいていえば、こうした国際的な交友とその産み出す伝説で、ちゃんと商売のもとは取っていたといえるのだろう。ついでに、新宿中村屋では、いまも「碌山」「黒光」とい名付けた和菓子を売っている。
上階のレストランには、先にあげた中村屋ゆかりの美術家の作品が飾られ、食事をしながら、絵を楽しむこともできる。
カリー、ボルシチやピロシキなどのメニューには、中村屋の歴史が込められている、ということか。
ホームページには、大正四年と五年に出来事として、ボース、エロシェンコのことも紹介されている。
新宿中村屋のサイト
黒光の夫は、相馬愛蔵。
ふたたび、引用。
黒光は仙台藩の漢学者・星雄記の孫として明治八(1875)年、広瀬川の畔(ほとり)に生れた。本名を良(りょう)という。高等小学校時代にキリスト教に触れ、上京して横浜のフェリス女学校、そして麹町の明治女学校で学ぶ。このとき、すでに布施淡(あわし)という画家の恋人がいた。
しかしこの恋は実らず、安曇野の旧家の生れで東京専門学校(いまの早稲田大学)を卒業した相馬愛蔵と結婚。このとき良は都会の生活に嫌気がさしていて、長野の自然の中での生活こそ、と小さなオルガンと柳行李一つで穂高に向かう。
本書には出会いのことは書かれていないが、愛蔵が募金活動で仙台を訪ねた際に、二人は会ったようだ。
本書掲載と同じ二人の写真をWikipediaで発見。
すでに著作権切れとのことでお借りした。

相馬黒光
ウィキメディア・コモンズの該当ページ

相馬愛蔵
Wikipedia「相馬愛蔵」
黒光、なかなかの美人。
さて、都会を嫌い憧れた信濃での生活だったが、黒光は、農村の生活に馴染めず、健康も害して、仙台の実家で静養してから、愛蔵と二人、ふたたび上京。
明治三十四年九月、二人で東京の土を踏んだとき、はじめて借りたのが、本郷団子坂上、駒込千駄木林町十八番地の借家であったという。
ということで、著者森まゆみさんの守備範囲(?)になったということ。
二人は、コーヒー店をやろうと思いついたのだが、近くの本郷五丁目には、淀見軒というミルク・ホールがすでにあったし、その前には森鴎外なども通った洋風喫茶・菓子店の青木堂もあり、断念。
次に「パン屋」を思いつく。当時、パン屋は在留の外国人家庭から、次第にインテリ層の生活に入り込みつつあった。果して一時の流行か、食事として定着するのか。二人はさっそく、その日から、三食のうち二食をパンにしてみた。砂糖、胡麻汁、ジャムなどを副食とした、煮炊きの手間はかからぬし、「突然の来客の時など、ことに便利に感じられた」という。
二人が東京帝国大学正門前の中村屋を譲り受けたのはその年の暮、十二月三十日である。試食のパンを買った店だし、立地は良い。繁盛していたからまさかと思ったが、主人が相場に手を出して失敗したのだという。さっそく居抜きを七百円で買う。屋号はそのまま引き継いだ。
ということで、新宿に移っても、その屋号を継続したわけである。
その新宿での出来事などは、次回。
でも今の私のランチにはちょっと重いかな。
tvtopic.goo.ne.jp/kansai/program/abc/26172/355894/
コメンテーターとして出演されている筒井康隆氏の「パプリカ」と中村屋との関係も出てきて興味深い内容でした。
「パプリカ」のアニメ化は中村屋のサロンで生れたんですね。
へぇ、知らなかった。
筒井ファンとしては、避けて通れない場所だなぁ。
近いうちに行こう・・・でも、「なつぞら」人気で混んでいるかな。
貴重な情報、ありがとうございます。
壁に掛かっている「エロシェンコ像」などを見ながら、
カリーを食べていたことを覚えています。
贅沢な空間でした。
今は立派なビルの中の中村屋サロン美術館で見られます。
