「西郷どん」、そろそろ撤退かな・・・・・・。
2018年 07月 17日
NHKの大河「西郷どん」は、西郷と大久保役の俳優がそう悪くないと思い見続けてきたが、そろそろかな、と思っている。
先週は、沖永良部島から戻った西郷が京に出向く場面だった。
たしかに、久光は西郷嫌いであるが、あの煙管を噛む場面、多すぎる。
史実では、あの後、久光は薩摩の京都藩邸の体制改革で西郷を軍賦役に登用している。
そういったことも、しっかり表現すべきだろう。
時代考証を担当する人も、史実とは違うことを認めているのだが、それって何か変でしょう。
SmartFLASHの記事から引用する。
SmartFLASHの該当記事
明治維新の英雄・西郷隆盛を鈴木亮平(34)が演じるが、「史実との違いを探せばきりがありません」と語るのは、鹿児島・志學館大学の原口泉教授(70)だ。ということで、次のように史実と違う項目(フェイク)をあげている。
『翔ぶが如く』(1990年)、『篤姫』(2008年)などの大河に携わり、『西郷どん』でも時代考証を担当。その原口教授自ら、史実との違いをツッコんでくれた。
【フェイク1】西郷隆盛と主君の出会い
「第1回の放送で藩主・島津斉彬(渡辺謙)がお忍びで薩摩へ帰り、幼少期の西郷隆盛と出会います。しかし、当時斉彬が住む江戸から幕府の許可を得ずに帰るのは、不可能に近い。
史実ではないので、『天狗』に化けて子供の西郷に会う、というような演出になっています。誤解がないように、番組の最後で、『このとき斉彬が薩摩に来た記録はありません』とナレーションを入れてもらっています」
【フェイク2】西郷は下戸
主君・斉彬と西郷が飲み明かすシーンもあるが、「西郷は下戸です」。
【フェイク3】西郷家と大久保家の場所
大河では、西郷家と盟友・大久保利通(瑛太)の家が隣同士という設定だ。
「実際には、150メートルほど離れていました」
【フェイク4】「妙円寺詣り」は夜
島津義弘の武勇を偲ぶ地元行事、「妙円寺詣り」も描かれている。
「これは本来であれば、夜間におこなわれる行事です。キャストの小学生が夜のロケに出られないので、昼間に撮り終えたと聞いています」
【フェイク5】糸子は幼馴染みではない
西郷は3人の妻を娶っている。3番めの妻が糸子(黒木華)だ。
「2人が幼馴染みという設定も史実に反します。脚本の中園ミホさんが『2人は子供のときに会わせたい』との希望でしたので、『まあ、いいでしょう』と」
【フェイク6】月照と西郷の関係
林真理子氏の原作で、話題を呼んだのは僧・月照と西郷の関係だ。主君の斉彬を亡くし、絶望のあまり切腹を図る西郷を、月照が夜具に誘って慰める。尾上菊之助が演じる月照とのシーンは、どう描かれるのか……。
「2人の関係を、林さんは『ボーイズラブ』とおっしゃっていますが、私は月照と西郷は『一心同体』だったと思います。斉彬の君命を受けた西郷と、孝明天皇の勅命を受けた月照は、まさに志をひとつにしていた。男と男、男と女の愛など超えていたのです」
【フェイク7】糸子の奄美大島訪問
物語の中盤で、妻・糸子が奄美大島に渡り、西郷の2番めの妻・愛加那(二階堂ふみ)とその息子・菊次郎と会う場面がある。
「時代考証の立場からは史実と違うと言いました。ですが、林さんはドラマ上、糸子と愛加那に、女同士で話をさせたかったと。これは歴史小説やドキュメンタリーではなく、新しいジャンルの物語だと思っています。あくまで西郷という人間を描いているのです」
物語のプロット作りから参加した原口教授は、『西郷どん』で新しい西郷像を描こうと試みた。
なんと、時代考証家が史実との違いを指摘してはいても、作家の意向で、ありえない出会いを捏造することを許しているということか。
“新しいジャンルの物語”って、いったい何・・・・・・。
朝の連続ドラマは、“特定の人物をモチーフとしたフィクション”と、嘘であると宣言している。まぁ、我慢しよう。
しかし、大河は違うんじゃないの、と思っていたのだが。
この時代考証家は、こう言っている。
「ぜひ、そういう番組を観ている若い人に観てもらって、新しい国づくりに役立ててほしいですね」
嘘の歴史を押し付けておいて、何が“新しい国づくり”だろうか?
そろそろ、このドラマからは撤退かな、と思っている。
史実との明らかな違いが多いし、西郷隆盛を描くにあたっては不可欠な人物が登場しないなど、納得できないことが多すぎる。
磯田道史も時代考証に名を連ねているのに、なぜそうなっているのか。
彼もNHKの番組への出演が多いから、最近は人気タレントとして、了見が変ってきたのかもしれない。
前半で一番ひっかかったのは、藤田東湖が登場しなかったこと。
西郷にとって、斉彬を別とした恩師を二人あげるなら、橋本左内と、藤田東湖と言われる。
ちなみに、「翔ぶが如く」では、元新国劇の大山克巳(旧芸名は大山勝巳)が藤田東湖を演じた。
そして、「西郷どん」で配役でもがっかりしたのは、岩倉具視役。
鶴瓶では、ちがうんだよねぇ、イメージが。第一に、私は彼を役者とは思っていない。
ちなみに「翔ぶが如く」では、小林稔侍。
15日の第二十六回「西郷、京へ」は、岩倉以外にも、いろいろと気になったなぁ。
慶喜と久光の場面も、ああではないだろうと思う。
そして、慶喜の側室が、あの女性とは・・・・・・。
どうしても、女性を中心とするドラマにしようとする無理がある。
特別番組に「翔ぶが如く」で西郷を演じ、「西郷どん」でナレーションをしている西田敏行が出演していた。鈴木亮平が映像で語っていたが、彼は「翔ぶが如く」の映像を見て、西郷役西田に政治的な長科白が多く、それをしっかり薩摩弁でこなしていたのことに驚いた、というようなことを言っていた。
ということは、「西郷どん」には、政治的な科白が、ないということか。
あの時期、登場人物に政治的な話がないはずはないが、それをあまり語らせていない、ということは間違いなかろう。
妙に、間が多いのも気になる。

海音寺潮五郎著『西郷隆盛』
海音寺潮五郎の『西郷隆盛』を、読み返している。
京に上った西郷と大久保の会話について。
「わしにも茶を下され。酒はあまり好きではなかのに、宴席となると、つい過ごしてしまう」
と、西郷が言うと、大久保はみずから急須の茶を新たにして、ものなれた手で、淹れてくれた。
「ああ、うまい。もう一ぱい」
重ねて所望してのんだ。
「京は茶もようごわすが、水がようごわすので、一しお茶がようごわすな」
と、大久保もまたのんだ。
「菓子もうもうごわすな」
むしゃむしゃと饅頭を、忽ち二つも食った。大久保は微笑してそれを見ていたが、西郷が三つ目に手を出したところで言う。
「食べながらでようごわす。用談にかかりもす」
「ああ、言うて下され」
饅頭を食いながら、聞いている。
大久保は極度に低い声になっている。それは久光のことであった。大久保の言うところによれば、薩摩の癌は久光である、頑迷で、まことにこまる、しかしながら、我々が多年の希望を達成するためには、藩の力を利用することは絶対に必要であるから、久光の機嫌を損なわないようにするしかない、それを考えたから、こうして特別に会うことにした云々・・・・・・。
「なるほど、わしがまたご機嫌を損ずるようなことをしはせんかと思われたわけでごわすな」
と、西郷は笑った。
(中 略)
「オマンサアは直情怪行、いつも信じるところを堂々と押して行くお人でごわすが、こんどはそれではいかんのでごわす。こまかな芸当が必要なのでごわす」
西郷は瞑目して考えこんだ。しかし、これはやらなければならないことだ。この三、四年の間に幕府を倒し、日本の姿勢を立て直さなければ、日本は外国の餌食になってしまうことは確実なのだ。
「よろしい。やりもそ!」
と、大きくうなずいた。
この会話には、西郷と大久保の個性が、なかなか見事に描かれているように思う。
「西郷どん」の中では、西郷も大久保も、あまりに表面的な人物としか描かれていないように思う。
西郷には二枚腰、三枚腰のしぶとさがあることや、大久保は策士として西郷に大きな影響力があったことなど、もっともっと彼らを描くのなら、やり方があると思うなぁ。
さて、大久保の助言を胸に西郷は久光との対面を終え、久光は在京の幹部を集めて、京都藩邸の組織を改造した。藩主名代は三男の薩摩図書、家老は小松帯刀、軍賦役を西郷が担うことになった。
西郷の任ぜられた「軍賦役」の「賦」は「くばる」という意味だ。すなわち、軍事司令官の役目である。西郷ははじめて、天下第一の精兵をもって自任する薩摩藩兵の京都における総司令官になったのである。
西郷に天が活躍する場を与えた京都で、これから内戦が始まる。
さて、次週、禁門の変までは見ようか・・・・・・。
ここ十年は見ていません。たぶんもっと見ていないのかもしれません。
大河ドラマではありませんが、司馬遼太郎の「坂の上の雲」は見ましたが……。
司馬遼太郎にしろ海音寺潮五郎にしろ原作がいいのではないでしょうか。
彼らの時代小説はしっかりと調べた上で書かれています。
そうできないのならいっそフィクションにしてしまえばいいのに……。
昨今は、脚本家が好みで史実を無視した内容にするなど、あまりにも無謀な作品が多く、なかでも「花燃ゆ」は、酷かったですねぇ。
歴史そのものにドラマ性があるのに、無理にお涙頂戴の架空のドラマをでっちあげるのには閉口します。
「坂の上の雲」は、原作に基づき、NHKも時間と金をかけた大作でした。
文菊や喬太郎が端役でしたが出演し、落語愛好家としても楽しめました。
もう、歴史大河、という路線は無理かもしれませんね。
今回の「西郷どん」も、安倍&麻生の両コンビを長州に見立てて、薩摩関連の番組で足を引っ張る意図が見え見えで、斉彬ファンの小生としてはバカバカしくて見る気にもなりません。
たしかに司馬さんご本人は映像化を許可しませんでしたね。しかし、NHKに対し司馬遼太郎記念財団が映像化を許諾し、著作権を相続した福田みどり夫人の許諾を得てから制作しています。
今日の政治情勢とあの番組との関係は、私はあまり感じません。
問題は、時代考証担当が史実との違いを指摘しようが、原作者や脚本家の意図が優先されて、ありえない歴史が語られることです。
読み通すには一頑張りが必要かも。
読めば日本史の盲点に気付くでしょう。
ネット小説も面白いです。
