志ん朝の『茗荷宿』が、聴きたかった!
2018年 06月 16日

その本は『落語長屋の四季の味』。
私が持っているのは、平成14(2002)年9月発行の文春文庫だが、初版は、その十年前の平成4(1992)に、『落語食譜』の題で発行された青蛙房版。
この本の「茗荷」の章から。
茗 荷
「・・・・・・だから、あの客に茗荷を喰べさせようじゃないか。
むやみに忘れるように、おまんまに炊きこんで茗荷飯・・・・・・」
『茗荷宿』
寄席の高座にかけられる演目にも、これで流行りすたりみたいなものがあるらしい。いっときは、のべつ幕なしに出ていた演目が、さっぱりきかれなくなっちゃったなんてことが、よくあるのだ。ついこの間も、落語の好きな何人かが、入船亭扇橋さんをかこんで、あまり世のなかのためになりそうもないはなしに興じていたとき、誰かがぽつりといった。
「そういえば、近頃『茗荷宿』なんてはなし、きかないね。誰か演る?」
「そうですね。ひと頃は志ん朝さんなんか、よく演ってましたがね」
と、扇橋さんが答えた。
えっ、志ん朝の『茗荷宿』!?
最近では、寄席で桃月庵白酒の十八番、という印象のネタだが、まさか、志ん朝も演っていたんだ。
私が調べた主なホール落語会では、もちろん一席も記録はない。
本書からあらすじ引用。
神奈川宿にあった茗荷屋なる料理屋。養子が道楽者で身上をつぶしてしまう。しかたなく宿屋を出したもののあまり流行らない。
むかしなじみの飛脚屋が、百両の金を帳場へ預けて泊った。この金に目のくらんだ亭主が、眠っている飛脚ののどに出刃包丁を突きつけたとき、女房が乳を突かれた夢で目を覚ます。ことの次第を知った女房は、飛脚に茗荷ばかり食べさせれば、百両の金を置き忘れていくにちがいないと、茗荷づくしの食事を出す。
うまくことがはこんで、飛脚は預けた百両を忘れて宿を発つ。夫婦が喜んでいるとkろへ、この飛脚が戻ってきて、帳場に百両預けたのを途中で思い出したことを告げ、受けとったうえ再び宿を出る。
「ほら、思い出してしまったじゃねえか」
「怒ったってしょうがないよ。なにかほかに忘れたものはないかい」
「ううん・・・・・・夕べの旅籠銭をもらうのを忘れた」
白酒のこの噺は、大師匠の十代目馬生を元にしていると思うが、茗荷料理には、白酒らしい楽しいクスグリが満載。
みそ汁はもちろん、焼き茗荷に、刺身、煮茗荷に茗荷の開き、半熟茗荷だってある。しかし、なぜ天麩羅がないのかと飛脚が聞くと「面倒だから」^^
この後、矢野さんは茗荷を食べると物忘れする、という言い伝えの由来を説明してくれる。
釈迦に、周梨槃特(しゅりはんどく)という弟子がいたが、この男、生まれつき物忘れが激しく、自分の名前すら忘れてしまう。心配した釈迦が、彼の名を大書して自分の身につけておくようにと与え、槃特はそれを背に負うて歩いた。やがて世を去った槃特の墓所に、名の知れぬ草が生え出したので、自分の名を背負って歩いた故事にちなんで「茗荷」と名づけられたというのである。
だから、茗荷を食べると物忘れをする、というのは科学的な根拠は、ない。
とはいえ、茗荷は高齢者が好むから、そういう言い伝えが信じられてきたのでもあろう。
たしかに、私も若い頃にはあまり茗荷を好んだわけではなかったが、今は夏場、茗荷の味噌汁などを、とりわけ好むようになった。
矢野さんも、次のような内容で、この章を締めている。
いつであったか、街なかで急にビールでとんかつがやりたくなり、手近な店を見つけてとびこんだ。きれいにあがったロースかつに、たっぷりとそえられた例のキャベツの千切りに、なんと茗荷がまぜられている。これがまた、キャベツ独特の甘味に、ほどよいアクセントになって結構なのである。いらい、わが家でも夏場のキャベツの千切りには茗荷を加えることにしているのだが、さて、そのアイディアを教えられたとんかつ屋が、どうしても思い出せないのである。
茗荷を食べすぎたせいであろうか。
こういう文章は、矢野さんならでは。
そうか、キャベツに茗荷か。
さっそく試してみよう。
それにしても、志ん朝の『茗荷宿』を寄席で聴きたかったものだ。
おっしゃるとおりですね、まるきり落とし噺です。
氏の対象に対して優しく、しかも正確に描き出す文章には敬服しております。
