龍志・志ん輔二人会 国立演芸場 7月29日
2018年 07月 30日
ということで、池袋か、こっちの会か迷っていたが、落語協会のサイトで、池袋はお目当ての主任菊志んがお休み。
ネットで国立の二人会の空席がありそうなのを確認し、電話で予約。
それにしても、「志ん輔の会」が、ネットでも予約できるようになったとは驚きだ。
そうそう、昨年も、同じ時期の日曜に雨でテニスが休みになり、行っている会。2015年4月にあった会にも行った。
この二人会とは縁がありそうだ。
2017年7月31日のブログ
2015年4月30日のブログ
昨年の会では、志ん輔の『三枚起請』と龍志の『酢豆腐』が良かった。
この会は、二席ともネタ出しされている。
龍志が『片棒』『らくだ』、志ん輔は『船徳』『厩火事』。
一時開演だが、少し早めに出かけ半蔵門駅と永田町駅の間にある中華料理店で昼食をとって、十二時少し過ぎに会場へ。一階受付でチケットを入手。
ネットで九割位が埋まっていたので、席はお任せしていたが、十列目の中央ほどの良い席だった。
いったん出てコンビニでアイスコーヒーを買ってから、演芸場に戻った。
一階喫煙室に入ると中に主催者の方もお一人いらっしゃって、結構会話が弾んだ。
詳しい内容は、内緒^^
階段を上がって会場へ。結果として実来場は八割位だったろうか。
出演順に感想など。
桃月庵ひしもち『転失気』 (14分 *13:00~)
昨年六月末広亭の『平林』以来。
あの高座でも感じたが、見た目のひ弱さとは違って語り口はしっかりしている。芸人らしい雰囲気も醸し出しており、なかなか楽しみな人だ。
立川龍志『片棒』 (27分)
ケチは地獄に落ちて、それも暗闇地獄。しかし、真っ暗なのに平気で歩けるのは、爪に灯をともしているから、なんていう洒落た小咄などのマクラから本編へ。
三人の息子の誰に家督を譲るか悩む赤螺屋ケチ兵衛、自分が死んだらどんな弔いをするかで決めようとする。
長男の金は、「世間に笑われないような弔いを」、と大豪華版。通夜は二晩、本葬は本願寺か増上寺、お土産は一流料理屋の料理を本漆の三段の重箱に詰め丹後縮緬の風呂敷で包む。足代として一人に二万ほど包む、合計一人十万ほどかけて五、六千人呼ぼうというバブルな案。ケチ兵衛が胸をおさえ、「出てけ!」と怒鳴るのも頷ける。
この噺の聞かせどころに次男、銀の場面。江戸っ子龍志の持ち味が生きる。「あっしは、誰もが驚く、色っぽい弔いを出します」と、まずは紅白の幕を家の周囲に張るところから始まる。
その色っぽい弔い行列の先頭は、頭(かしら)ご一行の木遣り。新橋、葭町、柳橋の芸者連の手古舞が続く。
山車には算盤を持ったケチ兵衛人形。
神輿がやって来て、♪テンテンテレツク、♪ワッセワッセ、♪チャンチャカチャンとなんとも賑やか。
木遣りから神輿までの擬音の聞かせどころは、さすがに客を飽きさせない。
花火が上がり、銅鑼の音で周囲が静まって弔辞。最後は万歳という弔いだと聞いてケチ兵衛、またも「出てけー!」
「あいつは私の血じゃない」「婆ぁの血だ」というケチ兵衛の科白がなんとも可笑しい。
さて最後は、三男の鉄。「仕方がありませんから、弔いは、出します」で、ケチ兵衛は最初がっかりするが、次第に鉄のケチぶりに頷く。「出棺を十時と決めさせていただきます」という鉄の言葉に、「今から時間まで決められると、なんか淋しくなるねぇ」の一言が、客席から静かな笑いをとる。結構、ご高齢のお客さんが多い会場だった。十時と言っておいて都合で変わったと八時に出棺してしまえば、酒も肴も出さなくていい、という鉄のアイデアにケチ兵衛の「えらい!」で、客席から大きな笑い。棺桶は菜漬けの樽、という鉄に、ケチ兵衛が「おまえ、親こうこ、なんて洒落かい」と言うのに対し、鉄が「いえ、臭いものには蓋」で、またまた会場爆笑。
鉄が「菜漬けの樽を荒縄で巻いて」の言葉に「まるで罪人だね」と言うケチ兵衛だが、鉄のケチぶりに次第に感心していく。そして、サゲ。
見事に三人の個性を描き分け、なかでも次男の銀が秀逸。
五月に聴いた横浜にぎわい座での古今亭菊丸のこの噺も見事だったが、龍志も負けてはいない。
2018年5月2日のブログ
菊丸は実に丁寧に三人の息子を描き、なかでも次男の唄が秀逸だった。その菊丸よりは龍志が描く銀のぞろっぺいな姿も、まさに江戸っ子で悪くない。江戸の風と粋、そんなものを感じさせてくれた高座、今年のマイベスト十席候補とする。
古今亭志ん輔『船徳』 (40分)
隅田川の花火がこの日に延期になったことから、浅草の行きつけの喫茶店で聞いた花火に関する地元の人たちの会話などのマクラから本編へ。
最初に書くが、この噺も二席目も、志ん輔の工夫が明確に表われた高座だった。
冒頭は、船頭になりたいと言う徳と親方の会話から、船頭たちが集まっての勘違い懺悔の場へ。このあたりは、本来の筋書きと大きく変えていないが、なよなよした徳の姿が、とにかく可笑しい。
さて、四万六千日。客二人を乗せた徳。
船宿の女将が「なにかあっても、若旦那だけは無事に帰ってきてくださいよ」で、蝙蝠傘の客が「おいおい、何か言ってるよ!?」とおびえる。
もやいを解いて、なんとか出発したものの竿を流してしまい櫓へ。同じところを三度回って、ようやく少し落ち着く。土手を歩いている紗の羽織のい~い女に見とれていたが、連れの男がいてがっかりする場面などは、好きだ。そのすぐ後に竹屋のおじさんを見かけて声をかける。おじさんが心配そうに「大丈夫か~い」と言われ、傘の男が、またまた不安になる。
船と土手の高低さが伝わり、高座に奥行が出る。
煙草の場面がないままに石垣へ。蝙蝠傘を犠牲にして難を逃れたが、傘の客の怒りはおさまらない。この時の徳の“切れ方”は、師匠志ん朝よりは、兄の馬生のそれに近いように感じた。
そして、煙草の場面が登場。これは、師匠とは順が逆。しかし、違和感はない。「汗が目に入ってしまって」、という場面は割愛。
しばらく静かになって客が徳を見ると、もう駄目。
「もう、やだ~」「やだ~」「やだ~、おりて!」
前半に造形していた、なんとも、ナヨナヨした徳の姿とつながる徳の姿。駄々っ子の徳、なのである。
サゲは替えていなかった。
通常の筋書きを入れ替え、また、徳の人物造形にも工夫があった高座。私は、志ん輔落語が出来上がりつつあるような高揚を感じながら聴いていた。今年のマイベスト十席候補としたい。
ここで、仲入り。
さて、一服して後半戦へ。開演前に喫煙室で楽しくお話ができた方は、仲入りの営業でお忙しいだろう、さすがにいらっしゃらなかった^^
さて、後半戦。
古今亭志ん輔『厩火事』 (22分)
一席目に続き、浅草の喫茶店における出来事のマクラ。ネタと関連性のある笑えるものだったが、その内容は、秘密。
この噺でも志ん輔の工夫が見受けられた。
お崎夫婦の喧嘩は、お崎さんが休みで大好きな芋(やつがしら)を茹でていたら、「また、芋か」と旦那が言うことから始まったという設定。夫は刺身好き。
他にも工夫があって、お崎さんの夫について仲人の旦那が、「あれは、うちの二階に居候していたのを、女房の髪を結いに来たお崎さんが一目惚れして、あんな遊び人はやめなと何度も言ったのを聞かずに一緒になったんだ」と二人の馴れ初めを明らかにした。加えて、「元々、腕のいいやつなんだ、一人でも食っていける、いいよ、別れな別れな」という旦那の科白がある。しかし、何の腕がいいのか、説明がない。大工、左官・・・・・・。聞き逃したのかなぁ。いや、言わなかったはずだなぁ。
私は、こういうことに「?」が付くと、なかなかその後の噺に集中できなくなるのだ。どうも居心地が悪いまま聴き続けていた。また、麹町のさる殿様が、大事な皿を抱えたまま階段から落ちた女房に向かって「皿は大丈夫か、皿は皿は~」と○○回も皿ばかり心配した、という回数を言う場面で噛んでしまったのも、残念。
お崎さんの夫が一人で刺身を肴に酒を呑んでいた、という話は割愛。冒頭に、素性を明らかにしているから、不必要とも言えるが、この改作は評価が分かれるところだろう。
一席目の工夫は、噺の骨格を壊すことなく楽しめた。しかし、こちらの工夫は、まだ改良が必要と感じた。
立川龍志『らくだ』 (44分 *~15:47)
マクラでは、子供の頃、近所には怖い、おかしなおじさんがいた、と振り返る。
ベーゴマの台のことを「床」と言うのを初めて知った。実は、北海道で過ごした少年時代、私の近所ではベーゴマは流行っていなかったのだ。もっぱら、ビー玉やパッチ(メンコ)だったなぁ。
さて、本編は、通し。
龍志のこの高座でも、気になる言葉不足があったなぁ。
らくだの兄貴分、丁(の)目の半次が屑屋の久さんに月番のところに行かせた後、「もう一軒行ってこい」と言うのだが、「大家のところへ行って来い」とは言わずに次の科白につなげた。その途中で大家の名は出たのだが、ちょっとリズムが悪くなったのは否めない。
大家のところでのカンカンノウも、少し短縮バージョンだったかな。もう少し見たかった^^
八百屋で棺桶代りの名漬けの樽を借りて来るのだが、これは一席目とツク、と私は思う。ツクことを徹底して嫌う志ん輔は、龍志の二席のネタを聞いて、指摘しなかったのだろうか。
もちろん、良い場面もたくさんあった。久さんが半次に清めの酒を注いでもらい、三杯目から主客逆転する当たりは見事だった。らくだの髪を剃る場面や、落合の火屋に向かう場面なども楽しく、私の席近くの女性陣などは大笑いしていた。
全体としては、もちろん悪くない高座ではあったが、さて、この人にとってこの噺がニンなのかどうか。
一席目の、大いに江戸の風と粋を感じた高座の余韻の方が、強く残っていた。
はねて残暑きびしい中を帰宅。
台風がそれて、なんとか今月も落語会に来ることができた。
それにしても今回の台風12号の進路は不思議だ。
なにも、急カーブしてまでこの前豪雨被害のあった西日本を襲わなくてもいいだろうにねぇ。
僕は体調のせいか、仲入り後の方が乗れました。志ん輔『厩火事』は、お崎さんが「旦那」に対しほぼ「ため口」だったのが印象的でした。
龍志『らくだ』は目当てだったのですが・・・。やはり「家主の所へ行け」がなかったのですね。とにかく緊迫感を持って「通し」を聴けたと思います(先代可楽を連想しました)。
僕としては、やはり『らくだ』は松鶴→先代松喬→生喬が本道だと思うのですが・・・。この噺はやはり難しいですね。
あら、関東に進出されていましたか^^
『厩火事』は志ん輔の改作がもう少し馴染んでくると、師匠の呪縛から解き放された自分のネタになると思います。
私の場合は、あるべき科白がとんでしまったりすると、どうしてもそのことに拘泥してしまうのです。龍志の『らくだ』は悪くなかったのですが、そこのところがねぇ。
また、丁目の半次が、主客逆転後に、あまりにも大人しくなりすぎたような、そんな印象もあります。
上方の笑福亭に伝わる噺も好きですし、無駄を省いた可楽のこの噺も大好きです。
今後東上なさる際は、管理人のみ閲覧モードでお知らせいただけると嬉しい限りです。
この会、小生も見に行きました。
片棒/船徳 大いに結構でした。
転宅 ご指摘の通り、志ん輔師の改作、いまいちしっくりきませんでした。相談相手が兄さんというのが?で、隠居のほうがしっくり来ると感じました。
らくだ 悪くはなかったのですが、立場が逆転した後、半次が屑屋を屑屋さんと呼んでいたのに違和感あり。兄貴と呼んで欲しかったです。屑屋の酔いっぷりもちょっと大人しめに感じました。
今まで聴いた最高のらくだは、2016年2月池袋の喜多八一之輔二人会の、喜多八師のらくだです。既に足が不自由で、板付きで登場した殿下でしたが、共演の一之輔師を吹っ飛ばす素晴らしいらくだでした。確か、一之輔師がその時のことを
かわら版の殿下追悼号に書いています。
あのらくだが、私にとって最高のらくだで、あれに匹敵するらくだが聴ける日を心待ちにしたいます。
長文失礼しました。
あら、いろんな方があの空間にいらっしゃったのですね。
高座への感想や評価は人それぞれですし、ネタの好みもあるでしょう。
また、語り口、仕草、間、表情、などなど人によって何が“響く”かも違うと思います。
私は、聴いている間に「?」マークがなかなか消えないと、その高座を楽しめないので、言い間違いなどよりも、肝腎の科白が抜けたりすると、落ち着かないんですよね。
志ん輔の『厩火事』は、あえて挑戦中なのだと思います。その意図は賛成です。
しばらくして、ぜひまた聴きたいものです。
私の『らくだ』体験で思い出深いのは、まだ病から復活して間もない頃の権太楼の大手町の高座でしょうか。絶品でした。
