ふたたび、小野お通のこと、など。
2016年 12月 06日
佐助が家康を必死の覚悟で倒しに行く前に、きりに自分の思いを伝えようとしたが、あっさり断られてすぐ消え去る場面には、笑った。
しかし、あんなこと、ありえないと思うなぁ。
きりが高梨内記の娘であるのなら、信繁の側室のはず。
そして、二人の間には女の子がいたはずで、信繁はその娘の阿梅を、伊達藩の片倉小十郎重長に預けたと言われている。
重長は、伊達政宗の家臣、片倉小十郎景綱の長男。ちなみに、片倉家は代々、小十郎を名乗る。
なぜ、「真田丸」できりに信繁の子がいるという設定にしないのかは、よく分からないが、いずれにしても、主君を慕う彼女に惚れる佐助、という筋書きには無理がある。
佐助がきりを好きであっても、それを口にすることはないはずだ。草の者なのだから。
その佐助が倒したと思った相手は家康の影武者だった、なんて筋も、作り過ぎだ。
NHKの番組サイトによると、次回「前夜」で、信之と信繁の対面があるようだが、池波正太郎が描くような、小野お通の家という設定ではないようだ。
NHKサイトの「真田丸」のページ
やはり、私はお通の家であって欲しいなぁ。
ということで、小野お通について、ふたたび。
先日の記事では、池波正太郎の『信濃大名記』から、小野お通に関する記述を引用したが、別の池波の本から今回はご紹介。

池波正太郎著『武士の紋章』(新潮文庫)
『三代の風雪 真田信之』は、新潮文庫『武士の紋章』の中の一篇。
ちなみに、武士は「おとこ」と読む。
なお、池波は、作品によって信“幸”と信“之”の表記が混在する。
私が知る範囲では、初期の作品では信幸、後半は信之を使っているようだ。
本書では、信之。
「信之の恋」と題された章から引用。
もともと真田家は清和天皇の皇子、貞保親王から出ており、数代を経て、信之の祖父の幸隆の時代に信濃真田庄へ住みついたというわけで、京の公家たちの中には親類もかなりある。
ときの菊亭大納言季持(すえもち)は、信之・幸村の義理の叔父に当る。
余話になるが、菊亭大納言は、敵味方に別れた真田兄弟の身の上を心配し、何とか幸村を徳川方に引き入れようとして骨を折ったりしたものだ。
そのとき四十七歳だった真田信之が、小野のお通という女性を知ったのも、おそらく、この菊亭大納言という叔父さんの紹介があったからであろう。
小野のお通は、その当時何歳であったか明確でない。三十歳前後と推定してよかろうと思う。
「真田丸」では、北政所の侍女という設定で、信之との初めての出会いが描かれたが、たしかに侍女であったという説もある。
少し時代を経てからのこと。
元和六年の正月ー小松夫人が没した。
風邪をこじらせたのがもとで、彼女は沼田の城に在ったのだが、信之は馬を飛ばしせて上田から駆けつけてきた。
「春も近い。それまでの辛抱じゃ」
本気で、信之はそういった。
こうなってみると、小松が妻として、留守居がちの家を治めた功績は大きい。それが、信之には、ひしと感じられたのである。
小松は首を振って見せ、それから、いたずらっぽい微笑を信之に投げ、
「京の方をお呼び遊ばしても構いませぬ」といった。
ちゃんと知っていたのである。
信之も、小松の死後になり、思いきって京へのぼり、久しぶりにお通と会い、
「信濃へ来てはくれぬか」と切り出した。
お通は、これを拒絶した。
「大名の家のものとなるのは、わたくし、のぞむところではございませぬ」
信之を愛してはいるが、武家の社会ほど不安と危険が多いものはない。それを身にしみて知っているから・・・・・・というのである。
「それほどに、わたくしのことをお想い下さいますならば、真田十万石を捨て、一人の男として京へおいで下さいませ」
理性の強い女性であったと見える。
信之も一時は迷いに迷ったようだが、帰するところは、
(これからの真田家に、わしが居(お)らねばどうなる? まして家を潰し、家来と領民を苦しませることなどは・・・・・・)
とうてい出来得ぬ信之であった。
かくて信之は、お通と別れ、新領地松代へ国入りをした。
のち数年を経て、お通も一度、松代を訪ねた形跡があるが、たしかな資料は残っていない。
しかし、お通の娘(信之と別れてからなのか、その前からいたものか、判然としないが)のお伏が、信之の息・信政の側室となった事実がある。
小松(お稲)の姿、「真田丸」では気丈な面ばかり目立つが、池波作品では、女性としての優しさも描かれている。
そして、謎の才女、お通。
実に魅力的だ。
信之と小松は、実に良い夫婦だったのだろう。
たしかに、小松は本多忠勝の娘らしく気丈夫だが、女らしさも十分に備えていたと思いたい。
「真田丸」を見ると、どうしても、池波作品と比較してしまう。
「えっ!?」とか、「そりゃない!」などと思いながら、もう残り二回。
来年は、井伊直虎か・・・・・・。
直虎より、もっと相応しい戦国の女性がいると思うなぁ。
戦国時代に、女性が家を継ぐ例は、直虎だけではない。
豊後大友氏の家臣である戸次鑑連(立花道雪)の娘の誾(ぎん)千代が、家督を継いでいる。
彼女の婿となったのが、同じ大友氏家臣高橋紹運の長男である立花宗茂。
宗茂は筑後柳川藩の初代藩主。
関ケ原で豊臣側について改易されて、その後に旧領を回復した唯一の大名だ。
宗茂と誾千代を中心とする傑作時代小説が葉室麟の『無双の花』。
誾千代に関しては、山本兼一の『まりしてん誾千代姫』がある。
直虎より、ずっと面白いドラマになると思うので、そのうち実現するのを期待しよう。
再来年は、西郷隆盛か。
去年が長州の『花燃ゆ』だったので、薩摩もやらなきゃ、というバランス感覚が背景にあるような気がする。
