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『万引き家族』を、読むー是枝裕和著『万引き家族』より(1)


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是枝裕和著『万引き家族』

 映画『万引き家族』は久しぶりに映画館で観た日本映画だった。
 なおかつ、実に素晴らしい映画だった。

 映画のことは、記事に書いた。
2018年6月25日のブログ
 その記事の最後に、樹木希林、そして安藤サクラの演技を観るだけでも価値がある、と書いた。

 その樹木希林さんが亡くなり、あの映画のことを思い出していた。先日、書店で是枝監督の小説を目にして、つい購入。

 雨でテニスが休み。
 途中まで読んでいた残りを、映像を思い浮かべながら、じっくり楽しく読むことができた。

 また、舞台設定や登場人物の関係について、映像では詳しい説明が割愛されていた部分を埋めることができた。

 そして、音声にならなかった二人の人物の“つぶやき”の謎も明らかになった。

 まだ、上映中の映画館がある。
 ネタバレ注意なので、映画を観るまで知らずにいたい方は、ご留意のほどを。

 小説は、スーパーでの治と祥太の万引きから始まる。

 その“仕事”が首尾よく済んだ後の帰り道で、ある出会いがある。
 そして、その寄り道の後、あの家について書かれた部分から。

 映画では、なんとも言えない古さ、汚さが印象的だったが、あの家には次のような背景があった。

 祥太の暮らしている家は三方を高層マンションに囲まれた平屋の一軒家だった。裏通りにある「ホビー」という小さなスナックの隣に古い2階建てのアパートがある。もともとあった2階の平屋のうち、当時の大家が通りに面したほうだけを建て替えた。そのアパートの奥に隠れるように平屋のまま残されたのが翔太たちの家だ。何人も不動産屋が足を運んだが、この家に50年住んでいる家主の初枝は、決して首をたてに振らなかった。周囲の家がバブル期にすべて高層マンションに変わったあとも、この平屋だけは、くぼんだへそのように残り、立ち退くことも、建て替えることもないままに、やがて人々の意識からも消えてしまったのだ。

 映像でもある程度は察することはできたが、小説を読んで、納得。

 この後の文章も引用しよう。

「じいさん殺して床下に埋めているからじゃねえか」
 治はその話題になると、いつもそんな軽口を叩いた。

 映画を観た人は、この治の軽口が暗示的であること、お分かりだろう。
 
 “くぼんだへそのように“残った家に、スーパーで一仕事を終えて帰ってきた治と翔太が、途中の団地の外に一人寂しくしていた女の子を連れてきた。

 映画での不思議な家族の晩餐の姿を思い出す。

 樹木希林さんが演じた初枝の姿が、次のように描かれている。
「5つにしちゃ、きゃしゃだね」
 初枝はツメを切る手を少し休めて誰にともなく言った。初枝はほとんど白髪になった髪を長く伸ばして、頭の後ろでひとつに束ねていた。80歳近いわりには頭も身体もしっかりしていたが、いつも入れ歯をはずしていたので、笑うと黒ずんだ歯ぐきが見えて魔女のようだった。
 何も家族が晩ごはんを食べている脇でツメを切らなくてもよいものだが、初枝には普段からそんなふうに傍若無人なところがあった。というよりはむしろ、人が嫌がることをわざとしてみせて、周囲の反応を楽しむような底意地の悪い性格と言ったほうが正しいかもしれない。

 なるほど、そういう性格だったね。
 
 初枝のこの後の行動、発言。

 初枝は切ったツメを乗せた新聞紙を両手で持って立ち上がると、治のほうへわざとよろけてみせる。
 汚ねえなあ、と治は大きな声を出して、大げさに反対方向に避けた。
 初枝は新聞紙を広げたまま玄関に行き、乱雑に靴の並んでいる土間に勢いよくツメを放り、パタパタと新聞紙をはたいた。
「おばあちゃん、そこに捨てないでって言ってるじゃない」
 信代がそう声を掛けたが、間に合わなかった。
「よっこいしょ」
 初枝は悪びれることもなく、玄関から戻り新聞を部屋の隅に放ると、ゆりの傍らに座った。
「年寄りの年金当てにするなんて、本当に兄さんは甲斐性が無いね」
 稼ぎが極端に少ないことを突かれ、治は「うるせえババア」と本人には聞こえないくらいの小さな声で悪態をつくのが精一杯だった。
 初枝は治のことを「兄さん」と呼んだ。信代のことは「姉さん」と呼んでいた。翔太のことは「兄ちゃん」とか「坊主」とか「チビ」と呼んだが、「チビ」と呼ばれた時だけ、翔太は「チビじゃないよ」と言い返す。

 この物語のキーワードの一つ、“年金”が登場。

 さて、つい連れて来てしまった、ゆりと名乗る女の子を、信代に急かされ、治は信代と二人で返しに行く。その団地の部屋の近くに来たのだが。

 その時、ふたりが向かっていく先でガラスの割れる音が短く響いた。
「てめーがちゃんと見てねーからだろうが」
「そこで遊んでたんだって、さっきまで」
「男、引っ張り込んでたんじゃねーのか」
 ふたりは思わず立ち止まった。
 男女の罵り合う声は、たしかにゆりがさっきまで座っていた扉の奥から聞こえてきていた。
「ちょっと見てくるわ」
 治は背負っていたゆりを信代に渡し、足音を立てないようにしながら家の前まで近づいた。
「あのガキだって、誰の子かわかったもんじゃねーしな」
 男が女を殴る音が鈍く響いた。
「ちょっとやめてよ痛いっ」
 信代は思いがけずゆりを抱きかかえた。きゃしゃな身体つきなのは、服の上からでもわかる。それでも信代が感じていた重さは、実際のゆりの体重よりはるかに重かった。
「私だって産みたくて産んだんじゃないわよ」
 女がそう言ったのを耳にして、信代は足に根が生えたようにそこから動けなくなった。何度その言葉を聞いただろう。信代の母は酒を飲むたびに幼い信代に当たり散らし、そう言ったのだ。
「今ならバレなそうだ」
 治は、夫婦ゲンカの原因が自分の軽率な「誘拐」であることなど、みじんも感じていない。こっちにとっては好都合だと戻ってきて、ゆりを信代の手から受け取ろうとした。それを拒むように信代はその場にしゃがみ込んだ。
 女の泣きわめく声を遠くに聞きながら、信代は心の中で叫んだ。
「お前なんかにこの子を返してやるもんか」
 治に奪われまいとして、ゆりを抱きしめる手に力を込めたが、それは目の前の子への愛しさではなく、過去から湧き上がってきた憎しみが生んだ力だった。

 映画では、信代の母のことは、語られていない(はず)。

 しかし、それを想像することは、映像から可能だった。

 この小説は、あの擬似家族の謎の説明が省かれていた映画の内容を、補足してくれる。

映画が、あの家族の関係や、一人一人のプロフィールについて、説明を極力排していたのは、悪いことではなかった。映像化された部分だけで、十分だった。

 しかし、監督は、サービス精神が旺盛なのだろう。小説の形で、映画を二度楽しませてくれている。

 だから、映画を観てから読むべき小説、と言えるだろう。

 さて、次回は、映画での別な謎について。
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by kogotokoubei | 2018-09-30 19:18 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛