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二十代の談志を振り返る(3)ー立川談志著『現代落語論』より。

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立川談志著『現代落語論』(三一新書)
 このシリーズの三回目。

 これまでも何度か書いていることだが、立川談志という人は、落語の演者以上に、落語をはじめとする幅広い芸能の目利き、水先案内人として実に優れた人だと思っている。

 たとえば、かなり前に記事にしたが、『談志絶倒 昭和落語家伝』などは、その優れた審美眼が見事に発揮された本だと思っている。
2011年11月29日のブログ

 『現代落語論』から、二十代の談志が、どのような噺家や芸を評価をしていたのか、拾ってみたい。

 本書では、文治、文楽、志ん生、そして師匠小さんのことも書いているが、私は、今回紹介する噺家や芸についての談志の指摘が興味深い。

 まず、談志は落語を楽しむ段階の進み方について、次のように書いている。

 落語の超越した笑い

 落語家の誰と誰が好きということで、失礼ながらだいたいそのお客さんの噺にたいするセンスとキャリアがわかる。
 落語が好きになって、噺家が好きになっていくふつうのコースとしては、わたしが学生の頃はまず、最初に観客をわかす、おもしろい芸人が好きになる。そのうちに古典落語がベースの寄席でいい芸に多く反応があった当時は、このお客さんに引きずられて、やがてはキチンとした技術で演じてくれる、いわゆる本格派というべき人たちが好きになってくる。アクの強い芸人や、イヤ味で表現のオーバーな笑いをふりまく芸人がでてくると、本を読んだり、喫煙室へ行っちゃったり、それよりも笑いは少なくても、サラリと演じてくれる芸人を好むようになってくるにちがいない。
 これを通過すると、今度は、本格派は当然のことながら、この小児科といっていた笑い専門のような人たちの中からアナクロニズムの楽しさや、妙な部分を探しだしてきては同じ仲間と楽しむようになる。

 なるほど、この説は、よく分かる。
 まず、笑いの多さに惹かれ、次第に本格派に傾き、その後、避けていた“小児科”の中からも個性的な味わいを発見・・・私もそんな“コース”を歩んできたような気がする。

 談志は、この後、次のように続ける。
 この楽しさは最高で、こういった話をしながら飲む酒ぐらいうまいものはない。
 “コリャコリャであり、べけんやであり、あばらかべっそん”であるわけだ。 
 コリャコリャといってもべけんやといっても普通の人にはかいもく分らないだろう。
 要するに分る人だけのもので、説明のしようがない。
 “どしたい昨夜は?”
 “コリャコリャ、バカなコリャコリャ”
 “べけんや、かい”
 “バカなべけんや・・・・・・”

 この仲間だけの会話の楽しさのこと、よく分る。

 我々の居残り会の会話など、落語を知らない人には、まさに“コリャコリャ”や“べけんや”と聞こえるのだろう^^

 では、談志と仲間たちにとって“べけんや”だったのは、どんな人、どんな芸だったのだろうか。

 鈴々舎馬風の『支那の落語』という無茶苦茶な漫談にある、
 “コニチワ”
 “タレカ、タレカト オモタラ オマエハ チンケカ”
 “ソウイウ、オマエハ インキンカ”
とか、春風亭柳好の『野ざらし』や『棒だら』にこの上なく愛情を感じる。
 この種の笑いというものは落語を知りすぎているため、自分を一つ高いところにおいてこの種の笑いをそれを以下にして楽しむというキザなものでがけっしてなく、本当に心からそれらが楽しいのだ。この種の中には、本格派といわれる、桂三木助の『味噌蔵』における、
 “ドガチャカ、ドガチャカ”
 “あんな、ドガチャカの好きな奴ァない”
というくだりも入るし、春風亭柳枝の自分を卑下した古い噺家の口調で、
 “お客様の方にはございません。われわれにはあるんでございます”
 といったただこう書いたのではまるでおもしろくもなんともないが、“あるんでございます”という柳枝のなんともいえないニュアンスとか、これらは、上手か、個性の強い人たちにかぎったもので、その時の演者の下手さを、笑いにかえるのではけっしてない。あくまでオーバーな表現をつかえば尊敬であり、愛なのである。
 おもしろくもない下手な演者からは、よほどでないとこの種の笑いは湧いてこない。
 現在のようにテレビの芸人たちが作るくだらないみえすいた無理矢理に作る口ぐせとか、はやり言葉で笑っているのとはちと違うものである。

 私は、この本での談志を指南役として、それまで知らなかった多くの噺家の名を知った。
 なかでも、春風亭柳枝は、その後、大好きな噺家になった。

 談志が指摘するように、丁寧な柳枝のマクラでの、“われわれにはあるんでございます”などの言葉の味わいは、なんとも言えず“べけんや”なのである。

 私にとって、談志は落語、そして大衆芸能の優れた目利きであり、指南役だった。
 紹介した文にあるように、談志が当時のテレビの笑いに批判的だったことが分かる。
 そこで、彼自身がテレビに新しい笑いを創ろうとしていた。
 本書の発行が昭和40年、あの「笑点」が始まったのが翌昭和41年である。

 さて、残念ながら、今の私に談志に替わる落語の水先案内人はいない。

 いるとすれば、落語評論家などではなく、居残り会の皆さんかもしれない。

 落語会や寄席の後の居残り会での、なんとも“あばらかべっそん”な会話で教えられることは、少なくない。
 
 さて、入船亭扇遊のマクラから思い出して再読した『現代落語論』シリーズ、ひとまずお開きとしよう。

 この本、やはり落語に関する名著であることを再認識した。

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Commented by saheizi-inokori at 2018-03-17 10:46
同じ落語を聴いても人さまざまな聴き方があるのが楽しいですね。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-17 10:52
>佐平次さんへ

おっしゃる通りですね。
だからこそ、居残り会で、他の方の視点や発見が有難い!
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by kogotokoubei | 2018-03-17 10:21 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛