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さん喬、鰻初体験の思い出ー『噺家の卵 煮ても焼いても-落語キッチンへようこそ!-』より(1)


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柳家さん喬『噺家の卵 煮ても焼いても-落語キッチンへようこそ!-』
 
 11月5日の東雲寺寄席で、著者柳家さん喬ご本人からサイン入りの本をいただいた。
 筑摩書房のwebマガジン「webちくま」に連載したエッセイを元にした本。

 「第一部 修業時代」「第二部 師匠時代」「第三部 外つ国にて」「第四部 師匠と弟子」の四部構成、全部で二十九の章がある。

 この本、さん喬の修業時代のことを知り、また、人間としていろんな面を知ることができて、楽しく読めた。

 何回かに分けて紹介したいが、最初は、初鰻の思い出。

 文章の途中に挟まれる「落語キッチン」の二回目にある内容なのだが、なかなか趣向を凝らした文体で書かれているのである。

 忘れもしない、鰻を初めて食べたのは、噺家になった十八歳の時です。もっと詳しく言うと、昭和42年7月31日午後六時過ぎのことです。
 入門した年の、落語協会恒例の「夏の寄り合い」の日とデパートの閉店時間という、これらの記憶を辿ると確実な時間や場所が限定させるのです。
 うなぎ初体験のあらましは、こんな事でした。

 被疑者・柳家さん喬は、昭和42年7月31日に千葉県・成田山新勝寺で行われた落語協会「夏の寄り合い」に協会員95名余と参詣し、その後割烹旅館梅屋大広間に於いて親睦会と称した宴会に参加。
 その際、文楽・圓生・正蔵・小さん、超人気者の三平・圓歌、まだ若手だった、志ん朝・小三治・扇橋が余興を行い、全協会員が抱腹絶倒・・・・・・
ーエーッ、どんなことがあったの、教えて教えて!
ーウォッホン、これは本件と関係なき事であるゆえ割愛いたします。
 さて、被疑者は師匠五代目柳家小さんの供をして午後三時過ぎの矯京成電車特急にて成田駅から上野駅に向かい、同駅より地下鉄銀座線に乗り換え銀座駅にて下車、デパート松屋銀座店へ向かった。
 当日は、同店ギャラリーで開催されていた彫刻家・植木力氏の個展の最終日であり、展示作品の中に含まれていた五代目小さんの胸像を、展示会終了後に植木氏より贈呈される約束がなされていた。
 しかしその胸像が大変重く、担ぎ手が必要とされ、被疑者は師の命にて同店に同行した。
 無事植木氏より胸像を受け取り、その場を立ち去ったのが閉店時間の午後六時。
 ここで師より「おい!鰻を食いにいこうか!」と誘われ、いまだに食したことのない鰻なるものに大いなる抵抗を覚えたものの、師の誘いを断る勇気は出ず、未知の食い物への興味関心も抗いがたく、ついに禁断の一口を頬張ることになった。
 それ以来被疑者は鰻の虜となり、何かにつけて無意識に鰻に手を出すことになってしまったのであります。
 裁判長。本件は決して自らが選んだ道とは考えづらく、師の甘言によってかような人間に作り上げられしものと推察するものであります。
 以上陳べましたことを考慮して頂き、寛大なる裁定を願うものであります・・・・・・と、何も裁判風に書く必要もないですが。

 たしかに、裁判風にする必要はないが、さん喬の意外なお茶目な面が出ているようで、楽しい。

 この日の余興の内容、本件(?)とは無関係とはいえ、知りたいねぇ^^

 店の名は出していないが、銀座であることは間違いなかろう。

 あるいは、当時の松屋銀座に鰻屋さんがあったのかな。

 引用を続ける。

 初めて鰻を食べた時、世の中にこんな旨いものがあるかと思ったくらい美味しく感じました。
 その時「噺家になって良かった。これからこんなに旨いものがいくらでも食べさせてもらえるなんて!」と、とんでもない罰当たりなことを考えました。
 (中 略)
 あれから四十年余、それ以上の旨い鰻にめぐり会えません。
 確実にあれより旨い鰻を食べているはずなのですが、初めて師匠にご馳走になった時のあの喜びと感動がない限り、あれ以上の旨い鰻にはもう出会えないのかなあ・・・・・・。
 いやいや、今度あなたがご馳走してくださる鰻こそは!

 さん喬って、こんな楽しい文章書くんだ、と私は意外な思いだった。

 落語愛好家の間では、本所にあった洋食屋「キッチンイナバ」が実家だったことは有名だろう。
 結局、開店している間に行くことができなかったなぁ。

 その洋食屋の倅が、なぜ噺家の道を目指すことになったのか・・・・・・。

 次回は、そのあたりをご紹介するつもり。

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Commented by at 2017-11-17 06:48 x
さん喬はヒトをほっとさせる何かを持っています。
食べ物の話も得意で「時蕎麦」「酢豆腐」なんてうまいもんです。
山本健吉によれば、伝統定型詩の世界で「初」ナントカは、賞美の思いを込めて語られるそうですが、さん喬の初鰻、よき一席でございますねェ。
Commented by kogotokoubei at 2017-11-17 10:02
>福さんへ

さん喬十八番の食べ物噺には、「棒鱈」も入るかもしれませんね。
たしかに「初」体験は思い出深いものがあります。
いまだに、小学校時代にある峠の茶屋で食べた月見そばの味、忘れないんです。
ホットケーキを自分で最初に作った時、失敗作でしたが、あの味も思い出深い。
鰻初体験・・・いつだったかなぁ。忘れました^^
Commented by tatehan at 2017-11-19 17:31
さん喬師を初めて観たのは、恐らくどこぞのホール落語だったと思います。
アタシの亡父の友人が、偶然にも本所吾妻橋交差点角の洋食屋「いなば」の右隣で酒屋を営んでいた関係から同師には親近感がありました。数年前に某局の公開録音では、当初の予定を変更して『福禄寿』を演じてくれたのを聴いて、早速、CD音源を探し出しました。父の友人M氏も最近亡くなられ、隣りの「キッチンいなば」も都市開発の影響で閉店されましたが、同師のご著書を紹介いただきありがとうございました。すぐにでも購入して一読したいと思います。懐かしい昭和の東京の風情にも触れられる好機ともなるのを期待できそうですし…。
Commented by kogotokoubei at 2017-11-19 17:56
>tatehanさんへ

そうでしたか。
思い出深い、本所吾妻橋界隈ということですね。
残念ながら「キッチンイナバ」に行くことはできませんでしたが、
この「本のキッチン」で、少しはその面影を感じることができました。
なかなか味のある好著です。
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by kogotokoubei | 2017-11-16 22:37 | 落語の本 | Comments(4)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


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