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第一次落語研究会の背景、そして、第五次落語研究会のこと。

 前回の記事で、八代目林家正蔵が、最後の師匠であった三代目柳家小さんについて語った内容を、暉峻康隆さんの聞き書き『落語藝談』から紹介した。

 名だたる三遊派の顔ぶれが並ぶ中で、小さんのみが柳派を代表して第一次落語研究会の「発起人」として出演したわけだが、その頃の落語界のことを少し振り返りたい。

第一次落語研究会の背景、そして、第五次落語研究会のこと。_e0337777_11091986.jpg

暉峻康隆著『落語の年輪』

 同じ暉峻康隆さんの『落語の年輪』から引用。

明治三十八年(1905)三月、三遊亭円左が石橋思案、岡鬼太郎、今村次郎の応援を得て、円喬、円右、小円朝、円蔵の仲間と、柳派からは三代目小さん一人を誘って、“落語研究会”を結成し、日本橋の常磐木倶楽部で第一回の発表会を催したのは、同月二十一日のことであった。

 この三月二十一日という日、落語界にとっては、結構重要な日。

 「二十一日」→「廿一日」→「昔」ばなし、という洒落で、烏亭焉馬が「咄の会」をこの日に開催してきたことは、昨年三月二十一日に書いた通り。
2016年3月21日のブログ

 落語協会の真打昇進披露興行は、鈴本で三月のこの日(下席の初日)から始まる。

 第一回落語研究会の開催日も、そういった歴史、縁を大事にしたのだろう。

 そもそも、三遊亭円左が開催の提案者だから、なるほど三遊派が中心となるのも、むべなるかな。
 だが、他に柳派にめぼしい噺家はいなかったのだろうか、という疑問が残る。

 それは、当時の東京落語界の歴史を振り返ることで、明らかになる。

 三十三年に三遊・柳の両巨頭をはじめ、二月に柳派の二代目頭取に推されたばかりの四代目麗々亭柳橋や、三代目春風亭柳枝などの、明治落語を支えていた重鎮を一括して失っただけでも、東京落語界にとっては大打撃であったのに、その後の三遊派を後見していた四代目三遊亭円生が、三十七年一月に五十九歳で没した。

 円朝と初代談洲楼燕枝は、明治33(1900)年に、相次いで旅立った。
 それだけでも、東京の落語界の虚脱感は小さくなかったろうと察するが、紹介したように、柳派、三遊派のそれぞれの重要人物が相次いで去っていったことが、円左の危機感の背景にあった、ということだろう。

 引用を続ける。
 その翌二月、日露戦争が勃発したために、当時百十軒あった東京市内の寄席はひどく不景気であった。五、六月ごろには三遊派の大看板の三遊亭円遊は、立花家橘之助、朝寝坊むらく(六代目)などとともに地方巡業に出かけ、席亭はその穴埋めに、名古屋芸者や壮士芝居あがりの桜木武夫などをかき集めて、改良日露戦争談などを高座にかけるという体たらくであった。

 今年三遊亭小円歌が二代目を襲名する橘之助の名前が登場。
 
 それにしても、明治末期でも、東京には寄席が百軒以上あったんだねえ。
 本書では、この後に、寄席が廃れていった大きな原因は、戦争や大看板を失ってことばかりではなく、席亭たちの営業姿勢にあったと、明治四十年の「万朝報」の「掛持主義」という記事を引用している。

 要するに彼等は私欲にかられ、人気をとらんとて、無暗に座組の人員を増加し、限りある時間に於て多数の芸人を高座にのぼらせたるは、其一大原因なり。演芸時間に限りある故に、一人の高座時間は十分か十五分、甚しきは都々逸の二つ三つも唸って下りる落語家も出来るなり。かくして得る所はただ聞き手は感興をそがれ、芸人の芸はすさみ、つひに其社会の衰微を来たらすの外、何等の効もあらざるなり。

 今の東京の寄席・・・高座時間は、明治末期に衰退を招いた時期と、変わらないではないか。
 初席などは、まさに都々逸の二つ三つで高座を下りる落語家もいる。

 円左の呼びかけで実現した、明治三十八年、三月二十一日の高座について。

当日はあいにく吹雪であったが、あちゃらか物やこま切れ落語に愛想をつかしていたファンで超満員となった。
 咄家も威儀を正して、羽織袴でつとめた。初席は円左の「子別れ」、次席は小円朝の「文違い」、続いて円右の「妾馬」、円喬の「茶金」、円蔵の「田の久」、承知の上で欠席した円遊に代わって、円左が「富久」を再演、最後に小さんの「小言幸兵衛」で、いずれもそれまでのように端折らず、サゲまで演じて聴衆を堪能せしめた(「万朝報」)。これを第一回として、大正十二年(1923)九月の関東大震災で中絶するまで毎月開催し、東京落語の声価を高めた功績は大きい。
 この努力によって、地味な円朝ゆずりの江戸前芸のゆえに、いささか世間が忘れかけていた円喬・円左・円右・小円朝らも再評価され、大正落語を担う新進の柳家つばめ(二代目)、三遊亭金馬(二代目)、蝶花楼馬楽(五大目)、柳家小せん(初代)、金原亭馬生(九代目)、三遊亭円窓(五代目円生)、林屋正蔵(七代目)なども、この研究会によって腕を上げたのであった。

 第一回落語研究会における三代目小さんの演目が「小言幸兵衛」であるのは、拙ブログ管理人としては、少し嬉しい^^

 円左は、地味な噺家さんだったようだが、あの三代目円馬が師事したことで、その実力を推し量ることができる。

 
 さて、寄席衰退への危機感から円左の発案で始まった落語研究会は、今では第五次の段階にある。
 
 ◇第一次 明治38(1905)年~大正12(1923)年:18年
 ◇第二次 昭和3(1928)年~昭和19(1944)年:16年
 ◇第三次 昭和21(1946)年2月~8月
    *第三次は落語会の開催を目指したものではないらしい。
 ◇第四次 昭和23(1948)年~昭和33(1958)年:10年


 さて、第五次は昭和43(1968)年から始まったので、来年で50年になる。
 もちろん、これまでの歴史で、最長寿となる。
 それには、理由がある。
 第四次までと第五次との大きな違いは、発起人という名前で落語家が運営に関わっていないこと。
 「TBS 落語研究会」という名前の通りで、TBSというスポンサーがついているからこその長寿なのだろう。
 だから、出演者はTBSが選ぶのは、当たり前のこと。
 
 しかし、この会の始まりにおいて、円左が、当時は三遊派が圧倒していた中、柳派の小さんにも声をかけたような、会派を超えて落語を盛り立てようという了見は、生かされているのか、否や。

 ということで、三遊派と柳派という区分ではなく、二つの協会などで、どのような出演状況になっているか確認したくなった。

 こういう時は、喜多八の落語研究会でのネタを調べる際にもお世話になった「手垢のついたものですが」さんのサイトの「落語はろー」にあるデータに頼るのが一番。
 同サイトから、昨年一年間の落語研究会の出演者を調べてみた。
「手垢のついたものですが」さんのサイト
 
 左から、通算回数・開催日・ネタ・噺家。

571 2016.01.20 強情灸 柳家わさび                
571 2016.01.20 孝行糖 三遊亭萬橘 
571 2016.01.20 化物使い 橘家文蔵(3) (*当時は文左衛門)              
571 2016.01.20 蛸坊主 林家正蔵(9)                
571 2016.01.20 百年目 柳家さん喬                
572 2016.02.26 鈴ヶ森 柳家さん若                
572 2016.02.26 三方一両損 金原亭馬玉                
572 2016.02.26 明烏 柳家喜多八  
572 2016.02.26 位牌屋 桂文治(11)                
572 2016.02.26 二番煎じ 柳家権太楼
573 2016.03.29 代り目 柳家ろべえ                
573 2016.03.29 岸柳島 柳家燕弥                
573 2016.03.29 小言幸兵衛 柳家喬太郎                
573 2016.03.29 三人兄弟 柳家小里ん                
573 2016.03.29 時そば 柳家小三治                
574 2016.04.27 夢八 鈴々舎馬るこ                
574 2016.04.27 将棋の殿様 入船亭扇蔵(4)                
574 2016.04.27 菊江の仏壇 五街道雲助                
574 2016.04.27 無精床 三遊亭歌武蔵                
574 2016.04.27 花見の仇討 柳亭市馬                
575 2016.05.25 真田小僧 柳亭小痴楽         
575 2016.05.25 阿弥陀池 柳家さん助                
575 2016.05.25 髪結新三(上) 柳家小満ん                
575 2016.05.25 厩火事 古今亭志ん輔                
575 2016.05.25 紺屋高尾 柳家花緑                
576 2016.06.30 権助提灯 柳家花ん謝                
576 2016.06.30 甲府い 古今亭文菊                
576 2016.06.30 船徳 桃月庵白酒                
576 2016.06.30 日和違い 瀧川鯉昇
576 2016.06.30 髪結新三(下) 柳家小満ん                
577 2016.07.13 家見舞 立川吉幸
577 2016.07.13 馬の田楽 台所おさん                
577 2016.07.13 雉子政談 柳家喬太郎                
577 2016.07.13 粗忽の釘 春風亭一之輔                
577 2016.07.13 藁人形 入船亭扇辰                
578 2016.08.04 だくだく 桂三木男                
578 2016.08.04 袈裟御前 林家たけ平                
578 2016.08.04 心眼 柳家権太楼                
578 2016.08.04 よかちょろ 柳家さん喬                
578 2016.08.04 怪談牡丹燈籠(お札はがし) 入船亭扇遊                
579 2016.09.30 臆病源兵衛 古今亭志ん八                
579 2016.09.30 高砂や 柳家三三                
579 2016.09.30 茶の湯 立川生志                
579 2016.09.30 目黒の秋刀魚 春風亭一朝                
579 2016.09.30 山崎屋 柳家さん喬                
580 2016.10.28 のめる 入船亭小辰                
580 2016.10.28 附子 三笑亭夢丸(2)
580 2016.10.28 おかめ団子 橘家円太郎                
580 2016.10.28 風呂敷 三遊亭兼好                
580 2016.10.28 お化け長屋 柳家小三治                
581 2016.11.21 まぬけの釣(唖の釣) 春風亭朝也                
581 2016.11.21 法事の茶 古今亭菊之丞                
581 2016.11.21 品川心中(通し) 五街道雲助                
581 2016.11.21 茶代 柳家喬太郎                
581 2016.11.21 子は鎹 橘家文蔵(3)                
582 2016.12.26 たらちね 柳家小はぜ                
582 2016.12.26 四段目 隅田川馬石                
582 2016.12.26 鰍沢 林家正蔵(9)                
582 2016.12.26 だるま 三遊亭歌武蔵                
582 2016.12.26 睨み返し 柳家権太楼

 立川流からは一人、円楽一門から二人。

 ピンクの色をつけたのは、落語芸術協会の噺家さんだが、たった五人とは、私も驚いた。

 相応しい噺家さんが、少ない?

 そんなことはない!

 これでは、「落語(協会)研究会」、ではないか。

 正蔵の命日->師匠三代目小さんの思い出->第一次落語研究会、というつながりから、あらためて現在の落語研究会のことに思いが至ってしまった。

 それにしても偏っているでしょ、これじゃ。
Commented by at 2017-01-31 06:59
これには驚かされました。
芸協の少ないこともそうですが、立川流から笑志、圓楽党から萬橘、兼好。
たしかに巧者ですが、他にも候補はいるでしょうから不思議と言えば不思議です。

Commented by kogotokoubei at 2017-01-31 08:55
>福さんへ

中には、声をかけたけれど都合が合わなかった、ということもあるかもしれませんが、所属する噺家さんの人数比から考えても、実にいびつな状況だと思います。
特に、芸協の少なさには、意図的なものを感じます。
将来に残るライブラリーの記録としての価値を考えても、もう少し幅広い視点で演者を選んで欲しいと思います。
Commented by ほめ・く at 2017-01-31 11:03
落協が多数なのは落語研究会に限ったことでなく、他の朝日名人会、三田落語会、らくだ亭、大手町落語会などでも同様の傾向で芸協は少数です。
これは昭和の名人と称される人たちは揃って落協所属で、その弟子や孫弟子も落協です。立川流も圓楽一門も元はといえば落協。
やはり伝統の違いは明らかです。
現在も、小三治、権太楼、さん喬、雲助、小満んに比肩しうる噺家が芸協にいるでしょうか?
こう見ていくと古典落語の分野で落協が多数を占めるのは止むを得ないと思います。
今はどうか分かりませんが、かつては芸協の古典の人たちが冷遇されていたようで、何人か落協に移籍した経緯があります。こうしたツケも回ってきたのではないでしょうか。
主催者の好みという要素も大きいでしょうが、やはり芸協の噺家たちが奮起するしかないと思います。
Commented by kogotokoubei at 2017-01-31 14:43
>ほめ・くさんへ

落語協会の方が、人数的に実力者が多いことは、よく承知しているつもりです。
しかし、昨年12回、一回5名の出演者で計60名。
落語協会から52名、芸術協会から5名、円楽一門2名、立川流1名、という数字ほど、落語協会が圧倒しているかと言うと、私は疑問を感じます。
落語協会10に対し、芸術協会が1、ですよ。
あの会のご通家のお客さんの中には、研究会の出演者を中心に他の会でも聴く人が多いかもしれませんが、それは、知らないせいかも分かりません。
「研究」なら、同じ噺家ばかりではなく、いろんな味のある出演者が競ってもいいはず。
とはいえ、小満んでさえ、席を離れるお客さんがいるようなので、お客さんの好みも結構、偏っている会だとは思います。
しかし、聴かず嫌いということもあります。
聴く「縁」がなければ発見もないのではないでしょうか。
トランプのように、入国(出演)を阻止しては、何の出会いの機会も生まれません^^
芸協にも三笑亭茶楽、三遊亭円馬、今はリハビリ中ですが春風亭小柳枝といった芸達者がいます。
そうそう、遊雀もいますね。
権太楼と同じ日には出しにくいかもしれませんがね^^
春雨や雷蔵なども、私は好きですねぇ。秋に小南を襲名する小南治だって悪くない。
伸治もいれば、蝙丸だっている。
そもそもTBSのプロデューサーは、そういった芸協の噺家さんを、知らなすぎるのではないでしょうか。
Commented by ばいなりい at 2017-01-31 19:16
よく分かりませんが、演じられたネタがほぼ古典だった事から「新作の芸協」というレッテルが災いしたのでしょうか。ただ、芸協の会長・副会長・理事の一人は、TBSの商売敵である日テレの「笑点」を仕切ってますから、あるいは・・・ はははっ、下司の勘繰りで「ど~も、すいません」
Commented by kogotokoubei at 2017-02-01 08:58
>ばいなりいさんへ

NTV対TBS、ですか・・・そう思いたくはないのですが、そういうこともないとは言い切れないかな。
歌丸が円朝作品での評価を得ているのは、落語研究会で挑戦してきたことも要因として挙げられます。
とはいえ、それもかなり前のことですので、現在のテレビ局なら、大局的に落語界のことを考えるより、目の前の些末事が優先しているかもしれませんね。

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by kogotokoubei | 2017-01-29 21:18 | 寄席・落語会 | Trackback | Comments(6)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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