噺の話

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柳家小満んの会 吉野町市民プラザ 5月17日

 久しぶりに、この会へ。

 奇数月の開催だが、何かと野暮用と重なり、一月と三月は行けなかったので、今年初。
 会場に着いた時は、開口一番、林家彦星の『道具屋』のサゲ近く。
 なんとも、棒読みだなぁ。

 できるだけ静かに、空いている席に座った。

 客の入りは、80人位だったろうか。200席の会場なので、それほど空虚感は、ない。
 小満んのネタ出しされている三席、順に感想などを記す。

柳家小満ん『花色木綿』 (30分 *18:45~)
 結論から。絶品だった。
 ネタ出しが『出来心』だったが、『花色木綿』としたほうがよいだろう。
 寄席でも、宵のうち泥棒ネタが多く、これは「お客さんの懐に飛び込もう、ということで」というマクラそのもので、しっかり、聴く者の懐に飛び込んできた。
 「(泥棒に入る時は)裸足で入っちゃいけねえ。足の油で、ぬちゃっと音が出る」というのは、初めて聞いた。
 軽い口調なのだが、そのリズムが、この日は実に良かった。たとえば、出来の悪い泥棒の新米が「やじり切りに入りました」と言うと、師匠(?)が「土蔵破りか」と即座に答えるあたりの呼吸が、なんとも心地よい。
 しかし、「親分、それが大笑い」と新米。間違って寺に入って、墓場に抜けたという大失敗。「星を見て気が付いた」「そら、見たことか」などのクスグリも、なんとも可笑しい。「せっかくだから、卒塔婆を持って来た」「そんなもん、何にする」「カンナで削って、冬にスキーでもできるかと」なんてぇ軽妙なやりとりが続く。
 こじんまりしていて綺麗に掃除がしてあって、電話のあるような家に入るんだ、と言われた新米「そういう家に入ったんですよ、親分。それが、大笑い」なんと、そこは交番。「つかまるのに、世話がない」と言う新米が、楽しい。
 空き巣狙いに出かけた新米泥棒の失敗が続く。最後の長屋、入るとケヤキの如鱗杢の長火鉢があり、南部の鉄瓶にお湯が沸いている。鍋の中には、出来立てのおじや。
 これ幸いとおじやを食べる場面が絶妙。「あわてちゃいけねぇぃ。あわてて出世したのは、ボラばかり」などと呟きながら、丁寧に椀のおじやを箸でぬぐって食べていると、外から人の声。そこの住人、八五郎が帰ってきたのだ。裏は崖で逃げられないので、縁の下へ。
 新米泥棒、一軒前の家で慌てて逃げたので、下駄を置いてきた。その汚い足で上がったから、足跡がついている。「泥棒か!?」と驚く八五郎だが、ちょうど家賃がたまっていたので、この泥棒が貯めていた家賃を盗んだことにしよう、という悪知恵が浮かんだ。
 大家を呼んでくると、警察に盗難届を出すから、盗まれたものを言え、と言う。
 実際に盗まれたものは、干してあった褌と、おじや(食い逃げ)だけなのだが、金の茶釜や布団などを挙げる八。大家「布団の表は」「表は、にぎやか」などのトンチンカンな会話が、笑える。八五郎が、大家さんの家の布団と同じと言うと、「表が唐草、裏は花色木綿」ということになり、それからは、黒羽二重も帯も箪笥までも「裏は、花色木綿」と八五郎が
馬鹿の一つ覚えで繰り返すのだが、分かっていても、実に笑える。
 そんな会話の中にも、大家は「蚊帳は一張り」「刀は、一振り」などと数えるんだと教える場面があり、落語はいろいろタメになるのだ。
 縁の下で聞いていた泥棒が、たまらず出て来て、八五郎に向かって「嘘つきは泥棒のはじまりだ」にも笑った。泥棒が八の嘘をバラしていると今度は八が縁の下へ。その八がまた出て来て、泥棒の科白を真似て、「ほんの、出来心でございます」でサゲ。この展開も、ありだろう。
 まさに、軽妙洒脱という形容が相応しい好高座、今年のマイベスト十席候補とするのに、迷わない。

柳家小満ん『鍬潟』 (28分)
 いったん下がって、すぐ再登場。
 マクラで、昔、釋迦ヶ嶽(しゃかがたけ)雲右エ門という大男の相撲取りがいて、ご贔屓と浅草にお詣りに行ったが、人混みがひどく、ご贔屓が賽銭を入れるのを釋迦ヶ嶽に頼んだところ、腕を伸ばしてその賽銭は、屋根の上に乗った、という逸話を紹介。
 逆に、小さな人もいて、と、背丈が二尺三寸の男のお話へ。
 その男が、大きくなりたいと甚兵衛さんに相談に行くと、昔、上方に鍬潟という三尺二寸(小満ん、三尺三寸、とい言い間違え)の相撲取りがいて、あの雷電に勝った、という話を聞かせる。雷電との一番の前、鍬潟は体に油を塗りたくって、八十六度マッタをして立ち、雷電の股をくぐって逃げ回った挙句、後ろから“折り屈み”になって、雷電の膝を叩き、四つん這いにさせた、とのこと。
 小さな男、相撲取りになって稽古し、たくさん食べて寝れば大きく成れるかと思い、甚兵衛さんに頼んで、朝日山部屋に入門。なんとか、稽古をつけてもらい、その日は帰って熟睡。起きると、布団から手足が出ている。「かかぁ、ほら、相撲のおかげで大きくなった」「なに言ってんだよ、それは座布団だよ」でサゲ。
 珍しい小品と思っていたが、この高座も約30分。さて、今回は、いつもよりお開きは遅く庵るかなぁ、なとと思いながら、外の空気を吸いに行った。

柳家小満ん『茶の湯』 (40分 *~20:40)
 仲入り後は、この噺。
 マクラの、カメラマン濱谷浩さんが、ネパール・カトマンズから来日したご友人を茶の湯でもてなした時の逸話が、可笑しかった。内容は、ヒミツ。
 濃茶は苦手で、と「青蛙 おのれもペンキ ぬりたてか」の芥川龍之介の句が登場。このあたりが、小満ん落語の楽しさ。
 利休が茶の湯の作法を考えたのは、堺のキリスト教会でのミサがヒントになってのかもしれない、というのは新説かな。
 茶の湯で、老人たちが回し飲みする際、最初の方の人が、水っ洟を・・・というマクラでは、大笑い。

 あらすじは、随分前になるが、このネタについて書いているので、その内容を引用。
2009年11月5日のブログ
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(1)蔵前の大店の主人、家督を倅に譲り根岸の隠居所へ移る。
(2)供としてつれていった定吉と退屈な日々を過ごすご隠居だったが、
  せっかく茶室があるので「茶の湯」を始めることになった。
(3)しかし、ご隠居も定吉も茶の湯のことはまったく分からない。根が
  ケチな隠居、定吉が探してきた青黄粉で茶を点てようとする。しかし、
  泡が立たないので、またもや定吉が探してきた椋の皮で泡立てる始末。
  このとんでもない代物を茶だと信じて二人は毎日「風流だなぁ」と、
  必死に飲むのだった。
(4)二人はとうとうお腹をくだしてしまうが、今度は他人に飲ませよう
  と企てる。孫店(まごだな)に住む手習いの師匠、鳶頭、豆腐屋に
  茶会をするから来るように手紙を出した。店子の三人、茶の湯の流儀
  を知らないので恥をかくから引っ越そうと思ったが、手習いの師匠の
  真似をしてなんとかその場をしのごうということになり、隠居の家へ。
(5)師匠、豆腐屋、鳶頭の順でなんとかひどい茶(もどき)を飲んだもの
  の、まずくて口なおしに羊羹をほおばって退散。隠居は懲りずに近所の
  者を茶会に呼ぶのだが、噂が広まり、呼ばれた者は飲んだふりをして、
  羊羹をいくつも食べていく始末。羊羹代が馬鹿にならない勘定になって
  きた。ケチな隠居、何か安く菓子を作れないかと考え、薩摩芋を買って
  きて蒸かして皮をむき、すり鉢に入れて黒砂糖と蜜を加え、すり粉木で
  摺って椀型に詰め型から抜こうとするがべとついてうまく抜けない。
  そこで胡麻油がないので灯し油を綿にしめして塗るとうまく抜けた。
  この油まみれの物体に「利休饅頭」などと名付けて客に出すことにした。
(6)ある日、蔵前にいたころの知り合いの吉兵衛さんが訪ねてきたので、
  さっそくお茶(もどき)を点てる。吉兵衛さん、隠居がいつもより多く
  椋の皮を入れて泡だらけになった液体を目を白黒させて飲み込んで、
  今度は口直しにと「利休饅頭」をほおばったが、とても食べられる代物
  ではなく、あわてて便所へと逃げた。
(7)吉兵衛さん、饅頭を捨てようとするが掃除が行き届いた縁側には捨て
  られず、前を見ると垣根越しに向こう一面に菜畑が広がっている。あそ
  こなら捨ててもいいだろうと放った菓子が畑仕事をしている農夫の横っ
  つらに当たった。農夫の「ははは、また茶の湯か・・・・・・」でサゲ。
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 この噺は、まず、ご隠居と定吉との会話に魅力がある。
 冒頭の会話には、このご隠居と定吉が繰り広げる騒動を予感させる、二人の性格の一端がかいま見える。麻生芳伸さんの『落語百選』を元に再現。

定吉 少しはご近所の様子をとおもいまして、ひとまわりしてみましたが、
   蔵前とちがって、根岸てえところは寂しいとこですねえ
隠居 なぜ寂しいと言う。おなじ言うなら、閑静と言えば雅があっていい
定吉 ご近所に住んでる方、みんな上品な方ばっかりで・・・・・・
隠居 そりゃそうだ、なんといっても風流な土地だからなァ
定吉 お向こうの垣根のあるお庭の広い家があるでしょ?あそこでね、いい音が
   してンですよ、なんだろうって、そうっと行って覗いて見たら十七、八の
   娘さんが琴をひっかいていました
隠居 ひっかくてやつはないよ。猫じゃあるまいし・・・・・・琴は弾じる、
   あるいは調べるとでも言うもんだ

 小満んは、定吉が垣根をかぎ裂きにして覗いた、と言っていたような。
 「風流」が、この二人の会話のキーワード。
 知ったかぶりの隠居と、大胆不敵な定吉によって、何人もの犠牲者を出すことになる。
 小満んは、このご隠居、赤ん坊の頃に、母親の乳房にぶら下がりながら、片目で茶の湯を見ただけ、と言って笑わせた。
 小満んの高座、主役二人の会話の楽しさ、加えて、青黄粉と椋の皮とで茶もどきをたてる仕草などの可笑しさに加え、孫店の騒動、鳶頭の啖呵の切れの良さなども程よいアクセントとなって、まったく、飽きさせなかった。
 これまた、今年のマイベスト十席候補とすべき逸品。

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麻生芳伸編『落語百選-秋-』(ちくま文庫)

 参照した麻生芳伸さんの『落語百選』の麻生さんの解説が、なんとも楽しいので、紹介したい。
«解説»「落語」から見た<風流>の実態、<風流>に対する痛烈な反抗(レジスタンス)が込められた一篇。茶、生花(いけばな)などのとりすました、お体裁の、しかも高額な免許、伝授料をとるーいわゆる<流儀>に、日ごろ「なにをくだらねえことをやってやンでッ」と、一撃を加えたくなるのは、筆者ならずとも、庶民だれしもが心の底に抱いている感情・・・・・・衝動であろう。
 そもそも・・・・・・と、茶の湯の発祥に関して<解説>を記すほど、筆者は残念ながら知識も見聞も持ち合わせていないが、わずかな愚見を述べれば、・・・・・・豊臣秀吉が天下を取って、南蛮渡来の絢爛豪華、贅沢三昧の、いわゆる桃山文化の時代に、千利休が二畳の部屋を造り、野の木を切って、杉の皮や葉で天井を作り、そこへ秀吉を招き、朝鮮の庶民の井戸端にざらに転がっているような茶碗に、茶の湯をたてて、自然な、素朴なものに秘められた真実の<美>をたたきつけた、のだった。つまり、それは千利休が体を張った、命がけの、秀吉に対する挑戦であり、ルネッサンスだったのである。-それが<原点>であり、最初の意図だったのである。・・・・・・ところが、その<原点>が忘れられ、その後、千利休の帰依者や研究家によって理論家され、形式化され、<侘び>だの<寂び>だの、やれ<表>だの<裏>だのと、こじつけられ、体系づけられて、それぞれの<流儀>が派生し、その<流儀>を習得することが、茶道の心に通じると、いつのまにかすりかえられてしまったのではないか。

 なかなか、読んでいて、スッキリする内容。
 そうなのだ、落語は、権威的なるものに対して、笑いで反抗する芸能でもある。


 さて、お開きとなり、今回は佐平次さん欠席で、Iさんと二人のミニ居残り会。
 もつの塩煮込みが美味しいお店で、落語をはじめ、いろんなお話。

 なんとか、日付変更線を越えずに帰還。
 
 久しぶりに、小満ん落語を満喫した夜だった。

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Commented by saheizi-inokori at 2018-05-19 10:30
いいな、いいな。
Commented by kogotokoubei at 2018-05-19 13:56
>佐平次さんへ

そうでしょう。
逃がした魚は、でかいですよ^^
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by kogotokoubei | 2018-05-18 18:53 | 寄席・落語会 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛