ブラ幸兵衛(1)ー媚びない空堀商店街、長屋再生の“惣”、寺の街 大阪。
2016年 11月 14日
なぜ、このような題なのかは、おいおいと。
先週の土曜日は、京都で大学の同期会。
宿泊するホテルに集合した後で、京都開催で恒例となった、同期で若くして亡くなった仲間のお墓詣り。
十年ぶりに彼女のご長男にお寺でお会いすることもできた。元気そうで何より。
その後は幹事が予約してくれた祇園の洒落たお店で懐石料理。
同期の男性七名と女性五名に、一年先輩が飛び入り参加で十三名。
懐かしい話や最近の諸々の話題で、食事も酒も進む。
二次会は、昨年好評だった同じお店。
生バンドでオールディーズの演奏があり、踊れるのだ。
懐かしい曲で、つい飲んで踊って大騒ぎ。
歌って踊って喉が乾くこともあり、還暦過ぎの面々が、飲み放題でもあり、まぁ飲むこと飲むこと^^
その後、ホテルに戻り一番広い部屋で缶ビールを飲みながら雑談の後、私の余興の落語。
ネタは『夜の慣用句』と『二人癖(のめる)』にした。
前者は六月のテニス仲間との合宿で好評だったのだが、今回は、やや酒のせいもあり途中を抜かしたり・・・すべったなぁ。
『二人癖』で、少しは挽回できたように思うが、とにかく結構飲んでいるので、演じ手も聴き手も、よく憶えてはいないだろう^^
翌日13日の日曜は、ホテルで朝食の後、幹事部屋に集合して来年の場所と時期の相談。
昨夜はいろいろ話が発散したが、一気にまとまった。幹事になってしまった。
その後、チェックアウト。
京都タワーの割引券があるので全員でタワーに昇った。
なるほど、タワーからの眺望が、タワーが見えないから京都で一番良い眺めということか。
その後、ご一行は紅葉を散策ということなのだが、私は皆と別れて、大阪へ。
実は、拙ブログに4年ほど前からコメントをいただいている方、山茶花さんと「真田丸」の大阪を散策する約束だったのだ。
山茶花さんは落語のみならず演劇や音楽など幅広い趣味を持ち、今春年季が空けた桂りょうば(前田一知)を、中島らもが主宰していたリリパットアーミーで俳優としても観てきた人。「あさが来た」で番頭役を演じた山内圭哉も、リリパットで観ている。また、同劇団での桂吉朝の名演(?)の数々にも接してこられた方だ。佐々木蔵之介は、軽演劇で“犬”の役を演じた頃から知っている、とのこと。
山茶花さんとは、当代文枝襲名への小言の記事にいただいたコメントが最初だった。
メールでご紹介いただいた、山茶花さんお奨めの「真田丸」名残りの大阪、そして、「坂」の大阪、大阪人も知らない大阪、を散策するのを楽しみにしていたのだった。
おりしも、NHK「ブラタモリ」は、二回続けて大阪特集だった。
あやかって(?)、「ブラ幸兵衛」とした次第。
最初は空襲からのがれた街並が残る「空堀商店街」ということで、午後一時に谷町六丁目でお会いする予定だったのだが、少し早めに行けそうだったので、私の勝手で早めてしまったのは申し訳なかったなぁ。
谷町六丁目駅近くで山茶花さんとお会いしたら、とても初対面のような気がしなかった。
ブログのコメントをきっかけに、最近ではメールで頻繁に落語のことや真田丸のこと、またラジオ番組のことなどをやりとりしているのだった。
挨拶もほどほどに、さっそく、空堀商店街へ。
そうそう、ここは、映画「プリンセス・トヨトミ」の舞台でもあった。
Wikipdia「空堀商店街」から冒頭の文と写真を拝借。
Wikipedia「空堀商店街」

この入口から先が、ずっと坂が下っているのだ。
空堀商店街(からほりしょうてんがい)は、大阪市中央区南東部にある商店街。
大坂冬の陣後に埋め立てられた大坂城南惣構(みなみそうがまえ)堀の遺構である空堀通の西半分、松屋町筋から上町筋に至る中央区側の東西約800mのアーケード商店街。2009年(平成21年)3月には「新・がんばる商店街77選」に選ばれた。
「がんばる商店街」に選ばれたとのことだが、日曜日はがんばらない、お休みのお店が多かった。
よって、それほど人通りも多くない。
あくまで、地元の方たちの商店街なのだなぁ。
「それにしても、大阪商人なら、真田丸人気に便乗して観光客目当てでお店開けそうなもんやけど・・・それが、空堀ならではかもしれませんね」と山茶花さん。
その通りだと思う。
日曜が休みなら、休もう。
あくまで、地元の方に愛され、地元の方のための商店街であって、儲けのため、などと媚びることはないのである。
とはいえ、大阪では有名らしい「激安スーパー玉出」はしっかり開いていた^^
空堀商店街の近くには、昔の長屋を再生して複合ショップにしている場所があり、それぞれ「惣(そう)」「練(れん)」、「萌(ほう)」と名づけられている。
あら、「ほうれんそう」じゃないか。
先駆けとなった「惣」のホームページから引用。
「惣」のホームページ
惣について
惣は平成14年7月にオープンしました。
取り壊される寸前の大正時代の長屋。その古き良きたたずまいを時代の流れのままい失ってしまうのは勿体ない。
2連の長屋が複合ショップとして再生されました。
空堀一帯は中央区の中でも空襲の被害が比較的少なかった地域。惣のような古い建物が数多く残っているのです。老朽化も激しく取り壊される宿命の古い家屋たち。懐かしい景色が残るとホッとします。
平成15年には惣から歩いて5分の場所に旧宮家のお屋敷を改装した複合ショップ練がオープンしました。
惣は空堀の長屋再生計画のさきがけとなる建物であり改装当初より地域の皆様やお近くの会社勤めの皆様まで幅広い年齢層の方から変わらぬご愛顧を頂戴しております。
平成18年には惣の南側に新複合ショップ惣南長屋がオープンしました。
より賑やかになった惣。 皆様のお越しを心よりお待ち申し上げております。
写真も、拝借。
どうです、この草ぶき屋根の、なんとも言えない、あったか~い雰囲気。

お目当ての一つであった「惣」が開いていて良かった。
一階の「CRYDDERI CAFE (クーデリーカフェ )」で、日替わりカレーとお茶のセットで、山茶花さんと昼食。
料理を待つ間に山茶花さんから、たくさんのお土産をいただき、恐縮しっぱなしの幸兵衛だった。
美味しいカレーをいただきながら、話は落語や幸村のことで盛りあがる。
店の外で、カフェのお隣の「モワティエ」のケーキを食べていた、アジアからの観光客と思しき女性二人連れがいた。どちらから来られたのか聞いたところ韓国の方だった。
どうして「からほり」を知ったのか尋ねたらネットで見つけた、とのこと。
へぇ、ネットで、からほりを・・・・・・。
彼女たちにしてみれば、大阪観光の穴場として来たのだろうか。
もしかすると、お目当てにしていたお好み焼き屋さんなどが休みで、少しがっかりだったかもしれないが、お好み焼き屋さんはいくらでもあるからね。
さて、空堀の後は、次第に南へ下がって行く。
まず、寺町街を歩く。
山茶花さんがおっしゃるには、京都よりもお寺の数は大阪の方が多いらしい。
後で調べたら、一位は愛知、その次が大阪で、京都は兵庫、滋賀に続く五番目だった。
なるほど、上町台地の西側で南北を縦断する道、松屋町筋(まつやまちすじ→地元の方は「まっちゃまちすじ」。落語にもたびたび登場する)に沿って、お寺がずいぶんたくさんあるのだよ。
気づかず通り過ぎるような、高層ビルの一階がお寺、というのもたくさんあった。
多くのお寺の中で、「赤穂義士の寺 吉祥寺」が目を引いた。
山茶花さん、「あるんですよ、義士のお墓が」とのことで、迷わず立ち寄る。
同寺のサイトによると、足軽ということで切腹を免れた寺阪吉右衛門が、四十六士の遺髪、遺爪、鎖帷子等に銀十両を添えて江戸では幕府に遠慮して墓の出来なかった義士たちの冥福のための建碑を依頼したとのこと。
「義士の寺 吉祥寺」サイト
あの『最後の忠臣蔵』(『四十七人目の浪士』)の寺阪吉右衛門由来の寺ではないか。
この寺には、なんと、四十七士討ち入り姿の石像がある。
こちらが、山茶花さん撮影の写真。

この後も、天王寺下寺町のお寺を眺めながら、真田幸村ゆかりの場所と、坂の街大阪の名所をめぐるのだが、その内容は後編、ということで。
東京発のマスコミが描くのとは違う大阪を楽しんでいただいた様で何よりです。谷町筋は、上方落語の舞台であり発祥地でもあり、聖徳太子や織田信長、秀吉が愛した街であり、真田幸村縁の地でもあります。
天王寺七坂(学園坂を含めると八坂)は、多くの文人に愛された場所でもあります。
まったく体は問題ないですよ。
若い時に鍛えた貯金が、年々目減りしてはいますが、まだ残っていますから^^
大阪の人も知らない大阪を、名ガイドのおかげで堪能しました。
後編も、もうすぐ公開しますよ。
本当に、お世話になりました。
またその劇団の公演が一心寺シアターで開催されるので、一心寺も訪れています。
大阪城公園の紅葉は今が真っ盛りでしょう。
へぇ、ご存じでしたか、空堀商店街、そして一心寺シアター。
ご一緒した山茶花さんも、一心寺シアターで、枝雀が演じたカフカの『変身』や、佐々木蔵之介の犬の役などをご覧になったようですよ。
一心寺は、そのデザインや芸術への理解度など、実に個性的ですね。建築家の長老の方の良い意味での影響なのでしょう。
私は紅葉はほとんど目当てではなく、坂と真田の大阪を歩いて、士気が高揚してました^^
