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こんなこと学校じゃ教えない(2)ー矢野誠一著『人生読本 落語版』より。

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矢野誠一著『人生読本 落語版』(岩波新書)

 矢野誠一さんの『人生読本 落語版』(岩波新書)から二回目。

 本書は大きく次の四つの章がある。
 1.命あっての
 2.渡る世間に
 3.金は天下の
 4.遊びをせんとや

 各章に、七つから八つの話がある。
 その話に登場する落語のネタは、巻末の索引によると、約八十。

 では、「第一章 命あっての」の中から、「墓碑銘」の内容をご紹介。

 乱雑をきわめた仕事机の片隅に、窮屈そうにファクシミリ兼用の電話器が置かれている。それでなくても機械音痴のアナログ人間といたしましては、ずいぶんと長いあいだダイヤル式の電話器を愛用していたのだが、必要にせまられてファクシミリを購入したのを機に、居間にあった電話器を仕事机に移したわけだが、おかげで仕事中に電話が鳴ってもいちいち机から離れる手間がなくなった。
 その仕事中にかかってくる電話だが、ご多分にもれず勧誘、宣伝、セールスに関するものがすこぶる多い。やれ資産運用だの、不動産だのと、縁なき衆生にいくら甘い言葉をささやいても、効果のないことがわかっていそうなものなのに、どこの名簿で調べたか、ちゃんとこちらのフルネームなど呼称して電話の相手をたしかめるあたり、ご苦労さまなことである。

 いまや、携帯あるいはスマホの時代だが、本書の書かれた2008年頃を考えると、たしかに、宅内の電話に時たまかかるのは、セールス関連がなんと多かったことか。
 そのセールスの中でも、私の経験でも、マンションの次に多かったのが、矢野さんが次に書いている、ある商品(?)についてであった。
 
 そんな電話のなかで、近頃めっきり増えてきたのが墓の勧誘である。先様の商売とあって、当方が相応の年齢になっていることまで、先刻調査済みなのである。せっかく調査してくださったお墓の業者には申し訳ないが、自分の墓と言い切るほどのものではないにしろ、一応私と私の配偶者には死んでから入れる場所がある。
 入会している日本文藝家協会の「文学者之墓」というのが富士霊園にあって、そこに江國滋といっしょに生前手続きをすまでたのが1991年のことだった。「文学者之墓」というのは、日本文藝家協会員のお墓のアパートみたいなもので、埋葬者名と代表作、死亡年月日と年齢が刻字されるのもで、江國滋とならんでわが名が赤字で刻まれている。隣人ともいうべき江國滋は97年8月に世を去って、赤い碑銘が黒になった。

 落語評論で私が敬愛する江國滋さんと矢野誠一さんのお墓が、隣同士なんだぁ。

 さて、この後に落語『お見立て』のあらすじが簡潔に紹介された後をご紹介。

 喜助が杢兵衛に「お見立て」を願った墓碑には、もっぱら戒名だの俗名だのが刻られていて、最近ではこの国の墓地でもしばしば目にするようになった墓碑銘の記されたものはない。
 その墓碑銘だが、ハンフリー・ボガートの墓石には、「おれに用があるときは口笛を吹いてくれ」と記されているそうだ。いかにもハードボイルド・タッチの映画でならした彼らしく、他人が選んだにせよ、生前自分できめていたにせよ、こんなにふさわしい墓碑銘はないと、そう思った。
 ところがこれが嘘なのである。嘘というのは、都筑道夫に「寄席番組の変った楽しみ方に関するささやかな報告」というエッセイがあって、このなかで、伝えられているような墓碑銘がボギーの墓には記されていないことを、実際に墓地まで足をはこぶことなく、日本で手にいれたさまざまな資料にあたって考証するのだ。
 都築道夫の調査によると、なんでもボガートの愛西ローレン・バコールが、ボギーからプレゼントされた純金製の呼子笛を、涙ながらに骨壷におさめたはなしが誤り伝えられたものだという。呼子笛には「なにか用があったら、これを吹くだけでいいのよ」の文字が刻まれていたというのだが、それがくだんの墓碑銘にすりかえられたのがことの次第だそうだ。
 嘘ではあっても、この「おれに用があるときは口笛を吹いてくれ」という墓碑銘は、いかにもハンフリー・ボガートにふさわしく、この役者の風姿をしっかりとらえて離さない。

 たしかに、ボギーにふさわしく、まんまと騙されるネタである。

 ローレン・バコールのデビュー作『脱出』(1945)で、ボギーとバコールは初共演しているが、この映画では、バコールがボギーに口笛の吹き方を教えるという場面のことが有名らしい。

 墓碑銘の風説は、そういう背景も含めて、広まったのかもしれない。

 それにしても、今のようにネットでいろいろ調べることの出来ない時代に、都筑道夫は、現地へ行かず、どうやって風評の誤りについて調べることができたのか。
 そのエッセイを、ぜひ読みたくなったなぁ。

 ちなみに、都筑道夫については、昨年7月に、『志ん生長屋ばなし』(立風書房)の解説から、兄の鶯春亭梅橋のことも含めて紹介した。
2018年7月11日のブログ

 
 
 さて、このあと矢野さんは、日本文藝家協会の墓に刻字できる代表作の名を明らかにしている。

 どの作品かは、実際にこの本でお確かめのほどを。


 この話からは、まことしやかな話も、実は自然と出来上がった風評や、巧妙な嘘の場合がある、ということがボギーの墓碑銘のことで学べる。

 そして、二人とも大好きな落語評論家でもあり名エッセイストでもある矢野さんと江國さんのお墓が、隣同士であるということを知ったことも収穫だった。


 私を富士霊園に行く気にさせないよう、矢野さんのお墓の名が赤いままで長く続くことを祈っている。
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by kogotokoubei | 2019-02-22 12:36 | 落語の本 | Trackback | Comments(0)

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