アクセス急増の記事で思う、いろいろ。
2017年 06月 24日
全体のアクセス数が1000を超え、ダントツで一位の記事が四年ほど前に書いた、「成田屋のこと。」だった。
2013年2月4日のブログ
この記事へのアクセスがほぼ200。
異例だ。
海老蔵の奥さんのことでのアクセス増であることは、間違いないだろう。
この記事は、十二代目の団十郎の訃報に関し、成田屋は短命が多いとか、ケネディ家にたとえて、呪われているというニュアンスの記事が多かったので、本当にそうなのか、と思って調べたことから書いた記事。
私の調べの結果は、若くして団十郎を襲名した場合は夭折した人はいるが、決して呪われているわけでも、際立って短命であるとも言えない、ということ。
それはそうとして、当代海老蔵の亡妻については、そのブログの読者(アクセス数?固定ファン?)が200万人を超えていた、とのことでブロガーとして、驚くばかりだ。
彼女が出演していたテレビは、まったくと言ってよいほど見ていないし、あまり関心もなかったので、特に何か感想などを書くつもりも、その資格もない私だが、同じブロガーとして凄い管理人だったなぁ、とは思う。
拙ブログは落語を中心としているものの、いろんなことを書きなぐっている。
果たして、病で旅立つ直前まで書き続けることができようか・・・・・・。
まず、無理だろうと思う。
気力も体力もなくなるだろう。
不謹慎なことかもしれないが、今思うことは、ブログとブロガーの寿命。
ブログの生命は、もちろん管理人のそれに準じる。
読者のアクセスも、また然り。
このブログも、書き始めて丸九年が経った。
以前頻繁にコメントをいただいていた方からの音信がなくなり、寂しく思うこともある。
コメントが途絶えた理由としては、いろんな事情があるだろう。
私と同様に還暦過ぎ、あるいはそれ以上高齢の方も読者として数多くいらしゃると察する。
介護やご本人の体調なども、関係してくる年齢だ。
そういった読者の方がこの記事をご覧になっていて、お元気ならば、管理人だけ閲覧モードでもいいので、ご一報いただければ、大変嬉しい。
実に勝手な願いを綴ってしまったが、今回のことで思っている素直な心境である。
一人の素晴らしいブロガーが旅立った。
ご冥福をお祈りする。
終了を宣言してクローズした方もいれば、何となくフェードアウトされて方もいます。なかには何年もそのまま放置されていて、もしかするとご不幸があったのかと思うケースもあります。
拙ブログもいずれは閉じねばならない時期が来るわけで、元気なうちに終止符を打つか、それとも出来る所まで続けるか、未だ結論は出ていません。
ただ、ブログだけが墓石の様に残るのは避けたいですね。
まさに、「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」ですね。
あまり過去の交流に執着してはいけないのでしょう。
昨日は、該当記事へのアクセスが300を越えました。
実に複雑な思いです。
ほめ・くさんを含め落語愛好家の方とブログを通じて交流できている“現在”を楽しむことができるなら、それ以上を望んではいけないのでしょう。
私も、どうこのブログを閉じるべきか、今の時点では思考停止状態です。
おっしゃる通り、寂しいけれで、それも月日の流れの中で致し方ないことなのでしょうね。
こっちも、書いている内容がいろいろと変節しているでしょうし。
確実に言えることは、佐平次さんと生のお付き合いまでしていただけているのも、ブログのおかげです。
今後も、若輩者をよろしくご指導ください。
