小さな旅ー2018年同期会_長島温泉~伊勢志摩(6)
2018年 09月 18日
10日、伊勢参りの後のことを振り返る。
朝からの雨は次第に激しくなり、写真ではよく分からないのだが、おかげ横丁の招き猫もずぶ濡れ。

雨の様子は、昼食をとった、おかげ横丁入り口のすぐ向かいにある老舗「すし久」前での写真の方が、よく分かる。

おかげ横丁のサイトにある同店のページには、このように案内されている。
「おかげ横丁」HPの該当ページ
おかげ横丁を代表する一番人気の料理屋です。
「てこね寿し」を始め、国産うなぎの「ひつまぶし」などはすし久の名物料理で、伊勢志摩の郷土料理を求めるたくさんのお客様からご支持をいただいております。
すし久では、名物てこね寿しを季節に応じてアレンジしたお料理をお出ししています。
是非お立ち寄りください。
内宮を歩いて腹ごなしのできた六人は、三名が名物の「てこね寿し」のセット、私を含む他三人が「炊き込みご飯」のセット。
こちらが、その写真。


私は、カツオのヅケより、鯵の干物に魅かれたのであった^^
これが、おやじ三人。左からY君、あっし、G君。

カメラを向けられると、どうしてもVサインをしてしまうのが、あっし^^
ちなみに「手こね」は、「手まり」ではない。
お店のお品書きにも、手こねの由来は書かれていたが、上記のサイトに、お店の沿革などと一緒に説明があったので、引用しましょう。
おはらい町通りの中ほどにある、ひときわ大きな古いたたずまいの店が「すし久」です。
この建物は、明治2年の遷宮時に出た宇治橋の古材を一部使用して建てられております。
これは民間において神宮の古材を下賜(かし)された唯一の例で、伊勢の貴重な文化資産でもあります。
すし久の創業は、参宮客で賑う天保年間。
まち筋と五十鈴川が最も近づいた現在の場所に初代森田久造がすし屋をはじめて以来、料理旅館として明治から昭和初期に最も繁栄をきわめ、勅使の宿をも努めてまいりました。
大東亜戦争後は一時休業しておりましたが平成元年に現在の田舎料理店として蘇りました。
窓の外には清流五十鈴川が広がっており、春には桜、秋には紅葉が見られ季節の移ろいを感じていただけます。
このような、旅籠の風情を残した純日本風のたたずまいの中で召し上がっていただく料理は、伊勢志摩の田舎料理です。
その中でも最も人気が高い料理は「てこね寿し」です。
「てこね寿し」とは、昔鰹漁に出たこの地方の漁師さんたちが、釣った鰹の身を、船上で醤油漬けにし、 あらかじめ用意していた酢飯と混ぜあわせました。この時、手で豪快に混ぜて食べたことからこの名が付きました。
すし久では秘伝の醤油に漬けた肉厚の鰹の切り身を、こだわりの地元のブランド米「御絲産コシヒカリ」の酢飯の上に乗せた「てこね寿し」をご用意させていただいており、遠方からも多くのお客様にお越しいただいております。
実は、こんなに由緒あるお店であることは、全然知らなかった。
六人が雨宿りを兼ねて食事をするのに相応しい広いお店だったので入ってみたのだが、当たり、と言えるだろう。
外人のお客さんもいたなぁ。
さすがに伊勢には天保年間創業の老舗があるのだった。
上方落語『東の旅』には、伊勢参りの道中のネタは残っていても、伊勢参りそのもののネタは、長らく演じる噺家さんがいなかった。
しかし、昨今、桂文我が掘り起こし、『間の山お杉お玉~宮巡り』という題で演じているようだが、残念ながらまだ聴いたことがない。
『宮巡り』で語られる伊勢名物に、「すし久」が入っているのかどうか・・・・・・。
すし久での昼食、手こねを食べた人も美味しかったようだし、炊き込みご飯のセットも、なかなか結構。
外は、まだ雨。
その後、おはらい通りで土産物を買ってから、私とG君は近鉄の伊勢市駅に送ってもらった。
G君は、奈良に帰る。私は、名古屋駅に行き新幹線で帰るのであった。
伊勢神宮のサイトからダウンロードできるイラストマップ。

内宮の近くの近鉄駅は、五十鈴川駅。しかし、急行などは本数が少なかろうと、外宮近くの伊勢市に送ってもらったのであった。
結果として正解だったのだが、私はすんなりとは帰れなかったのである。
伊勢市駅でY君の車で帰るメンバーと別れ、G君はすぐに奈良方面行きの特急があり乗車。
まったく勝手が分からない私は、名古屋に行くにはどうしたらいいかを駅員さんに尋ねた。
そして、その駅員さんから、五十鈴川の増水で、五十鈴川駅と宇治山田駅間が運行停止で、名古屋駅行きの何本かが運休になっている、と聞いた。
「(内宮近くの)五十鈴川駅ではなくて、よかった」と内心ほっとした。
私が名古屋に行くには、伊勢中川まで行って、名古屋駅行きに乗り換えるのだそうだ。
どんな路線になっているのか、近鉄のサイトから路線図をダウンロードできるので、関連部分を確認。
近鉄サイトの該当ページ

もう少し拡大して、補足すると、こういうこと。

ということで、名古屋まで直行ではないが伊勢中川行きがあと十分ほど発車するので、気楽にホームで待っていたのである。
ところが・・・・・・なんと、電車が止まった!
五十鈴川の水量が増えて、安全確認のため運行停止となってしまったのだ。
「ぐぁ、ぐぁ、ぐぁ・・・・・・」
外宮もお参りするつもりでいたので名古屋からの新幹線の時間には余裕があるものの、このまま近鉄がずっと動かないとなると・・・・・・。
この伊勢市駅は、近鉄駅とJR駅が隣り同士。
さっそく連絡橋を走ってJR側へ行って駅員さんに聞くと、JRは雨のため遅れは出ているが、名古屋行きは走っているとのこと。
しかし、次の発車は、30分余り後だ。
しばらくJR駅で待ってはいたが、もしかして、と思い近鉄側にまた戻った。
すると、安全確認ができて試運転を始めたとのアナウンス。
結果として、20分ほどの運転見合わせの後、伊勢中川行きに乗ることができたのであった。
伊勢中川ですぐに急行名古屋行きに連絡があった。
なんとか無事に帰宅することができたのであった。
このハプニングのことをメールでS子ちゃんに送っていたら、運転手のY君が、「伊勢市駅に迎えに行こうか」と言ってくれていたとのこと。
同期の友情に泣ける
なんとか、無事電車が走り出したとメールしたら、そのY君がセルフでガソリンを入れた後、蓋を閉め忘れて走り出してしまって、少し慌てたとS子ちゃんよりメール。
Y君も、相当運転疲れがあったに違いない。お疲れ様でした。
そうそう、Y君といえば、内宮を散策中、五十鈴川の川の中に立つ柱を見て、「あれ、なんや?」という会話をしていた。
伊勢神宮のサイトで確認してみた。
「教えてお伊勢さん」というページに、答えがあった。
あれは、木除杭(きよけぐい)と言って、五十鈴川の増水や氾濫の際に、上流から流れてくる流木が宇治橋の橋脚へあたることを防いで、橋を守る役目があるんだとさ。
「伊勢神宮公式サイト」の該当ページ
これ、Y君の想像の通りなのである。
流石、宇治という歴史ある町に住むだけのことはある。
ということで、旅の記録は、ここまで。
最後に、自分の落語のこと。
今年は、予想以上に受けたので、来年のハードルが高くなったなぁ。
これまでに同期会、テニス仲間との合宿で披露したネタは、次の通り。
『道灌』・『金明竹』・『寿限無』・『牛ほめ』・『替り目』・『小言念仏』・
『千早ふる』・『代書屋』・『高砂や』・『居酒屋』・『うどん屋』・『雑排』・
『厩火事』・『買い物ブギ』・『看板のピン』・『天災』・『目黒のさんま』・
『紙入れ』・『元犬』・『持参金』・『三方一両損』・『たらちね』・『そば清』・
『親子酒』・『藪入り』・『子ほめ』・『夜の慣用句』・『あくび指南』・
『転失気』・『二人癖(のめる)』・『子別れ(子は鎹)』・『鈴ヶ森』・
『野ざらし』・『井戸の茶碗』・『真田小僧』
同じ客(?)相手には同じネタをやらないことにしているので、結構、辛い。
12月にテニス合宿があるが、『真田小僧』は使える!
もう一席をなんとかこなして、来年の同期会でも披露することにしよう。
居残り会の皆さんにYさんとのリレーで披露した『二番煎じ』があったなぁ。
でも、一人では長いよねぇ、あれ。
結構、悩みそう^^
さて、台風21号による影響やご家族の問題などで当初参加予定の四名が来ることができなかったのは実に残念だったが、なんとか事故も怪我もなく今年の同期会は終了。
初日の夜の三次会で、来年のことについて話し合った。
関西の仲間が参加しやすい場所にしよう、ということになり、有馬温泉が本命。
幹事は男性がY君、女性は今回来れなかったTちゃん。
来年はどんな珍道中になるものやら。
では、長々と書いてまいりました、2018年同期会ー長島温泉~伊勢志摩道中膝栗毛、これにてお開き。
数年前に伊賀上野に行きましたが、名古屋から近鉄電車だったのですが、
えらく時間がかかったことを覚えております。
その経験からして、大雨のなかのお帰りはさぞかし心細かったのではないでしょうか。
近鉄が、名鉄ほどではないにしても、路線図が複雑でしたね。
初日(8日)、京都駅に集合したメンバーは伊賀上野経由で長島温泉に来たのですよ。
私は西岡たかしの「上野市(うえのまち)」を含む、車中用のBGMを事前に送っており、道中で聞いていたようです。
最終日のちょっとした雨のハプニング以外は、実に楽しい旅行でした。
