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喬太郎の『ハンバーグができるまで』が、できるまでー『Switch』2014年3月号より。

 今日は雨のため、日曜恒例のテニスは休み。

 ということで(?)、午前中に書いた記事に関連して、二本目の記事。

 午前中、柳家喬太郎の『ハンバーグができるまで』が舞台化されることを書いた。
 自分の過去のブログを検索して、関連する記事を眺めていたら、ある雑誌の落語企画の記事に行き着いた。

 それは、2014年3月号の『Switch』「進化する落語」という特集に関する記事。
 久しぶりに落語を取り上げた好企画として紹介した。
2014年2月22日のブログ

喬太郎の『ハンバーグができるまで』が、できるまでー『Switch』2014年3月号より。_e0337777_11114288.png

「Switch」2014年3月号

 四年前の記事では、喬太郎のこんな言葉を紹介していた。

喬太郎 五十歳を迎えて思ったことがあります。これまでに過ごしてきた時間はいっぱいある。でも、未来もまだまだいっぱいある。そういう場所に、今、僕はいるんだということです。ということは、その気になればいろんなものが作れるんだと思う。失敗してもいい。だって、昔もそうだったんだから。すごく楽しみですね。これからは、会によっては「コケまくりの喬太郎」、「笑いがおきない喬太郎」というのが増えてくるんじゃないかな、と。

 これが四年余り前の言葉。

 さて、その後、「コケまくりの喬太郎」や「笑いがおきない喬太郎」が増えたのかどうか。私はそれについた語れるほどは喬太郎を聴いていないので、コメントは慎む。

 この発言の少し前に、喬太郎は新作について、このように語っていた。

喬太郎 僕はね、ときどきスーパーに買い物に行くんですよ。夕暮れ時の商店街とか。その時間帯に行くと、そんなにきれいじゃないけど、一応夕焼けだったりする。晩御飯の買い物で、奥さんたちがいて。さびれた商店街が少しは活気づく時間帯に、普段着にサンダルでレジ袋下げて、「次はどの噺を稽古しようかな」なんて考える。というのも噺家だなよなって思うんですよね。道楽にうつつを抜かして、酒飲んでかみさん泣かせてみたいなのも噺家かもしれないし、売れっ子でいつも飛び回っているのも噺家かもしれない。でもそういった何気ない日常の中から、僕の場合はものが生まれると思うんです。そういうのはすご大事だなと思う。

 こんなことを、喬太郎は考えていたんだ。

 引用を続ける。
ー幅広いレパートリーの中で、五十歳を迎えて、この年齢になったからこそ新しくできる噺や、逆にやりにくくなった噺はありますか。
喬太郎 「純情日記横浜篇」や「すみれ荘二〇一号」はもうやりづらいですね。
ー八十年代の匂いがするんですね。
喬太郎 そう。80年代って一番浮ついた時代だと思うんですよ。でも僕はあの頃一番ダサいところで生きてきたから、シブカジ、ハマトラ、トレンディとか、ああいうものに若干の敵対心があるんです。戦後という時代があって、安保の時代があって、後にはバブルが弾けて若い子が苦労しはじめる時代の間で、俺らは一番チャラチャラしていた。僕は82年に大学に入って、89年に噺家になっていますから、80年代を引きずっているんですよ。

 たしかに、「純情日記横浜篇」や「すみれ荘二〇一号」は、聴いている方も、ちょっと辛いものがある。

 私は74年に大学に入り、78年に社会人になった。
 ほぼ喬太郎と一世代違う。
 さて、私は70年代を引きずっている、と言えるのかどうか。

 さらに、引用。

喬太郎 「江戸の風が吹く吹かない」みたいなことを家元(立川談志)が言い始めたでしょ。「喬太郎さんの古典は面白いけど、江戸の風が吹いてない」と言われることがあった。でもね、80年代の風を吹かせられる人はあんまりいないじゃないかと思うんです。俺は全噺家の中で80年代の風を吹かせられる稀有な例なんだぞ、と。それをお客さんが望んでいるかは別として。
ーそれも個性ですね。
喬太郎 もちろん古典落語家の側面としては、江戸の匂いが出せればいい。努力はします。だけどそれはとても大変な作業で、それをするがために、俺しかできないことをやらずにいたらもったいないと、また最近思いはじめたんです。
 二ツ目の頃は、俺しかできない噺をやりたいと思ってました。その若くて尖がっていた頃の気持ちを思い出したんです。後世の人に名人と思われなくてもいいし、忘れられても構わない。今、生きている俺が俺しかできない落語をやればいい。そういう意味では今の年齢の新作も作りたい。
ーその意味では「ハンバーグができるまで」は年齢的に合う作品ですよね。
喬太郎 「ハンバーグができるまで」を作った時は、中年の等身大の噺が作れたかなと思いました。中高年というと慈愛とかそんなイメージになるけど、そうじゃなくて自分と同世代のニュアンスを、自然体で、しかも面白い噺にすることができないかと思っていたんです。
ーさきほど師匠が大事にしたいとおっしゃった、日常生活の中にある夕方の商店街の情景と「ハンバーグができるまで」は繋がりますね。
喬太郎 本当ですね。発想のきっかけは、離婚した夫婦って何を話すのかなと思ったことなんです。下北沢にあるオオゼキというスーパー。あそこは道路から、お客さんが買ったものを袋に入れている姿が見えるんですよね。その景色がすごく印象に残って、ぼんやりとあったアイデアを練っていくうちに出来たんです。だから、やっぱり日常生活から作り出していったんです。

 今日は雨のおかげ(?)で連れ合いと外で昼食をとったが、その店の近くにも、オオゼキがあったことを思い出した^^

 そうか、『ハンバーグができるまで』から伝わるリアリズムは、喬太郎の日常生活の観察力と創作能力が融合したものだったんだなぁ。

 最初に大手町落語会で聴いてからほぼ一年後、喬太郎・文左衛門・扇辰の三人会でも聴く機会があったが、ブログにこう書いていた。
2011年2月16日のブログ
前回よりもネタとしての成熟度のようなものを感じた。20分に刈り込んでも、この噺としての訴求力は十分。それぞれに個性的な登場人物も楽しい。

 古典においても描かれる人間についてはそうなのだが、新作にはその舞台設定も含め“同時代性”が求められるだろう。

 舞台化のニュースを目にし、ある雑誌を読み直すことで、一つの新作落語ができる背景を確認することができた。

Commented by YOO at 2018-09-02 23:41
喬太郎の「同棲したい」という新作は、神田川世代の私としては完全に「ツボ」でした。
Commented by at 2018-09-03 06:37
ある俳優は町に出てじっと人々の諸相を観察しているそうです。
スーパーで日常風景を観察しているという喬太郎。そのせいか喬太郎は、客席との距離を近づける話術を心得ています。
「これホントなのよ」「どうやら今日やる噺じゃなかったようでございます」「しまった、座布団の色と着物が同じ色」
いわば今はやりの直球も早い変化球投手のような感じです。
Commented by kogotokoubei at 2018-09-03 08:57
>YOOさんへ

「同棲したい」は、まだ聴いていません。
そのうち出会いたいものです。
Commented by kogotokoubei at 2018-09-03 09:02
>福さんへ

喬太郎の新作やマクラを聴いて、「あるある!」と感じることが多いのは、やはり彼の日常観察が生きているからなのでしょうね。
古典と新作の両方が完成度の高い噺家としては、ピカイチでしょう。
私は、7:3くらいで古典を聴きたいと思っています。
Commented by 寿限無 at 2018-09-04 15:32
落語の「芝浜」は、「芝浜革財布」として歌舞伎になり、
NHKの「落語ザ・ムービー」で落語と芝居の合体が試みられ、
今度は「ハンバーグができるまで」で演劇へ進出したというわけでしょうか。
喬太郎は、以前にも演劇に出ていますから、興味があるのでしょう。
それにしても“落語ブーム”ですか。
ブームってあまりね……。
喬太郎がマクラで「ブームだ。終わった。」とならずに「ダラダラ」としているのが落語ブームだとか言っていたような気がした。
Commented by kanekatu at 2018-09-04 16:53
「ハンバーグ・・・」は先日のペテカンと喬太郎の出た会で宣伝がありました。朝日の記事はその時の主催者の説明のモロパクです。
あの噺は喬太郎の話芸があればこそで、劇化はどうでしょうか。
舞台にするならむしろ「孫、帰る。」の方が向いていると思いますが。
Commented by kogotokoubei at 2018-09-04 19:41
>寿限無さんへ

歌舞伎、浄瑠璃、そして講釈と落語の関係を考えると、新作落語の舞台化や舞台の落語化はもっとあってもいいのかもしれませんね。
「ブーム」を裏付けるものはいったいなにか・・・・・・。
寄席、落語会への動員数が統計として残っていて比較できればよいのでしょうが、そんなものあるのかな。
一部の人気者のチケットがとりにくい、だけではブームとはいえないのでしょうね。
Commented by kogotokoubei at 2018-09-04 19:50
>kanekatuさんへ

そうでしたか。
たしかに、喬太郎の話芸あってこそ、ですね。
「任侠流れの豚次伝」にしても、喬太郎、三三といった芸達者だからこそ、と言えますね。
「孫、帰る」ですか、なるほど。
「布哇の雪」は、難しいかな^^
Commented by 寿限無 at 2018-09-05 11:38
「一時期落語を聴いていたけれど、今はね。」という人もおります。
マイブームというやつですかね。
なんか昔からダラダラと聴いているような気がいたします。(反省)
Commented by kogotokoubei at 2018-09-05 12:20
>寿限無さんへ

私も、ダラダラ聴いてきました^^
数年前生落語のマイブーム(?)でしたが、今は、生はほどほどです。
でも、毎日携帯音楽プレーヤーで落語を聴きます。
ここ数日は、今週末に披露するネタばかりですが。
Commented by 寿限無 at 2018-09-05 13:26
そうですか。
何を演じられるのでしょうかね。
記事を楽しみにしております。
本当にいつもありがとうございます。
感謝いたしております。
Commented by kogotokoubei at 2018-09-05 13:43
>寿限無さんへ

恐縮です。
週末は大学の同期会の旅行です。
中部地域のある温泉地に行きます。
「小さな旅」シリーズ(?)として記事にするつもりでおります。
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by kogotokoubei | 2018-09-02 21:13 | 落語のネタ | Trackback | Comments(12)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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