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大田直次郎と蜀山人(5)ー平岩弓枝著『橋の上の霜』より。

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平岩弓枝著『橋の上の霜』

 春風亭栄枝の本を挟んで、この本から五回目。

 前回は、直次郎、狂歌名四方赤良が、吉原は松葉屋の新造、三穂崎を身請けしようとしていた、ところまでだった。

 この後、直次郎は妻の理世から、高木市太郎の家に、三穂崎と同衾していて亡くなった隠居の幽霊が出るという噂があることを聞く。

 高木市太郎が三穂崎を身請けし、尼にして隠居を弔おうとしているのは、そういうこともあってのことか、と直次郎の気が重くなるのだった。
 

 ある五月雨の日、内藤新宿の平秩東作の家で月末の狂歌会があるので、直次郎は出かけた。
 そこには、あの唐衣橘洲が来ていた。
 隠居を弔うために、三穂崎を身請けし尼にしようとしている旗本高木市太郎の肩を持つ橘洲は、最近の高木家の幽霊ばなしのことを話題にするのだった。

「神楽坂のさる旗本の隠居が、吉原の振袖新造に入れあげて、そいつの腹の上で極楽往生を遂げたそうな」
 菅江と木網が制したが、橘洲はかまわず続けて。
「女に未練が残って、隠居はどうにも行くべきところにたどりつけぬ、幽霊になってまで三保の松、三保の松とわめき散らし、あげくの果は、その女の情夫にたたろうという勢いなそうな」
「およしなされませ、橘洲先生」
 ぴしっと遮ったのは元木網で、
「お若い先生をおからかいなさるのも、よい加減になさいませ。四方先生には奥様もお子もおありのこと、なんで、そのような女子とかかわりをお持ちなさいますものか」
 橘洲が高笑いをした。
「そうともよ、四方どののお内儀は良妻賢母、それに四方どのに優るとも劣らぬ策士じゃでな」
 腹の虫を押さえていた直次郎が、橘洲の言葉に眉を上げた。
「我が家の女房が策士とな」
「はてさて、まことに騙されたか」
 いよいよ面白そうな橘洲が、
「幽霊ばなしを信じたのか」
 がんと横面をひっぱたかれたような気がした。
「戯作者は高木どのの妹、七江どのじゃ。それに、貴公のお内儀が一役、買って、女と貴公が手を切るようにもちかけた。流石、四方どののお内儀、近頃、評判の山東京伝よりも役者が上じゃよ」
 雨の中を直次郎はとび出した。

 ずぶぬれになって帰宅した直次郎は、妻を殴った。

 父の吉左衛門が息子を奥へやって、母が着がえの世話を焼いているところへ、駕籠で浜辺黒人がかけつけて来た。
 直次郎は会わなかったが、吉左衛門に今日の顛末を語って戻って行ったらしい。
 やがて、直次郎の書斎へ吉左衛門が利世と里世を伴って入って来た。
「浜辺黒人どのから話はきいた。実は、わたしも知っていたのだ」
 思いがけない父の言葉に、直次郎は再び、かっとなった。
「こんなことになるのではないかと、女どもをとめたのだが、それ以外に、そなたを三穂崎という女から遠ざける法はあるまいといわれてな。止むなく、知らぬふりをして居ったのだ」
 直次郎が打ちのめされたのは、妻も両親も三穂崎の名を知っていたことである。

 直次郎の心中、いかばかりか。
 
 おろおろと母が泣いた。
「今度のことは、高木様からきいて来たのは里世さんだが、そうするように勧めたのは、この私なのですよ。母がこうしてあやまります。許してたもれ」
 父の吉左衛門も息子をなだめた。
「女子の無分別とは思うが、里世の気持ちも察してやれ、女子は夫だけが頼りなのだ。お前に女が出来たと知って、どのように苦しんだか・・・・・・」
 なにをいわれても、直次郎の怒りは鎮まらなかった。
「ともかくも、手前は三穂崎を身請けいたします。こうなっては、あとにはひけません」

 直次郎の揺れる思いに、この幽霊騒動が背中を押した、ということか。
 
 翌朝、直次郎は松葉屋を訪ねた。
 そこには、偶然にも高木市太郎の妹、この度の幽霊騒動の仕掛け人と言える七江も来ていた。三穂崎の妊娠の噂を聞きつけて確認に来たのだった。
 追って、大文字屋の主人、加保茶元成や蔦屋重三郎も集る。
 
 七江に直次郎は、三穂崎の子は必ずしも直次郎の子とは言えないが、それでも身請けするかと聞かれた。直次郎、「幽霊ばなしに騙されて、惚れた女を断念したとあっては、手前の男が立ちません。この上は刀にかけても三穂崎は手前の手活けの花とします」と、七江に向かって言い放つ。
 七江も高木家で身請けすることを、諦めざるを得なかった。

 身請けの金大半は、作品の前金ということで蔦屋重三郎が出してくれることになった。
 三穂崎は、引き続き加保茶元成の別荘、逍遥亭に留まることとなり、直次郎は、三穂崎を身請けすることができた。

 しかし、この身請けが、先々直次郎の身に大きな不幸を呼び込むことになる。

 直次郎は、三穂崎のいる逍遥亭に入り浸りとなり、自宅にはほとんど帰らなくなった。
 妻の里世は、精神状態に狂いが生じ、とうとう、近くの神社の楠の大木に丑の刻まいりをすると願いが叶うという噂を聞き、毎夜、藁人形に釘を打ち付けるという行動に出た。
 平秩東作がその姿を確認し直次郎に告げる。
 直次郎が深夜その里世の姿を認め、家に連れ帰り、深く里世に謝り、ようやく自宅に戻るのだった。

 しかし、そうなると、三穂崎が、直次郎を憎むのも必然。
 その心労もあったのだろう、三穂崎は流産。

 直次郎の弟、金次郎の進言もあり、家を増築し、三穂崎を引越しさせた。

 妻妾同居は、当時はそれほど珍しいこととは言えないが、それは、大店で、妻もよく知る女中などが妾となって同居し、仕事も助け合うなどの場合はともかく、貧乏侍の家に吉原の元新造が同居するのであるから、決して平穏な同居とは言えない。

 自業自得とは言え、直次郎は不安を抱えながらの生活を送ることになる。

 そして、世は将軍家治から家斉の時代に。
 田沼意次は失脚し、倹約と文武が奨励される、住みにくい時代が到来した。

 そんな時、ある落首が、江戸のみならず、上方にまで流行った。

  世の中にかほど(蚊ほど)うるさきものはなし
        ぶんぶぶんぶというて身を責めるなり

  まがりても杓子は物をすくうなり
        すぐなようでも潰すすりこぎ

  孫の手のかゆい所へとどきすぎ
        足のうらまでかきさがすなり

 中でも、最初の落首は、女こどもも口にするほどになった。

 そして、この落首が、直次郎、四方赤良の作という噂が広まったのだった。

 狂歌と落首はまったく違うものとして、落首は作ったことのない直次郎。
 訊ねられる都度、否定はするが、噂とは怖ろしいもの。

 ついに、上司から呼び出しがあった。

 さあ、その後、直次郎はどうなったのか・・・・・・。

 それは、ぜひ、本書を読んでご確認のほどを。
 

 大田直次郎、号は南畝、狂歌名の四方赤良、後の蜀山人。

 後世に残る数々の狂歌や戯作で有名なこの人物、決して順風満帆な人生を歩んだとは言えない。

 話半ばながら、このシリーズこれにて、お開き。


 さて、本日は日曜だが、恒例のテニスは都合の悪い人が多いため人数が揃わず休みとなった。
 そうなれば、落語だ。

 末広亭の昼夜居続けに、これから出向く予定。

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by kogotokoubei | 2018-11-25 09:36 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Trackback | Comments(0)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛