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川島雄三という人ー藤本義一著『生きいそぎの記』より(4)

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『鬼の詩/生きいそぎの記-藤本義一傑作選-』


 このシリーズ、四回目。

 宝塚の宿で、川島雄三と、弟子の藤本義一は、シナリオづくりに取りかかる。

「さあ、今日からシナリオの構成に入ろう」
 と宣言があってから、二人がとりかかったのは、所謂、脚本構成の第一段階である筋書きではなく、登場人物の性格設定でもなく、一軒の家の設計であった。おれは、それまで二、三の監督についてシナリオのイロハを習っていたので、一軒の家の設計図に十日を要すとは思っても見なかった。その家も、はじめの構想では大阪近郊の安普請のアパートだったのが、次第に趣を変えて、零落したお邸に奇妙な人種、妾、インポテンツの男、発明家、天文学者、予備校生、フラッパーな女子大生、ホステス、仲居、闇医者を住まわせることになった。正午から夕方まで、新聞紙を展げた大きさの全紙に、二人はああでもない、こうでもないと定規、分度器を使って線を引いた。
「この部屋には、腰から尻の線の不潔な女を一人住いさす。抜き襟で、後から見ると溜息の出るような猥褻な女がいいのです」
「師匠、炊事場、便所は共同にしますか」
「勿論です。あ、湯殿がない。風呂場、風呂場だ。共同風呂だ。その玄関の横に設計してください」
 このへんのやりとりだけを読むと、なかなか楽しそうに思える。

 しかし、その後、藤本義一にとって楽しいばかりとは言えない日々もあったようだ。

 二週間を経て、ようやくお邸の設計図が出来あがった。監督は手首から指先が反りかえる奇妙な手付で絵筆を握り、踏石のひとつひとつに淡いブルーの絵具を塗り、楽しそうであった。不図(ふと)、設計図の中の離屋を見ると、戸口に無数の格子縞模様が描かれていて、これはなんですか、昨夜の段階までなかったですがめと訊ねると、おれは座敷牢だといった。
「座敷牢・・・・・・誰が住むんですか」
「空部屋でげす。どういうわけか、ここに座敷牢があるのでげすな。その昔、誰かがこの中で阿鼻叫喚というわけでげす。ここに天体望遠鏡を持ち込んで、天文学者が住み込むのも一興でげすな」
 そんなことを喋る場合は、長い睫をひくひく動かせて、伏目がちになり、自らの脆い魂の一面をのぞかせた。茶色の細い絵筆が格子を丹念に塗りあげていくのを見ていると、もうその座敷牢の内側の雰囲気が、おれに伝わってくるようであった。風の死んだ空(か)らし蒸しの部屋の様子が陰気な翳りを見せて忍び込んできた。
「妾が旦那の来ぬ間に、ここに予備校生を連れ込んで情交ということも考えられるのでげす。尻に葦の花茣蓙(はなござ)を敷いて、予備校生の童貞を、あれエとかなんとかいいながら奪うのも一興でげすな。終った後の女の尻に花茣蓙模様がくっきり刻まれて、炎天下名もなき虫の死骸かな、うつ、ふっ、ふぁ、・・・・・・」
 時に、女に対して限りない憎しみを抱くような言葉を吐いた。酒が入ると淫猥な言葉が飛び出し、アノ小サナ臭イ穴ヲモッタ動物といった表現を呟きながら、酒をたてつづけに呷るのである。そういう時は、下手に割り込んではならない。いいたい放題、捨てておけば、言葉はいつしか飽和点に達して消えてしまった。

 この座敷牢が、映画の中でどのように描かれたのか、記憶にない。
 
 もしかしたら、最終段階で設計図から除外されたかな。

 川島雄三の女性への思いは、彼の半生でのどんなことが影響しているのだろうか。

 その謎は、本書を読めば明らかになるのか・・・・・・。

 設計図の目処がつき、シナリオづくりは次のステップに進む。

 設計図が丹念に彩色されて数日後には、それまでは、ばらばらであった登場人物の性格が次第に明確になってきた。慌て者、早合点、お調子者、淋しがり屋、金の亡者、信仰気狂い狐憑き、性的健忘症、謀反人、等々、いずれもが監督の分身であった。すでに監督の中に原作は埋められ、別の分身が続々と登場を開始し、原稿用紙の上には、奇怪な老若男女が跋扈跳梁の時を待っていた。性格の設定に詰ると、今度は二人は植木屋に変じて、またも設計図を展げ、このあたりに篠竹を数本植えよう、いやいや、葉鶏頭の燃えるようなのがよろしい、彼岸花はどうだろう、紅玉散りばめた柿の木、いや満開の桜の老樹と、四季の約束など忘れはてて、邸の庭を飾りたてた。
 設計図-人物設定-設計図・・・・・・と行き来して、二人の共同作業は続いたわけだ。

 ここからは、題材となっている映画のこと。

 昭和34(1959)年6月公開の映画「貸間あり」は、ずいぶん前にCSで観た。
 内容は、相当忘れている。

 確認のために、Allcinemeのサイトから、まず解説を引用。
Allcinemaの該当ページ

井伏鱒二の同名小説を原作に、「洲崎パラダイス 赤信号」「幕末太陽傳」の川島雄三監督が大阪の風変わりなアパート屋敷に住むバイタリティにあふれた個性豊かな住人たちの悲喜劇を描いた群像ドラマ。アパートの2階に住む与田五郎は4ヵ国語に堪能で、小説、論文、翻訳などの代作を中心によろず引き受け業を営んでいた。そこへ、学生の江藤が受験の身代わりを申し込んできた。ついでに、1つ空いているアパートの空き室を借りようとするが、そこは一足先に陶芸一筋の三十娘、ユミ子が借りることに……。
 川島監督と共に脚本を担当した藤本義一自ら“重喜劇”と称した本作は、繰り出されるギャグの数々はあまり笑いに結びつかないが、監督の座右の銘ともいうべき“花に嵐の喩えもあるさ、サヨナラだけが人生さ”が劇中でも使用されているように、残り短い命を悟った監督の死生観とでもいうべきものが通底していて、深く鋭い人間洞察に溢れた作品に仕上がっている。監督の分身ともいえるフランキー堺演じる五郎が、愛する女性に追われながら、なぜかどこまでも逃げ続ける姿が、まるで将来というのを確実なものとして受け入れることのできない男の覚悟と見えなんとも痛ましい。

 「監督の死生観とでもいうべきものが通底」とは、言い得て妙。

 五郎役は、あのフランキー堺。
 他の人を含め、Allcinemaからキャスティングもご紹介。

フランキー堺 与田五郎
淡島千景 津山ユミ子
乙羽信子 村上お千代
浪花千栄子 おミノ
清川虹子 島ヤスヨ
桂小金治 洋さん(谷洋吉)
山茶花究 熊田寛造
藤木悠 ハラ作(西原作一)
小沢昭一 江藤ミノル
加藤春哉 高山彦一郎
益田キートン 野々宮真一
沢村いき雄 御隠居
加藤武 小松
市原悦子 高山教子
西岡慶子 お澄
西川ヒノデ 岸山
渡辺篤 宝珍堂
長谷川みのる 刑事
津川アケミ 登勢
中林真智子 女店員
頭師満 宏
宮谷春夫 四方山
青山正夫 菩提寺
守住清 地廻り
楠栄二 記者


 凄いでしょ、この顔ぶれ。
 
 二年前の『幕末太陽傳』を最後に日活を離れ、東宝系の東京映画での作品だが、太陽傳の出演者も多い。

 小沢昭一さん、加藤武さん、などは川島組と言ってよいのだろう。

 川島が落語界から映画界に引っ張り込んだ(?)桂小金治さんも重要な役で登場。
 市原悦子さんは昭和11年生まれだから、この映画に出演した時、23歳。

 
 今回は、このへんでお開き。

 次回の最終回では、藤本が川島の病の謎について、また“見てはいけないもの”を見てしまう場面をご紹介。


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by kogotokoubei | 2018-09-25 19:36 | 今週の一冊、あるいは二冊。 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛