噺の話

kogotokoub.exblog.jp
ブログトップ

幻の、三代目林家九蔵について。

 立川談四楼のツイッターで、最初に知ったことだったが、三遊亭好楽の三番弟子、好の助が、師匠の前名である林家九蔵の三代目を襲名する予定だったが、根岸の反対によって、取りやめたらしい。

 いくつかのメディアが取り上げているが、スポーツ報知が図を含めて詳しく扱っていたので、引用したい。
スポーツ報知の該当記事

前代未聞の襲名取りやめ 好楽の弟子・好の助、九蔵襲名に林家正蔵が直前で“待った”
2018年3月3日5時0分 スポーツ報知

 落語家・三遊亭好楽(71)の3番弟子で5月に真打ちに昇進する三遊亭好の助(35)の襲名が取りやめになったことが2日、分かった。真打ち昇進を機に、好楽の前名でもある林家九蔵(くぞう)を3代目として襲名することを昨年末に発表していたが、2月に入り林家正蔵(55)が異議を唱えた。好の助の師匠である好楽は熟慮し、襲名の取りやめを決断。「好の助」のまま真打ちに昇進することを決めた。

 落語家の華々しい門出となるはずの襲名が白紙になる前代未聞の出来事が起こった。「林家九蔵」は好楽が、8代目・林家正蔵(後の彦六)に入門し17年間名乗った名前。彦六没後に5代目・三遊亭円楽門下に移り、好楽と改名した。今回、弟子・好の助の真打ち昇進を機に、愛着のある前名・九蔵を贈ることを決め、8代目・正蔵の遺族や一門の兄弟子の林家木久扇(80)に相談し了解を取り付けた。

 さらに親交のあるアマチュア落語家に宮崎県限定で「九蔵」を名乗る許可を与えていたため、その人を2代目とカウント。好の助を3代目・九蔵とすることで、昨年末に、所属する「5代目円楽一門会」で発表。襲名に向けて準備していた。

 だが、2月に入り襲名を知った林家正蔵と正蔵の母・海老名香葉子さんから“物言い”がついた。香葉子さんから連絡を受け、好楽は東京・根岸の海老名家に出向き、3時間話し合って理解を求めたが、賛同を得ることはできなかった。

 驚いたなぁ、これは。

 披露目のために、すでに案内状なども印刷済み、幟も作っていたようだ。

 これ、根岸の言い分が、理不尽としか言いようがない。

 好楽が彦六の九番目の弟子だったので、九蔵となったのが初めであり、林家九蔵という名に名跡として争うような理由はないはず。

 では「林家」、という一門の名について、根岸が命名の権利を持っているのかどうか・・・・・・。

 そもそも、当代の正蔵の祖父が七代目林家正蔵を名乗っていたとはいえ、六代目正蔵の弟子ではなかった。
 柳家三語楼の弟子で七代目の柳家小三治を名乗っていたが、師匠が当時の東京落語協会(現落語協会)を脱会したため、協会の四代目小さんから、一門の名であった小三治を返すように求められた。小三治の名跡を返上しない間に協会側で八代目小三治が誕生してしまった。五代目柳亭左楽を仲立ちとして、六代目正蔵の遺族から名跡を譲り受けて、七代目正蔵を襲名した、という経緯がある。

 その正蔵の名を、五代目柳家小さん襲名争いで敗れた彦六(当時は蝶花楼馬楽)が、一代限りの約束で、海老名家に許しを得て八代目となった。

 彦六は、先代三平が亡くなった後に正蔵の名跡を海老名家に帰したので、たしかに正蔵の名は、根岸に権利があると言える。
 しかし、彦六が弟子につけた、過去の歴史や由縁などのない九蔵の襲名に難癖をつけるのはおかしい。

 九代目正蔵は、三遊亭が林家を付けることがおかしい、と主張しているようだが、お前の爺さんだって、事情があったとは言え、柳家から林家に替わっているじゃないか。
 好楽に九蔵の名を付けた彦六の正蔵は、いろんな一門で修業してきた関係で、さまざまな名跡を名乗った。
 三遊亭円楽(三代目)を名乗っていたこともある。
 円朝の弟子で多くの昭和の名人たちが教えを受けた三遊一朝の薫陶を受けて、一朝が二つ目だった彦六に前の名の円楽を譲ったと言われる。その後は三代目小さんの預り弟子でもあったし、兄弟子の四代目蝶花楼馬楽の内輪となり、その馬楽が四代目小さんを継いだ時に、小さんへの出世名と言える五代目蝶花楼馬楽を名乗った。

 しかし、五代目小さんは、弟弟子の小三治が襲名することになったことが、林家正蔵を名乗る背景にあった。

 林家九蔵の名は、彦六のご遺族が了承しているのなら、何ら、襲名に問題はないと、私は思う。

 なぜ、根岸が横やりを入れるのか・・・・・・。

 根岸が「林家」の名すべての権利を持っていると思っているとしたら、それは大きな勘違いである。

 また、円楽一門が落語協会を脱退したから林家を名乗れない、と言うなら、林家という一門の名が落語協会の所有物か、という問題にもぶち当たる。

 当代正蔵としては、「できれば林家を名乗って欲しくない」という気持ちを「忖度」して欲しかった、ということかもしれないが、私は、あなたに九代目正蔵襲名について、ぜひ遠慮する「忖度」を期待していたなぁ。

 正蔵という名は、大きいよ。

 とはいえ、マスコミが予想以上にこの問題を取り上げているようなので、結果として、好の助にとっては、名前を売る絶好の機会となったとは思う。

 神田連雀亭で何度か聴いている。
 古典も新作も手がけ、なんとも不思議な魅力のある人で、いわゆるフラのある人だと思う。
 今回の騒動を乗り越えて(利用して^^)、精進していただきましょう。



[PR]
Commented by saheizi-inokori at 2018-03-06 21:55
せっかく正蔵を聞いてもいいなと思っていたのに、母親に勝てなかったのかな。
Commented by at 2018-03-07 06:50 x
圓生襲名問題(こっちは未解決)に続いて、ですね。
詳細でわかりやすいご説明、感服しました。
九蔵を名乗っていた時代の好楽は短髪とTシャツの似合う爽やかなイメージでした。
後に酒豪と知って見た目との落差に驚いた次第。
「根岸の里のわびずまい」に上の句をつければ句になるなんていうから、挑戦しましたがムリでした。
Commented by ばいなりい at 2018-03-07 08:12 x
こぶ平で「九代目正蔵」が務まるのですから、好の助改め「七代目圓生」なんてどうでしょう。「六代目小さん」「九代目文楽」もいることですし(笑)
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 08:40
>佐平次さんへ

ご指摘のように、こぶ平自身より、ゴッドマザーの意向が強いと思います。
「根岸が林家」なんて勘違いをしているんでしょうね。
反戦活動などでは立派だなぁ、と思いますが、やはり権力の座(?)に長くいると考え方がおかしくなるんでしょうか。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 08:44
>福さんへ

根岸にはお妾さんかご隠居でもいればいいんですが、今はモンスターペアレントが主、ということでしょうか。
好楽と二代目三平が、あの番組の収録でどんな会話をするものやら。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 08:47
>ばいなりいさんへ

好の助に円生は、ちょっと・・・・・・。
上方ではセコ文枝に火の手が上がったようです。
やはり、大きな名跡を汚した罰でしょう。
Commented by kanekatu at 2018-03-07 10:26
私も九蔵襲名の件は記事にとりあげましたが、見解は幸兵衛さんとは逆になってしまいました。好楽が圓楽一門への移籍と同時に落語協会を脱退したのが響いているように思います。
この一門の圓生襲名の時のゴリ押しもありましたし。
昨日の落語会では、白酒が好の助改め「七代目圓生」をけしかていました。
「九蔵」の名入り扇子や手拭いは、アンチ海老名家の泰葉に売らせたらどうかとも。
もちろん冗談ですけど。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 11:32
>kanekatuさんへ

この問題、いろんなご意見、見解があろうかと思います。
たしかに、好楽が落語協会を脱退したことが、反対される大きな理由になってはいるでしょう。
先代林家木久蔵が、落語協会にいて林家を名乗り続けていたからこそ、息子にその名を継がせることもできたし、ダブル襲名で興行的にも協会にメリットがあった、ということでしょう。
根岸と好楽一門が和解し、結果として好の助の披露目が盛り上がるのであれば、結果オーライと言えるかな。
これを機に、あらためて名跡とその所有者のことが話題になるかもしれませんね。
Commented by キュー at 2018-03-07 12:29 x
こぶ正蔵さんにはたくさんの弟子がいるので、真打の時に「林家 ●蔵」の名も付けていくでしょう。
その時に「林家九蔵」の名で、ペー門下だと思われるより、三遊亭の方が聞こえは良いのでは?
勝手なイメージですが・・・。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 13:02
>キューさんへ

コメントありがとうございます。
私も、結果として、好の助が三遊亭のままの方が、混乱はないだろうと思います。
大山鳴動して、披露目は大盛況かもしれませんね。
Commented by tatehan at 2018-03-07 17:37
以前に林家彦六・正蔵の身内で「市馬」の名跡を名乗り、その後、引退(?)して落語協会職員となった人物がおられたと聞いたことがあります(大 志ん生の音源に、同人の真打昇進披露の模様が挿入されてたのを聴きました)。ただし亭号(家号)は、現・落語協会々長と同じ「柳亭」ではなく「三遊亭」でしたが…。
この件は、好楽師側では「橘家」の亭号(家号)に絡めての襲名と、昨秋に利きましたが、その時点では好の助クンの昇進が決定していながら、事前に好楽師匠が林家に根回しして了解を取り付けてなかったことが“ボタンの掛け違い”となったのかと思います。
「寝耳に水」の形で、恐らく好の助クンの披露宴(箱崎にあるホテルと本人が高座で言っていました)の招待状を受け取ったであろう当代・正蔵師匠こそ、それこそ狐に抓まれた気分だあったかと思われます(正蔵師にはご子息の三遊亭王楽さんも可愛がって貰っていたようですし…)。根岸の一門をアレコレ仰る方は多いでしょうが、先代・三平師匠未亡人の海老名香葉子さんは苦労人で、物事に筋を通す生真面目な御仁として、(昇進の方は未だしも)今回の襲名には難色を示したのも当然のように感じます。正蔵師にしても協会副会長として、落語界全体で秩序が失われることを懸念してのことかと思います。
恐らく正蔵師はコトが穏便に治まれば披露宴にも出席して、会場受付で自宅地下室から持ち出した多額のご祝儀を奮発するのかと思います。税務署に再発見される前に…。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-07 18:01
>tatehanさんへ

たしかに、ボタンの掛け違い、が問題を大きくしたのでしょうね。
事前に了解を取りに行っていたら、結構、丸く収まったのかもしれません。
私がこの記事で一番言いたかったことは、「正蔵」の名跡の権利を持っていることが、「林家」の亭号を名乗ることの権利と同じではないだろう、ということです。
では、亭号の権利はどこに、誰にあるのか・・・これは、実に難しい問題ですね。

Commented by 清水のずろちょー at 2018-03-08 02:19 x
本来通すべき筋を好楽師匠は飛ばしているような気がしますが。
笑点よりも根岸よりも重要な筋があるような気がしてならないです。正蔵の名跡の歴史は非常に興味深いですが、今回の件とは本質的には無関係ではないでしょうか?
Commented by kogotokoubei at 2018-03-08 08:59
>清水のずろちょーさんへ

コメントありがとうございます。
根岸に事前に了解を得る努力を怠ったということは言えるでしょうね。
他に通すべき筋・・・ですか。
八代目のご遺族の了解を得ているでしょうし、兄弟子の木久翁にも相談したでしょうし、他に、ですか。
私は、林家九蔵という名が誰のものか、という観点から、根岸に所有権はない、と言いたかったのです。
正蔵の名跡の沿革は、やはり大事なことだと思います。
今回の件で、根岸を林家の本家、と位置づけ、そこに九蔵襲名反対の理由を見出す人もいます。
しかし、数代に渡り過去から正蔵を継いできたわけではないので、私は本家的な存在とは思っていません。
Commented by Icchouiri at 2018-03-10 16:33 x
元々7代目正蔵を襲名したのも、師匠に付いて今の落語協会を飛び出したことが発端であり、好楽一門が落語協会から出ていることを理由にした反対であれば、それこそ筋が通らない話しです。
小三治を名乗っていた落語家に、下手な名前は付けられないと、五代目柳亭左楽らが骨を折って正蔵の名跡を譲り受けたのだと推測します。
当代正蔵らの仕打ちは、その時の落語界への恩義を仇で返すものだと思っています。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-10 19:31
>Icchouiriさんへ

コメントありがとうございます。
私も書いていますが、当時の落語協会を飛び出したのに正蔵の名を継げたのは、五代目左楽の存在が大きいでしょう。
そういう意味で、今回の件について、両者の仲をとれるだけの人物がいなかった、ということも、こじれた要因かもしれません。
木久翁あたりが仲介役としてはうってつけだったと思うのですがねぇ・・・・・・。
八代目は歴代正蔵については六代目もよく知っていましたし、百歳まで生きた五代目とも面識がありました。
どちらかというと彦六の方が正蔵の名についてより相応しい、とも言えるでしょう。
根岸は、正蔵の本家的な存在などではない。そのへんを勘違いしていると思います。
Commented by Icchouiri at 2018-03-11 00:12 x
コメントありがとうございます。

歴代の正蔵が、怪談噺、芝居物を得意としたことを考えれば、八代目正蔵は正統的な感じがします。
当代の祖父の七代目は聴いたことがありませんが、柳家伝統の滑稽噺が得意だったみたいで、先代三平も、正蔵のイメージじゃないですね。
八代目も前名は柳系の馬楽ですが、元々三遊だし、三遊亭一朝の影響が大きいようです。
根岸は正蔵の本流でないことは確かですね。

しかも勝手に世襲しちゃってますが、落語に世襲はそぐわないし、仮に世襲できる実力があっても、席亭を含めた有力者が皆相応しいとなって初めて襲名するものですよね。
志ん朝でさえ、簡単には志ん生を継がなかったけど、それが大名跡に対する畏敬の姿勢でしょう。
色んな意味で、根岸は勘違いが酷いように感じます。
Commented by kogotokoubei at 2018-03-11 19:15
>Icchouiriさんへ

七代目のお内儀さんが、息子の三平に正蔵を継がせたい思いが強かったのは、分からないでもないのですが、三平は継がずに亡くなりました。
今度は奥さんの香葉子さんが、息子に継がせたい願い、当時の娘の旦那小朝の後押しもあって、興行としても襲名は成功したと言えるでしょう。
そこまでで根岸としては十分だと、私は思います。
八代目の弟子の襲名に難癖をつけるような歴史的な由縁があるとは、私には思えません。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by kogotokoubei | 2018-03-06 12:47 | 襲名 | Comments(18)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛