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噺の話

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2018年4月、北海道への帰省(2)

 昨日は、実家近くの伊達開拓記念館周辺を散策し、その近くにある宮尾登美子文学記念館に立ち寄った。

 まず、開拓記念館のことについては、昨年12月に、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で放送された「北の大地に夢をひらけ! お殿さまの北海道開拓史」のことからご紹介。

 NHKのサイトの同番組のページから、引用。
NHKサイトの該当ページ

エピソード1 北に懸けた八千人の命

幕末、戊辰戦争に敗北し、領地を400分の1にされてしまった亘理(わたり 宮城県)の伊逹家。家臣とその家族、武士の誇りを守るため、当主の伊逹邦成(だて くにしげ)が決断したのは「北海道開拓」でした。未知の大地にすべてを賭ける―邦成たちの覚悟を後押ししたのは不思議な飾りのよろいかぶと―。

 ということで、北海道胆振支庁にある伊達市は、仙台伊達藩の支藩である亘理藩の伊達家が開拓した場所。

 エピソード2も、引用。

エピソード2 「和」で荒れ野を切り開け!

新天地・北海道に渡った伊逹家主従は、すぐさま苦難に見舞われました。開拓のための農具や種を積んだ船が事故で着かず、土地を耕すどころか深刻な食料不足に陥ります。絶体絶命の危機に対し「3つの和」でのぞんだ邦成。窮地を乗り切る「和」の秘策とは?

 伊達家主従の苦難の歴史の詳細は、また後日書くことにしたい。

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 この写真は、開拓記念館敷地内の、迎賓館。

 「歴史秘話ヒストリア」でも詳しく紹介されていた。

 どのような建物かは、伊達市のサイトからご紹介。

伊達市サイトの該当ページ

迎賓館は、伊達邦成が伊達の開拓にあたった功績で明治政府から男爵の位を受けた祝いに、家臣らによって明治25年に建てられた邸宅です。
当館は、洋室と和室を取り合わせた構造で全体的に数寄屋(茶室)風の書院造の建物で、開拓状況視察のために来道した明治政府高官や開拓使などを接待するために利用されました。
平成4年に市の有形文化財に指定されています。


 賊軍として新政府から追われるように北海道へ移り住んだ伊達邦成一行だが、開拓の成果を評価され、男爵となったのは、歴史の皮肉とも言える。

 これが、伊達邦成公の像。
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 実は、伊達開拓記念館は、昨年11月末に閉館している。

 なぜかと言うと、よりパワーアップした施設を現在建設中であるからである。

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 来年春に、開拓記念館の展示内容を含む、「だて歴史文化ミュージアム」がオープン予定なのである。

 来年も、また来なくちゃ!

 このミュージアムは、道の駅のすぐ近くに建設中なのだが、同じ敷地内には、びっくりドンキー伊達店がある。

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 そして、店内では、同じグループ企業である牧家(ぼっか)のチーズなどが販売されている。

 実は、伊達は、牧家の所在地なのである。
牧家のサイト


 日曜の夕食では、牧家のカチョカヴァロチーズ、杏仁豆腐を楽しんだ。

 亘理藩、伊達邦成主従が開拓した伊達の牧場で、新たな食の歴史が刻まれている。

 そして、その地に、宮尾登美子さんの文学記念館がある。

 土佐出身の宮尾さんが、なぜ伊達との縁が出来たのか・・・・・・。

 そして、この地で、どんな宮尾作品が生まれたのか、などは次の記事にてご紹介。

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by kogotokoubei | 2018-04-24 10:05 | 小さな旅ー2018年4月、北海道への帰省 | Comments(0)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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