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噺の話

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『鋳掛屋』ー懐かしい職人、そして、懐かしい子供たち。

 桂小南治が今秋襲名する師匠小南の十八番の中に『鋳掛(いかけ)屋』がある。

 このネタでは、得意にしていた三代目春団治、そして喜多八のことにも思いが及ぶ。

 今ではなくなった商売のことを題材にした噺だ。
 私が子供の頃には、さすがに道端で鋳掛屋さんは見かけなかったが、家の近所に鍛冶屋さんや刃物の研ぎ屋さんを兼ねる鋸の目立屋さんなどがあったなぁ。
 
 落語の『鋳掛屋』の主役は鋳掛屋をからかう子供たちと言ってよいだろう。

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矢野誠一著『落語長屋の商売往来』(文春文庫)

 矢野誠一さんの『落語長屋の商売往来』は2003年文春文庫からの再刊で、私が持っている初版は、白水社から1995年に『落語商売往来』として発行された単行本。

 「店構え」「小商い・手職人」「飲物・食物」「遊楽・乗物」の四つの章に分かれ合計34の商売について書かれている。
 
 この中の「いかけ屋」では、冒頭、矢野さんが結局は実現しなかったある出版物のための大阪での取材における、楽しい逸話が紹介される。

 その実現しなかった「寄席百年アルバム」の大阪取材で、上方落語協会事務局長桂米紫に案内をたのんで天王寺付近を歩いていたときである。突然、米紫の、
「ちょと、ごらんなさい。あれ、『鋳掛屋』の餓鬼でっせ、ほれ」
 という声に、指さす方をながめて思わずふき出した。ひっきりなしに車の通る道路の横断歩道を、黄色い小旗を手にした十人足らずの子供の集団が渡ろうとしてるのだ。覚えておられるだろうが、その時分信号のない横断歩道には、両側に黄色い交通安全の旗が用意されていて、歩行者はそれを手にして横断することになっていたから、それ自体はごく日常的な光景といってよかった。問題はその渡り方である。たくさんの車の流れを停めた彼らの、ある者は国会議員の牛歩戦術よろしくこれ以上ゆっくり歩けないくらいゆっくり歩くし、ある者はいらいらしてやけ気味にクラクッションを鳴らす運転手に赤ンベイをしてみせる。なかには道路のまんなかで、旗振りながら踊り出す者ありといった按配で、いやはやたいへんな騒ぎ。
 なるほど「鋳掛屋の餓鬼」とは言い得て妙で、大人をからかう子供の悪戯に手を焼くのは落語ばかりではないと、つくづく感心した。
 明治百年を記念した企画だったということだから、1968年の少し前、昭和40年頃の小学生となると、私とほぼ同じ年頃。
 私も、「鋳掛屋の餓鬼」だったかもしれないなぁ^^

 本書から、元となった(?)落語の方の子供たちの悪童ぶりをご紹介。
 道端で鋳掛屋が店をひろげ、鞴の火をおこしていると、悪餓鬼どもがやってくる。鋳掛屋のたくみな仕事ぶりをば静かに鑑賞するなどという、なまやさしい神経など持ちあわせているわけがない。鋳掛屋をおちょくるのである。
「オッタン、あんた、えらい御精が出まんな」
「・・・・・・えらい御精が出ますな、て、お前、精出さな、どんならんやないけェ」
「とら、とでごだいまンな、オッタン。この世の中ナ、働いた上にも働いた上にも働かんならんいうたかて、体が弱かったら、働かれしまへんが、ナ、オッタン。その点、オッタンら、体がお達者なだけ結構でござりまんナ、オッタン」
「ようしゃべるな、エエ。ひとこと言うたら、あんだけ引っかかってきやがんね。・・・・・・うかつもの言えんな」
「オッタン。あんたとこで、火ィブウブウやっとるが、そらどういう目的や」
「こらまた大層そうに吐(ぬ)かすなァ・・・・・・。どういう目的・・・・・・どういう目的て、お前、ただ、金属(かね)を湯ゥに沸かしてんのじゃい」
「ただ金属を湯ゥに沸かしてやんのやて、オッタンとこは、造幣局やおますまいな」
「ゾ・・・・・・ぎょうさんそうに吐かすな、アホ。造幣局やなかったら、金属、湯ゥに沸かされへんかェ」
「とらとやな、オッタン」
「おお、おお。小さい柄さらしやがって、他人(ひと)のはなし横手からそらそやなて、なにがそらそやィ」
「とらとや、オッタン。造幣局やなかったら、金属、湯に沸かされん。とんなことあらへんナ、オッタン。造船所かて、金属、湯に沸かしてるがナ、オッタン。鉄工所かて、金属湯に沸かしてるがナ。オッタン。鋳物屋かて、金属、湯に沸かしてるがナ、オッタン。・・・・・・ホナ、オッタンとこ、それ、造船所の方か」
「じぃわり嬲(なぶ)ってけっかる。アホンダラ。こんな小さい造船所があるかィ。・・・・・・アホ、モ、あっちけ、あっちけ、あっち行け」

 この子供たちが、あっちへ行くはずがない^^

 人によって、また持ち時間によって、鋳掛屋を相手にしてサゲる場合もあれば、その後に鰻屋に行って、また悪餓鬼軍団が活躍(?)することもある。

 矢野さんの本には、次のような説明もある。

 三谷一馬『江戸物売図聚』(立風書房)によると、鋳掛屋のかつぐ天秤棒は「常より一尺五寸長く七尺五寸」だったという。江戸の頃、軒下七尺五寸以内の地べたで火を用いるこちが禁じられていたため、測定用に長尺の天秤棒を使用したので、これはやっぱり鋳掛屋の知恵というものだろう。

 なるほど、知恵、だね。

 鋳掛屋には、もう落語でしか会うことができない。
 「鋳掛屋の餓鬼」たちにも、落語でしか出会えないかもしれない。
 今の子供たちは、どこへ行ってもゲームかスマホだ。
 懐かしい悪童たちに出会えるその落語を得意にしていた達人たちが、次第に少なくなっていく。

 今秋の襲名後、ぜひ三代目小南のこの噺を聴きたいものだ。

 では、その師匠の『鋳掛屋』をお聴きのほどを。
 鰻屋まで含む、実に楽しい高座。




Commented by saheizi-inokori at 2017-02-05 22:08
明るい口跡がいいですね。
春団治、喜多八、どっちもよかったなあ。
Commented by kogotokoubei at 2017-02-06 08:40
>佐平次さんへ

小南の芸は今の芸協にしっかりと受け継がれているような気がします。
先日の末広亭の円馬の『ふぐ鍋』などは、その一例でしょう。

この噺は、やはりそのお二人を思い出してしまいますよね。

Commented by YOSEYUKI at 2017-02-07 21:31 x
はじめまして。偶然このブログを知り、時々拝見させていただいております。そろそろ50に手が届こうとしている神奈川県在住の男性です。(落語は聞き始めて20年位です。)初めて行った寄席が新宿末廣亭で芸協の興業でしたので、先代小南には間に合いませんでしたが文治(先代)、柳昇など芸協の落語家のファンになりしょっちゅう通っていましたので寄席から離れた今も芸協の事は気にしております。(もちろん落語協会も好きです。)小南治さんが小南を襲名されるのは結構な事だと思います。以前は「宮戸川」をよく聞きましたが、テレビで先代の持ちネタの「ドクトル」をやっていました。先代はCDでした聞いた事がありませんが「菜刀息子」「代書屋」など素晴らしいです。小南治さんも先代を意識しすぎず、大ネタで勝負してもらってもいいかなと思っています。(やってらしたらごめんなさい)最後になりましたが、本ブログに書かれている事はいつも初めてきくようなことばかりで読むのが楽しみです。今後ともよろしくお願いします!
Commented by kogotokoubei at 2017-02-07 22:02
>YOSEYUKIさんへ

お立ち寄りいただき、コメントまで頂戴し誠にありがとうございます。
私も小南の生の高座には出会っていないのですが、かつてはテレビ、ラジオ、最近ではCDの音源で親しんでいます。
上方落語も好きなので、東京では貴重な、そして好きな噺家さんでした。
小南治の小南襲名は、良かったですね。
おっしゃる通り、彼ならでは三代目小南になって欲しいですね。
いろんなことを書いているブログですが、今後も気楽にお立ち寄りください。
Commented by 彗風月 at 2017-02-10 15:05 x
いい名前が復活して嬉しいです。先代が新宿の昼席で「写真の仇討」を掛けたのを聴きましたが、ご自身で「珍しい話ですが、面白くありません(笑)」とおっしゃってました。珍しい噺をたくさんお持ちだった印象です。三代目にも縁の演目を掛けていただきたいですね。
Commented by kogotokoubei at 2017-02-10 17:18
>彗風月さんへ

今日送られてきた芸協のメールマガジンも、師匠の稽古熱心さを伝える良い記事でした。
一日十席の稽古を自らに課したとのこと。
三代目にも期待しています。
Commented by 創塁パパ at 2017-02-11 12:46 x
いかけや。と言えば。三代目、生で聴きましたが最高でした!!!
Commented by kogotokoubei at 2017-02-11 14:46
>創塁パパさんへ

そうか、聴いてましたか、うらやましい!
小南の三代目にも、期待しましょう。
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by kogotokoubei | 2017-02-05 17:54 | 落語のネタ | Comments(8)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛