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「はなしの名どころ」管理人さんの本(4)ー田中敦著『落語と歩く』より。

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田中敦著『落語と歩く』(岩波新書)

 この本から、四つ目の記事。

 落語を調べる際に度々お世話になる「はなしの名どころ」の管理人さん、田中敦さんの本。
「はなしの名どころ」
 
 円朝の「上野下野道の記」について書いているので、やはり、同時代に円朝と対抗していた談洲楼燕枝についても、本書からご紹介しておきたい。

  「第4章 三遊亭圓朝と人情噺」より。

 初代談洲楼燕枝

 初代談洲楼燕枝は、三遊亭圓朝とならび称される落語家です。亡くなった年も圓朝と同じ明治三十三年(1900)でした。市川團十郎と親交が深かったことから、柳亭燕枝から談洲楼に亭号を改めました。今でも作品が演じられる圓朝にくれべて、残念ながら燕枝の作品を耳にする機会はほとんどありません。

 本書の発行は、2017年1月。
 著者田中さんにしては、柳家三三が『嶋鵆沖白浪』を口演していることをご存知ないのかなぁ、とこの部分を読んで不思議に感じた。

 とはいえ、円朝作品に比べれば、あまりにも燕枝作品は知られることがないのは事実だ。

 著者は、書籍やネットで知ることのできる燕枝の作品を紹介してくれる。

 現在、手軽に読むことができる燕枝の作品は、『名人名演落語全集』第一巻(立風書房、1982年)に掲載された「西海屋騒動」の一部、「続噺柳糸筋(やなぎのいとすじ)」の長編人情噺と数題の落語に過ぎません。よく筆が立つ人で、速記者を頼まず自分で原稿を書きました。そのためか、修辞に富んだ文語的な表現が多く、今の感覚では読みにくいと感じられます。演題のんみが伝わっている作品を含め、『名人名演落語全集』に燕枝の全作品リスおTが載っています。
 なお、下記の燕枝作品については、インターネットを通じて読むことができます。
「島鵆沖白浪(佐原の喜三郎)」「善悪草園生咲分(よしあしぐさそのうのさきわけ)」「墨絵之富士」「仏国三人男」(フランスの翻案もので、地名の一部が二本のものに置きかえられている)。また、雑誌『百花園』には、しばらく客演のように三題噺を連載していましたが、三十一号からは、「海気の蝙蝠」「元旦の怪談」(『クリスマス・キャロル』の翻案)、「痴情の迷」「函館三人情死(しんじゅう)」「怪談 浮船」「和尚次郎心の毛毬栗(いがぐり)」と次々と作品を発表しています。
 へぇ、『クリスマス・キャロル』の翻案まで演っていたんだ。

 この後、「函館三人情死」のあらすじと、その舞台への旅の思い出がつづく。

 それにしても、燕枝のネタ、島鵆と西海屋以外、知らなかったなぁ。

 ぜひ、ネットで読むつもりだ。

 さて、本書の最終章に移る。

 「第5章 失われゆくもの 残す力」から。 

 著者田中さんならではの提言が語られている。

 何千とある落語名所との出会いは、個人にとっては一期一会。ほとんどが二度と訪れることのない場所でしょう。ところが、誰も来ないと思うような山奥に入っても、誰かしらの踏み分け道があるものです。どんな場所でも、一年を通してみれば、何十人、何百人という人がその地を訪れているはずです。一人ではできないことも、多くの人の経験が寄せ集まると、自然と大きな残す力になると考えます。

 「上野下野道の記」の旅で紹介したように、田中さんは、すでに今は幹線道路ではない山道も辿って、落語の舞台を探索している。

 きっと、こんなところに来るのは自分一人だろう、と思える場所も多かっただろうが、たびたび「えっ、こんなところにも来ている人がいる!?」と、驚かれたのに違いない。

 道や橋や昔の味わいのある地名などが、時の移ろいの中で失われていくことへの憂いから、なんとかならないか、と思う気持ちには共感できる。
 
 落語の速記として残されたものもあるが、演目のみは残っていて、その中身は謎のものだって多い。

 数多くの速記本に目を通し、日本全国の落語の舞台を訪ねた著者田中さんは、消えて行く落語、そしてその舞台のことを、大いに案じている。

 そこで、提言。

 落語の文庫(アーカイブ)
 
 すでに演芸関係の図書館・資料館が、関連図書や演者の愛蔵品などの収蔵を行っています。ここで保存しておこうと提案しているのは、個人でもできる範囲のものです。たとえば、落語名所の写真や土地にまつわる聞き書きといった、もっとバーチャルなものになります。
 取り壊されてしまった建物や、変わってしまった風景などが、古い絵はがきに写真として残されていることがあります。名所旧跡にくらべて、むしろ、ありふれた路地のたたずまいなどの方が、写真に残っていないのかもしれません。残らないものは、残すしかありません。持っていないならば、集めることです。まずは、失われてしまわないうちに収集・保存しておくことが先決でしょう。

 読んでいて、田中さんが、あの「はなしの名どころ」という膨大な落語情報のサイトをつくった動機が、分かったような気がした。

 田中さんは「文庫(アーカイブ)」以外に、「籾蔵(レポジトリ)」という言葉も使っている。

 落語の籾蔵(レピジトリ)

 江戸時代には、飢饉のときなどに備えて籾すりしていない米を備蓄する籾蔵というものが設けられていました。「梅若礼三郎」では、寝たきりの亭主を抱えた夫人が幕府に籾蔵の配給を願うくだりがあります。上方落語の衰退を愁いて、五代目松鶴らが四十九冊の雑誌『上方はなし』を出版したことは、第3章に書きました。先人が籾蔵に残した種籾が、蒔かれ育てられ、今の上方落語の美田につながっているのです。
 落語の文庫は、それを公開し、利用してもらうことで、将来的には籾蔵になるかもしれません。もちろん、権利関係の問題など、解決すべき課題はあるでしょう。遺伝子資源の宝庫である世界中の植物の種子は、国家間の難問を乗り越え、実際にノルウェーの極寒の島の地下深くの種子貯蔵庫に保存されていると聞きます。公開の時が来るまで、奥蔵に眠らせておくのでも構わないと思います。また、落語の知恵だけでなく、愛好家の本業の知恵を集めれば、技術的な面も運用面もきっとクリアできると期待しています。
 
 籾蔵、という言葉、なかなか味わい深い。

 膨大な落語速記本に目を通し、その多くの舞台を踏破してきた著者だからこその提言なのかもしれない。

 このあと、著者田中さんは、自分たちで落語の名所をつくろう、という提案をしている。
 コイン程度の小さなプレートでもいいから、落語の名所に、そっと置いてみましょう、というのだ。

 なるほど、それは、楽しそうだ。

 これにて、このシリーズは、お開き。

 ぜひ、私も、小さい旅でもよいから、落語と歩いてみようと思う。

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Commented by 寿限無 at 2018-04-09 13:14 x
拝読させていただきました。
さて、速記本に限らず、音源からパンフレットにいたるまで落語および噺家に関するあらゆる資料の収集、保存が必要ということなのでしょう。つまり、そうすることであまねく「みんなの」ために、遠く「未来に」向けて、落語の記録史料を保存し、公開活用するというアーカイブズをしなくてはいけません。このアーカイブズは、本来ならば、社団法人である落語協会と公益社団法人である落語芸術協会が協力して行われるべきものと思っておりますが……。
Commented by kogotokoubei at 2018-04-09 15:18
>寿限無さんへ

ご指摘、ごもっともです。
両協会には税金による補助金が支払われています。
落語を普及させ、また、将来のために、田中さんがおっしゃる「籾蔵」をつくる責務が、本来は協会にあるように思います。
しかし、べき論だけでは物事が進ままないのも事実で、まずは自分ができることを丹念に続けよう、ということで本書や「はなしの名どころ」というサイト構築を田中さんは行っていらっしゃるのでしょう。
私も、及ばずながら何かできないものか、と考えてはいるのですが、今は、せいぜいこのブログ位しかできないのが実態です。
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by kogotokoubei | 2018-04-08 15:50 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛