噺の話

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「はなしの名どころ」管理人さんの本(1)ー田中敦著『落語と歩く』より。

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田中敦著『落語と歩く』(岩波新書)

 昨年一月岩波新書で発行された本『落語と歩く』を、つい最近読んだ。

 著者の田中敦さんは、円朝ネタなどをはじめ、落語を調べる際にたびたびお世話になる「はなしの名どころ」というサイトの管理人さんだ。
「はなしの名どころ」のサイト

 この本の著者があのサイトの管理人さんと分かり、読んでみてその統計データに圧倒され、あのサイトの情報量の凄さにも、むべなるかなと納得。

 著者の田中さんは、落語速記本に収録されている落語のネタや、その中に登場する膨大な地名を丹念に拾っている。

 それらの調査を元にして、「計量落語学」「落語地理学」という分野があってもいいのではないか、と提唱している。

 なるほど、これだけの調査をしていると、一つの学問になるなぁ、と思わざるを得ない。

 たとえば、「第2章 ぐぐっと落語と歩こう」には、次のような観点で作成した表を掲載されている。

 長井好弘の『新宿末広亭のネタ帳』(アスペクト、2008年)は、計量落語学のはしりとも言える本です。寄席では毎日演じられた演目は、ネタ帳と呼ばれる和綴じの帳面に記録されます。『新宿末広亭のネタ帳』は、その名のとおり、新宿末広亭に保存されたネタ帳の内容を、七年間にわたってデータベース化したものです。七年間で演じられた落語の総数は、6万1775件にもなります。これだけの数があると、演目別、演者別など、さまざまな切り口で料理することができます。ここでは、口演数の多いベスト30を、書籍での収録数とくらべてみたいと思います(表1)。なお、おもに東京落語がかかる新宿末広亭の口演数とくらべるため、上方落語は表の集計から除いています。

 この圧倒的なデータベースに基づくランキング、ベスト10のみ抜粋し引用したい。
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      書籍での収録数            寄席での口演数
 (1945-2000)     (2001-2015)       (2001-2007)
  演 題   件数   演題   件数     演題   件数  
1.粗忽長屋    64  饅頭怖い   42    子ほめ   1486
2.王子の狐    56  寿限無    40    替り目   1350
3.芝浜      53  芝浜     32    たらちね   950
4.船徳      52  時そば    31    真田小僧   950
5.饅頭怖い    52  死神     27    初天神    886
6.粗忽の使者   49  粗忽長屋   23    桃太郎    794
7.道具屋     49  猫の茶碗   22    親子酒    739
8.小言幸兵衛   44  目黒のさんま 20    手紙無筆   706
9.出来心     44  転失気    19    長短     646
10.明烏      43  あくび指南  17    転失気    643
 (全1782題9216件)  (全1062題2736件)       (全61775件)
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 寄席の上位演目は、なるほど、寄席のネタだなぁ、と思うが、速記本の上位のネタは、意外な印象。 
 

 2000年までの速記本ではトップ10入りしていた「小言幸兵衛」は、2001年~2015年発行の速記本で、トップ10どころか30からも姿を消しているのが、残念・・・・・・。

 長井さんの末広亭のネタ帳集計の努力もすごいが、田中さんの膨大な速記本を元にした統計づくりも、並大抵じゃないね。

 ちなみに、長井さんの『新宿末広亭のネタ帳』は、以前に紹介したことがある。
2009年7月16日のブログ

 本書では、統計数値がいくつか並ぶが、決してお堅い本ではない。
 いくつかのネタを元に、筆者が実際に舞台を歩く様子が、切絵図を元に落語が作れらた頃の地名と現在の地名などもわかり易く説明された、旅の楽しいガイドとしても優れている。

 たとえば、『黄金餅』の道中付けをなぞって、ハロウィンの夜に歩いた内容。

 下谷の山崎町の最寄りは上野駅。スタートするまでは「黄金餅」のルートに触れたくないので、山崎町と逆側の公園口から両大師橋を渡り、首都高上野線をくぐって東上野へ着きました。時刻はちょうど午前零時。重い荷を担いだと思い、ハロウィンの晩の様子を観察しながらゆっくりと歩き、夜明けまでには桐ケ谷に入る予定です。昼間の散歩と違って、細かいものを見るのはあきらめ、できるだけ「黄金餅」のルートに寄りそうことを心がけたいと思います。
 東上野はバイクショップが目立つ町。銀座線が車庫へ向かうためにある、地下鉄には珍しい踏切を通り過ぎ、城壁のようにそびえる上野駅に沿って南へ向かいます。日付が変わるのを待ちかねたように、道路工事や鉄道の作業員が繰りだしてきました。地面に坐りこんでいるのは、路上生活者とおぼしき女性です。ハロウィンなどとは無関係に、日々を生きています。
 上野駅の正面口あたりが、上野山下。ぐっと曲がって、三橋(口演では三枚橋)の跡をいつの間にか越え、上野広小路を進みます。深夜にもかかわらず人通りは多く、すさんだ感じがただよいます。立ったままカップ麺を食っている巨漢がいます。「ねえ、朝まで飲まない」と声をかけてくる女性をいなします。

 その夜の情景が浮かぶ、なかなか味わい深い文章。
 私なら、朝まで飲まない、と声をかけた女性を、いなすことができたかどうか^^

 また、膨大な落語の速記本を読みこなしている筆者なので、こんなことも教えてくれる。
 現行の「黄金餅」では、すぐに桐ケ谷の場面になりますが、四代目橘家圓蔵の速記では、もういちど道中付けが出てきます。

 二度目の道中付け

 同じことを二階繰り返すのはいただけないと考えたのでしょう、現代の演出では、このくだりをやりません。しかし、桐ケ谷までのルートを知る上では、大変ありがたい言い手たてです。そのルートは以下んぽようです。絶口ー相模殿橋ー右へ曲がり、日限(ひぎり)地蔵、大久保彦左衛門様の墓地ー突きあたって右、白金の清正公様の前ー瑞聖寺(ずいしょうじ)の前をまっすぐー桐ケ谷の焼き場(四代目橘家圓蔵、『文芸倶楽部』大正二年一月定期増刊号“出世かがみ”)
 これだけ書いてあれば、迷いません。四之橋(しのはし、相模殿橋)で古川を渡り、四之橋商店街からくねくねとした道を、大久保彦左衛門の墓地のある立行寺(りゅうぎょうじ)から、日限地蔵の松秀寺の前を通って桜田通りへ出ます。「井戸の茶碗」の舞台である白金の清正公こと、覚林寺に寄り道し、目黒通りの日吉坂を登って進むと目黒駅。行人坂の方へ道をとり、太鼓橋で目黒川を渡った先は、もはや当時の田舎道をトレースできませんから、適当に歩いて桐ケ谷斎場へ着きました。午前五時十五分。つごう十七キロほどの夜間散歩でした。東の空は、わずかに白んできているようですが、東京の街の灯りに負けていました。

 この、桐ケ谷までのもう一つの道中付けは、知らなかった。
 
 この本を読むと、これまでメールでやりとりをしたことはあるが、より身近に「はなしの名どころ」の管理人さんを感じることができる。


 次回は、圓朝ネタの旅をご紹介するつもり。

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Commented by saheizi-inokori at 2018-04-03 21:44
いやはや、落語の森に彷徨いそうです。
Commented by kogotokoubei at 2018-04-04 08:25
>佐平次さんへ

そうなんです。
田中さんが踏破してきた落語の森の奥深いこと。
サイトでも旅の成果が紹介されています。
こうやって一冊の本になり、あのサイトが出来た背景を知ることができました。
ここまで踏み込んでいらっしゃる方を知ると、ある意味の感動をおぼえます。
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by kogotokoubei | 2018-04-03 20:25 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛