川島雄三という人ー藤本義一著『生きいそぎの記』より(2)
2018年 09月 22日
なんと、昨夜、テレビ朝日の「報道ステーション」に何気なくチャンネルを合わせたら、彼が出演しているではないか・・・・・・。
講談人気の牽引車、という扱いでの出演。
松之丞は、若い人は講談を新鮮な感覚で捉えていて興味を持ってくれていること、できるだけ難しい言葉は使わないようにしていること、もっと多くの先輩講釈師も聴いてもらいたい、などと語っていた。
先日、柳家喬太郎の新作『ハンバーグができるまで』の舞台化のことや、彼があの作品を創作する背景のことなどを書いた。
喬太郎も、多くの若い人たちにとっては、落語は新鮮な芸能として捉えられてる、と語っていたなぁ。
では、映画は、今の若い人にとってどんな娯楽として捉えられているのだろうか、などど少し強引に本編へ。

『鬼の詩/生きいそぎの記-藤本義一傑作選-』
さて、藤本義一著『生きいそぎの記』からの第二弾。
撮影所の掲示板で“股火鉢ノ川島”による人材募集の貼り紙を見た藤本の、その後。
「おもろい募集やな、一遍、行くか」
おれは先輩にいった。
「やめとけ。あかん。行かん方がええ」
先輩は断固として反対した。理由は、川島雄三に従(つ)くと、先ず胃潰瘍になるか肝臓をやられるという。
「ま、一遍、どんな人か会うてくる」
好奇心であった。過去に、川島作品のいくつかを観ていた。ドタバタ喜劇もあれば、変にもの悲しい作品もあり、その差が著しい監督だというのがおれの印象だった。論理を均衡させようとしてドタバタになったり、論理と抒情が微妙な融け合いをみせて文芸作の香気になったり、記憶の断片では冷たい部分と変にあったかい部分が混り合っていた。一貫して感じられるのは、人間の孤独がどの作品にもちりばめられ、画面の底から、人間は本来孤独を内に包んでいるので、どうしても避けることが出来ないぞという呻きのようなものであった。
おれは名前をいい、貼り紙を見たのだといった。
気魄と情熱に溢れた監督の像を想像していたおれには意外だった。貼り紙通り石油鑵に股火鉢の監督は、杉綾織のオーバーの襟を立て、じろりとおれを睨み上げた。異様に赤い唇を突き出すようにして、瞬きもせずにおれの眼を見返した。艶のある髪の束が額に垂れていたが、それが、都会人ふうな投げやりな憂鬱ではなく、むしろ病的な兆候に思えた。伊達のポーズではない。肉体からやってくる姿なのだ。五坪足らずの助監督室が、その時、おれには荒涼とした暗い雪の原のように見えた。その雪原の真ん中に、一人の癲癇の重積発作を凝(じ)っと待っている少年がいる。そんな感じだった。
「助監督、志望ですか」
「いえ、シナリオ・ライター、志望です」
「支那料理屋ねえ、う、ふっ、ふぁ」
おれも調子を合わせて笑おうとしたが笑えなかった。監督の眼は笑っていないのだ。おれは金縛りになった。こんな緊張はついぞなかった。
“病的な兆候”や“肉体からやってくる姿”という表現は、その後に明らかになる川島雄三の病を暗示している。
それにしても、“シナリオ・ライター”--->>>“支那料理屋”は、可笑しい。
この後に、川島雄三の哲学、のような印象的な言葉が続いている。
「人間の思考を、今、仮に百とします。思考を言葉にすると百の十分の一の十です。その言葉を文字にすると、そのまた十分の一です。思考の百分の一が文字です。文字で飯を食っていくには、せめて、思考の百分の二、いや、一・五ぐらいの表現が出来ないことには失格です。わかりますか、君は・・・・・・」
なかなか含蓄ある言葉。
ブログにしたって、考えていることは、なかなか上手く表現できないものだ。
いかに、百分の一を、一・五にまで引き上げるのか・・・・・・。
実に、深~い。
この後、川島雄三による口頭試問があった。
「君、酒、好きですか」
「好きです」
「君、女、好きですか」
「好きです」
「コイコイ、ハチハチ、チンチロリンはどうですか」
「あまり、やりません」
「どうしてですか」
「勝てば当り前だと思い、負けると口惜しいのです」
「う、ふっ、ふぁ。では、今夜から来なさい。但し、シナリオについては、手をとって教えるということはしない。そんなことをして、出来るのなら、誰でも映画を創れます」
ということで、藤本は川島の面接(?)に合格した。
今回は、つい、マクラが長くなったので、このへんでお開き。
次回は、少し時間を進めて、川島雄三という人を、藤本義一の筆を借りてご紹介したい。後、二回、あるいは三回、このシリーズ続ける予定。
