「小さな《川島雄三伝》」(3)-殿山泰司著『三文役者の無責任放言録』より。
2018年 10月 19日

殿山泰司さんの『三文役者の無責任放言録』から、最終の三回目。
殿山さんと川島雄三との密接な関係を示す部分から引用。
なお、この文章は、以前にも紹介したように、『漫画読本』に連載されたもので、1963年7月の内容。6月11日に川島が亡くなって間もない時期の文章。
-10年前の3年間ほど、毎年正月元旦から3日間、川島旦那はオレの家に居た。何処の酒場も開いてないからである。4日目になるとコツ然と姿を消して行方不明になった。東京無宿になるためである。オレが今でも時々東京無宿となるのは旦那の大きなエイキョウである。アリガトウでした。川島旦那が酔い痴(し)れて寝てしまうと、オレの側近のオンナは旦那を抱えてフトンへ運ぶのであった。《川島先生て意外と軽いのね》、オレはオンナの頬をピシッと叩いた。側近のオンナが言うべきことでない言葉を言ったからである。オレは聞きたくない言葉を聞いたからである。ああどうしてこう泣けるのだ。男は泣き虫じゃ。本当を言えばオレは追憶をケイベツする。しかし出てくる涙を誰が止められるのだ。
川島雄三は殿山さんを含む多くの俳優に愛され、慕われた。
だから、次のような会が開催されていた。
川島旦那と周囲の人間たちによって、毎年1回パーティが持たれていた。オレたちはそれを《白山例の会》と言った。白山の某所に於て催されるからである。勿論川島雄三旦那が総裁である。このパーティではマジメな会話をするなんて愚かしい奴は1人も居ない。キタナラシイと思われるアソビをキタナラシク遊ぶパーティである。世界的にも最低である。最低こそ尊敬されるべきである。しかしオレの側近のオンナは《スケベエ会》であると看破した。誰かが密告しやがったかな。
“キタナラシイと思われるアソビをキタナラシク遊ぶ”なんてぇパーティ、どんなものは覗いて見たくなる。
その《白山例の会》で、殿山さんにとって晴れがましい催しがあった。
オレが1962年度の主演男優賞なるものを2つばかり頂いたので、今年度のこのパーティの席上に於て、川島総裁に手から賞状を授与された。今にして思えばこの日が川島旦那との最後の日であったのだ。
この1962年の主演男優賞とは、毎日映画コンクールの賞で、映画『人間』の演技が高く評価されてものだった。
さて、川島総裁は、どのような言葉で殿山を祝してくれたのか。
オレは悲しい。賞状を左に掲げる。
賞 状
新ばし浮人 殿山泰司
右ノ者 浮人ノ身ヲ以て 映画界
演劇界 TV界 トリコ界 オカマ界
等々挺身シ 竿一本をヲ頼リニ 能ク
主演賞ヲ奪取セリ 依ツテ
玉杯一 玉一 ヲ相添エ ココニ
コレヲ賞ス
昭和三十八年三月十七日
白山例の会
この賞状を読む時の川島旦那の顔は、荘重そのものであった。オレも小学生の如く荘重な顔をした。他の人間はゲレゲラと笑ってやがった。不謹慎な。
賞状の文面、名文と言えるだろう。
続きを引用。
家へ帰って頂いた小箱を明けてみたら、玉杯1しか出てこない。玉1なるものは何処にも無い。箱の底についてた説明書を読んで見たら、この盃に酒を満たすと玉1が浮んで見えると書いてある。慌てて酒を入れてみたら成程玉らしきものが浮んで見える。今度は水を入れるてみたらやっぱり玉が浮んで見える。ああこのオモチャの如き盃も、今では我が家の家宝となってしまったのだ。
敬愛する川島旦那よ。静かに眠って下さい。天国にも美酒や美女が沢山タクサンある筈です。広島も炎天下で汗の如く涙が出る。オレもボールペンをポケットにしまおう。再びサヨナラ。川島旦那よ。
私もオニイサント一緒ニ川島旦那ノゴメンナサイ川島賛成ノ御冥福ヲ祈リタイト思イマス。有難う、ありがとう。小さな悪魔め。
なんとも独特な文体ではなるが、殿山さんの川島雄三を思う心は、十分に伝わってくる。
川島雄三没後二十六年、平成元(1989)年に、殿山さんも天国に旅立った。
今頃は、美酒や美女で溢れる天国で、川島旦那と殿山さん、そして小沢昭一さんに加藤武さんなどが、キタナラシイと思われるアソビをキタナラシク遊んでいるに違いない。
このシリーズ、これにてお開き。
殿山さんは、本書の後にも何冊かエッセイを残してくれている。
ぜひ、読んでみたいと思う。
