芸術選奨、扇遊と白酒の受賞理由で、思うこと。
2018年 03月 09日
文化庁のサイトから、各部門の受賞者と、受賞(贈賞)理由が掲載されたPDFデータをダウンロードできる。
文化庁サイトの該当ページ
扇遊への贈賞理由は、次の通り。
平成29年2月2日,「入船亭扇遊 独演会」(東京・国立演芸場)での落語「鼠穴(ねずみあな)」は,絶品の芸だった。兄弟の確執をべとべとさせる手前で押しとどめ,江戸の冬の一場面を輪郭もはっきりと描き切った。日頃聞かせる落語の質はどれも高く,「牡丹灯籠(ぼたんどうろう)」,「付き馬(つきうま)」など,豊作の年だった。古典落語に受け狙いのくすぐりを差し込むことが落語の悪しき潮流になっているが,氏は余計なことを一切入れない。それでいて,きちんとおかしい。高く評価されるべきである。
先月の三田落語会で聴いた『明烏』も、まさに次の評価が当てはまる高座だった。
“古典落語に受け狙いのくすぐりを差し込むことが落語の悪しき潮流になっているが,氏は余計なことを一切入れない。それでいて,きちんとおかしい。高く評価されるべきである”
白酒への贈賞理由は、次の通り。
現今の落語界は,演者それぞれの自由な演出で,多くの実力ある若手が輩出している。桃月庵白酒氏は,その独特の視線からの導入部に始まり,落語本編にあっても,伝承された主題に登場人物が切り口を変えて話す言葉で,原話の深みを観客に再発見させる。高座数は多い中,特に芸歴二十五周年記念の会での「井戸の茶碗」で,その個性ある警句も残しつつ,意表を突くだけでなく,骨太な展開を見せた。今後も数多くの演題の研鑽(けんさん)に大きな期待を持てる存在である。
実に扇遊への評価と好対照、と言えるのが、次の部分。
“独特の視線からの導入部に始まり,落語本編にあっても,伝承された主題に登場人物が切り口を変えて話す言葉で,原話の深みを観客に再発見させる”
“受け狙いのくすぐり”と、“登場人物が切り口を変えて話す言葉”とは、違うということだ。
審査委員には、大友浩さんの名があるので、大友さんの文章かもしれないが、扇遊も白酒も、どちらも適切だと思う。
この評、そして、扇遊と白酒の芸風から、以前、書いたジャズと落語に関する記事を思い出した。
その記事は、ジャズに関して頻繁にお世話になるNelsonさんのサイトの内容をお借りして書いたもので、「イン」と「アウト」がテーマだった。
2014年7月9日のブログ
Nelsonさんは、「イン」と「アウト」について、次のように書かれていた。
従来の定型をそのまま踏襲しながらも個性を発揮する「イン」に対して、自分の感覚を信じて旧弊を打破し、新風を吹き込もうとする「アウト」とでも言えば、当たらずとも遠からずでしょう
Nelsonさんは『中村仲蔵』における八代目林家正蔵と立川志の輔の対比として、「イン」と「アウト」という表現を使っており、実に納得したものだ。
まさに、扇遊は「イン」の達人、白酒は「アウト」の異才、と言えるのではなかろうか。
扇遊の、高い技量で古典本来の楽しさを引き出す芸、白酒の、彼ならではの解釈と感覚で魅せる芸、どちらも受賞するに価すると思う。
文部科学大臣賞の落語協会での受賞は、まだ協会に所属中に受賞した六代目三遊亭圓生(昭和42年)、八代目林家正蔵(昭和50年)、古今亭志ん朝(平成12年)、柳家小三治(平成15年)、柳家権太楼(平成23年)、柳家さん喬(平成24年)、五街道雲助(平成25年)、春風亭小朝(平成26年)に続き九人目になる。
石川さゆりと同時受賞というのが、扇遊にとっては嬉しそうな、そんな気がしている。
師匠白酒は「まあ、好きなようにやってみろ」とでも言っているのか。
「つる」みたいな噺を愚直にやりつくすことが飛躍につながるのではないかと愚考します。
前座、二ツ目までは、まずは本来の噺に沿った「イン」の稽古が優先すると思います。
だから、白酒の弟子は、師匠よりも他の師匠に稽古をつけてもらった方が良いかもしれませんね。どうしても、白酒だから許容できるクスグリをそのまま真似てしまうでしょうから。
白酒の「つる」は、好きですが、あの味を出すのは弟子には無理でしょう。
関心の薄かった客を卓越した話芸で高座に惹き付ける、こうしたことができるのは小満ん、一朝、そしてこのヒトです。
ご指摘の「扇遊のイン」は師匠扇橋からの直伝でしょうか。
私が出会った扇遊の高座で、「今日は、今一つだったなぁ」ということが、一度もないと思います。
客に威圧感を与えることなく、次第に噺の世界に引き込んでいく、という特徴は、たしかに小満ん、一朝にも共通するかもしれません。
師匠の芸と了見をしっかり継承しているように思います。
