柳派の噺家さんに挑戦して欲しい、初代談洲楼燕枝の十八番。
2016年 12月 10日
柳家三三の『嶋衛沖白浪』の楽日の高座に間に合って、本当に良かった。
今後は定席寄席での十日間通しを希望すると記事に書いたが、三三のホームページによると来年は「たびちどり」と題して、名古屋の大須演芸場で五月から六回公演の予定らしい。
柳家三三サイト「三三時代」の出演情報のページ
これはこれで名古屋の落語愛好家の方には朗報だろう。
関東での次の公演は、今しばらく待つとしよう。
三三には、もっと待ってもいいので、初代談洲楼燕枝の他の代表作に挑戦して欲しい。

円朝と同時代、柳派の頭取として円朝と競った初代燕枝の十八番について、平凡社から平成元年(1989年)に発行された『古今東西落語家事典』から引用する。
得意のネタは、師匠柳枝譲りの『おせつ徳三郎』『子別れ』などのほか、『雁風呂』など既成の噺も演じているが、『嶋衛沖白浪』『天保奇談孝行車』などの自作物、『侠客小金井桜』『岡山奇聞筆之命毛』などの翻案物、『あわれ浮世』『仏国三個男』などの外国種と演目は幅広い。
まったく内容は知らないが、燕枝の作品『天保奇談孝行車』など、実にそそられるお題で、ぜひ聴いてみたい。
他にも「水滸伝」の花和尚魯智深の件を翻案し、それに曲亭馬琴原作の「西海屋騒動」をとり合わせた『御所車花五郎』という創作があるらしく、こちらも興味津々だ。
また、翻案物、外国種にだって、今では聴くことができないので、知りたいものだ。
当代の柳派の噺家さん、円朝作品はよく演るが、柳派の大先輩の作品にも、ぜひ目を向けて欲しいものだ。
三三の『嶋衛沖白浪』が、そのきっかけになることを期待する。
もちろん、三三にも燕枝作品の持ちネタを増やしてほしいし、同じ柳の喬太郎などにも、円朝のみならず、燕枝十八番を取り上げて欲しいものだ。
なお、燕枝は、自分で筆をとった人だ。
仮名垣魯文門下で痴文と名乗ったくらいだから、噺本にしても、雑誌・新聞の連載にしても自筆が多く、速記による三遊亭円朝とは対照的である。噺以外の著作としては、『燕之巣立実痴必読』(通称『燕枝日記』)が、幕末から明治初期の落語界を知る上の貴重な資料である。
凄い存在だったのだよ、落語界にとって。
神保町で『燕枝日記』を探さなきゃ。
燕枝は円朝とともに明治の落語界をリードした偉大な人物であったが、もし没後運という言葉があるなら、円朝に比べて運の悪い人で、膨大な作品はもちろん、その伝記さえ一般には知られていない。
明治三十三年二月十一日に動脈瘤破裂により死去。辞世の句は「枯れるものの終わりもありて瘤柳」。墓は浅草源空寺にある。戒名は柳高院傳誉燕枝居士。
まったく、この指摘の通りで、円朝と比較して、あまりに知られていないのが残念でならない。
柳派の噺家さん、ぜひ、燕枝十八番を演じることで、その名をもっと知らしめてもらいたい。
貴重な情報、誠にありがとうございます。
そうですか、あの、さん弥が!」
すいません。まだ、さん助の名に馴染んでいないもので^^
『御所車花五郎』ではなく、『西海屋騒動』として演じているんですね。
それにしても、初代燕枝にかかわる噺への挑戦は実に結構なことです。
そのうち、ぜひ聴いてみたいものです。
