あらためて、志ん生の『らくだ』について。
2019年 03月 20日
元は上方の『駱駝の葬礼(そうれん)』で、四代目桂文吾が完成させた噺とのこと。
この噺については、ずいぶん前に、志ん生を中心にした記事を書いた。
2012年6月27日のブログ
あの記事は、大手町落語会で権太楼の見事な高座を聴いたこと、また、真打に昇進したばかりの一之輔が三田落語会でこのネタをかけた後、彼のブログで悩んでいる様子を目にしたことから書いたものだった。
記事の中で、松鶴に代表される上方版のことや、八代目可楽の割愛の芸の魅力などにもふれたが、平岡正明の『志ん生的、文楽的』の次の文章なども紹介し、あえて東京版の、中でも志ん生のこの噺の良さを強調した。

平岡正明著『志ん生的、文楽的』(講談社文庫)
文吾に対して三代目小さんと志ん生は、したがって剣術の小さんも可楽も、久蔵が泣き上戸であるという演出を採らない。小心で善良な屑屋の久蔵が、三碗の酒でトラになり、生傷男を圧倒するのだ。三碗にして岡を過ぎず。水滸伝の武松が景陽岡で、三碗呑んだら岡を越えられないという強いききめの「透瓶香」という酒(同じ銘柄の白酒が現在の景陽岡にある)をぐびぐび飲んで、ますます気宇壮大になって、虎が出るから夜間の山越え禁止という役所の高札を無視して岡を越え、あんのじょう人喰虎に出くわしたが、これを素手で殴り殺したとき、虎の魔性が武松にのりうつったことを感じる。同様に三杯の酒でらくだが久蔵にのりうつったのだ。三代目小さんが「らくだの葬礼」を東京に移植するにあたって、久蔵が三杯の酒でがらっと性格が変って関係が一気に逆転したほうがよく、屑屋の内心の変化を追う上方の演出はぬるいと感じただろうことを志ん生も感じているようだ。
先日の小満んも、この三杯目からの激変を、見事に演じていたなぁ。
その会の記事に、屑屋とらくだの兄貴分の主客逆転の後、らくだを弔うために坊主にする場面の演出について、コメントをいただいた。
志ん生が、髪の毛を毟り取るようなことを、小満んはしなかったと記事で書いたのだが、志ん生がそんな演出をしていたことをご存知なかった、というコメントだった。
少し、自分の記憶への疑問へのあり、あらためて志ん生の音源を聴き直したり、本を再読した。
聴き直した音源は、こちら。

Amazon「五代目古今亭志ん生 らくだ 二階ぞめき」
日本伝統文化振興財団(日本ビクター)から発売された、倒れた後の音源だが、私はこの高座のなんとも言えない味わい、好きだ。
しっかり(?)、らくだの髪の毛を毟っている。
ちなみに、Amazonには、こんなレビューも書いていた。
『らくだ』はサゲまで通しの長講。昭和40年の収録だから倒れてから4年後。
『二階ぞめき』は昭和39年の収録で、こちらも病後である。
志ん生の数あるCDを選ぶ際に昭和36年以前の作品を選ぶことは落語ファンの常識かもしれない。
しかし、昭和38年の東横落語会での『疝気の虫』のように、復帰後の何とも言えない味わいを好む人もいる。もちろん残された膨大な作品の中には、最盛期ですら必ずしも傑作ばかりとはいえないので、病後の作品を選ぶのは一層リスクが大きいのだが、この二作品は“当たり”だと思う。
元気な頃の同じ演題と聞き比べるのも一興だろう。
私の持っている病気前の音源も良いのだが、短縮版なので、らくだを坊主にする場面は、ない。
活字でも確認したが、その本は『志ん生 長屋ばなし』(立風書房)。

この本は、その後、同じ立風書房の「志ん生文庫」版にもなり、ちくま文庫でも再刊されている。
志ん生は、音源によっての違いもあるのだが、この本で小島貞二さんがラジオの音源を書き取った内容においては、屑屋久蔵の科白と行動、次のようになっている。
「な、こんなやつァ、どうせ、おめえ・・・・・・極楽に行ける野郎じゃないけどもよォ、な、ウン・・・・・・。おう、だからよォ、おめえ、そこいら少ぅし片づけろよ、おれ、坊主にしてやるから・・・・・・。え?なァに大丈夫だよ、こんなもの坊主にするくれえ・・・・・・エ、朝めし前よ、ウン・・・・・・。この野郎、ずいぶん毛がのびてやがる、えェ、こンちくしょうァ・・・・・・。
おれがやるから、いいってことよ。・・・・・・どうでえ、うめえもんだろう。ウ、ウン、アハハハ。
ガ、ガーッ、プッ、プーッ・・・・・・。(と、髪の毛を指に巻きつけてむしりとる。酒を口に含んで、プーッと霧にして、その頭に吹きつけ、またむしる。指先にからまった髪の毛を突ン出して)
おう、これ・・・・・・やろう・・・・・・!」
この本(初版の単行本)の冒頭に、志ん生自身の話(小島貞二さん聞き書き)で、こう記されている。ちなみにこの文章は、『志ん生芸談』(河出文庫)にも収録されている。
『らくだ』てえはなしの中で、はじめは気の弱い屑屋が、酒が入ると、だんだん気が強くなって、酒乱の本領をあらわし、らくだの兄貴分てえすごい野郎を、あべこべにおどかすでしょう。酒のみてえなァ、ああいうもんで、酔った勢いで、自分の立場なんざァ、忘れてしまって、天下ァ取ったような気になる。「べらぼうめ、矢でも鉄砲でも、持って来やがれッ」てえ、アレですよ。
屑屋がらくだの頭の毛を、むしり取るでしょう。アレで特殊部落の人間だてえことがわかって、らくだの兄貴分がびっくりする。『らくだ』てえはなしは、なくなった可楽も売りものにしていたが、あの人もあたしの『らくだ』なんですよ。ただ、あの人ァ、頭の毛を剃刀でそぐようにした。その辺のところが研究なんですナ。
志ん生は可楽が剃刀にしたことを“研究”と評したが、たしかに、あの場面、髪の毛を毟り取るという演出にすると、どぎつくなる。
しかし、髪の毛毟りの場面があることにより、上方と東京とで、それぞれに兄貴分に与える効果があるということも考える必要がある。そして、その心理的な効果は、微妙に異なっている。
四代目桂文吾が創った上方の『駱駝の葬礼(そうれん)』は、兄貴分の熊が隠亡と知り合いという設定。
だから、らくだも兄貴分の熊も、そして隠亡もお仲間。
剃れない剃刀を熊が借りてきたので久さんが髪の毛を毟り取ることで、熊は、きっと屑屋に親近感を抱いたはずだ。仲間意識、とでも言うべきものを感じたはず。
対して東京版では、髪の毛毟りに加え久さんが火葬場の隠亡と知り合いであると告げることによって、兄貴分は、屑屋にある種の恐怖感を抱いたはず。上方版とは逆で、屑屋との距離感ができたと思う。
東京の落語の過半数以上は、元ネタが上方にある。
そして、三代目小さんや他の噺家さんにより、演じる場所に会わせ、また自分なりの解釈で脚色されて、今日に至っている。
この『らくだ』という噺も、上方と東京では設定と演出の微妙な相違があること、そして、その違いが登場人物の心理的な位置関係を変えていることを思うと、落語というものの奥の深さをあらためて感じる。
もちろん、小満んのように、あの場面を剃刀でさっと短く演じるのも、軽妙洒脱、品格を持ち味とする噺家さんらしく、良かった。
そう、その噺家の持ち味、あるいは“らしさ”ってぇのは、大事だなぁ。
そう思うと、志ん生だから、髪の毛を毟り取ってもいいのだろう。
加えて、その演出の底流に流れているものを、志ん生はしっかり把握している。
ぞろっぺいな面が強調されるが、実はその高座の背景には、噺の本質を捉えているからこその、志ん生なりの繊細な感性があるのだと私は思う。
