コンプライアンス研修って、なに?
2018年 06月 06日
NHK WEB NEWSより。
NHK WEB NEWSの該当記事
アメフト日本協会 コーチ対象にコンプライアンス研修実施へ
6月5日 22時26分
日本大学アメリカンフットボール部の重大な反則行為をめぐる問題で、日本アメリカンフットボール協会は、5日夜、フェアプレーを徹底させるために立ち上げた委員会の初めての会合を開き、シーズン開幕までにコーチを対象にしたコンプライアンス研修を日本協会が主導して実施する方針などを確認しました。
日本アメリカンフットボール協会は、先月6日に日大の選手が重大な反則行為をして相手選手にけがを負わせた問題で、アメリカンフットボールの信頼が大きく傷つけられたとしてフェアプレーの徹底に取り組む委員会を立ち上げ、5日、都内で初めての会合が開かれました。
会合には、委員長を務める日本協会の国吉誠会長や外部の有識者などが参加し、再発防止策について意見を交わしました。
そのうえで各チームの指導の現状を把握するとともに、早ければ8月下旬から始まるシーズンを見据え、開幕までにコーチを対象にしたコンプライアンス研修を、日本協会が主導して実施する方針などを確認しました。
会合を終えた国吉会長は「指導者に指導方法について、いま一度考えてもらいたい。コンプライアンスの徹底を求めることがその第一歩です」と話していました。
どうも、違和感をおぼえる。
コンプライアンスって、日本語なら「法令順守」ということかと思うが、いい大人を集めて「法律は守りましょう」っていう研修をするわけではなかろう。
ルール順守、という意味で「コンプライアンス」という言葉を使っているのだと思うが、どうもしっくりこない。
指導方法に関する研修は分かる。
ルールを守るのは、当たり前。
そこにコンプライアンスという横文字が加わる必然性があるのだろうか。
昨今のスポーツ界において考えると、個人の私生活で大麻や博打などの法令違反が起ったことから、選手を集めてコンプライアンス研修をするというなら、まだ分かる。
しかし、今回の日大アメフトの問題は、そういうものじゃない。
ゲーム中の、問題なのである。
コンプライアンスとか、コーポレートガバナンス(企業統治)という英語、最近よく聞く。
これらの言葉、エンロンやワールドコムの粉飾決算事件からアメリカで強く叫ばれ出し、その結果、SOX法(サーベンス・オクスリー法、企業改革法)が成立した。
また、日本企業においても、法令違反のニュースが毎日のように報道されている。
だから、コンプライアンスという言葉は、企業にとって語られるのなら、まだ分かるし、政治家や官庁の役人には、まさに今語られるべきことかもしれない。
しかし、スポーツのゲームそのものに関して語られるのって、なんか違っていないかなぁ。
もっと言うと、日本の企業に関しても、コンプライアンスやコーポレートガバナンスというカタカタは、もう使わない方が良いのではなかろうか。
横文字を使うことによって、どうも、誤魔化しを感じてしまうのだ。
あまりにコンプライアンスを強調すると、「ルールさえ守れば」「法令の範囲内であれば」、なんでもやっていい、という開き直りが透けて見えないだろうか。
社会のルール、ゲームのルールを守るのは当然なのである。
私も大学時代に体育会の運動部に四年間在籍した。
恩師に巡り合い、結婚式の仲人をお願いした。
九年前、その恩師は旅立った。
年齢を重ねるにつれ、文字通りに同じ釜の飯を食べた仲間との同期会が楽しみになる。
会えば何も言わなくても、通じる仲間たちだ。
ヘタクソばかりの十人が、一人も欠けずに、四年間を共にした。
よく話題になるのは、過酷なトレーニングのこと。
今ではとても想像できないなぁ。
一回生から順に五十回づつ回数が多くなる腹筋、背筋・・・・・・。
先に出来た者は、遅れた者を心から「がんばれ」と、励ます。
冬の練習の仕上げは、京都御所から三千院往復マラソン。
怪我をして不参加な者は、スタッフになり、水を手に沿道から彼らを励ます。
体力の衰えはもちろんあるが、あの時の蓄えは財産だ。
日大アメフト部の加害者となった彼も、同期のメンバーも、そういう再会を何十年か後に笑って迎えることはできるのだろうか。
私にとって大学運動部の指導者たちは、人生の師であった。
そして、その指導は、守るのは当然のルールを問題とするのではなく、モラルを大切にするものだった。まず、人間であれ、ということ。
今日の大学スポーツも政治も、本来語られるべきは、モラル、倫理、ではないのか。
コンプライアンス研修という言葉を目にして、そんなことを考えていた。
