「とと姉ちゃん」終了を前に、思うこと。
2016年 09月 24日
来週で、NHKの朝の連続ドラマ「とと姉ちゃん」が終了する。
朝ドラを「歴史ドラマ」と考えるかは異論があるかもしれないが、私は明らかなモデルがいる以上「歴史ドラマ」であるべきだと思っている。
そういう意味では、いろいろ小言を言いたいこともあったが、これまで書かないでいた。
しかし、終了を目前にして、いろんなメディアで、モデルとなった「暮しの手帖」の関係者から、ドラマの内容が事実とは違うという指摘、批判を取り上げているようだ。
我らが「居残り会」のリーダーである佐平次さんも、記事を書かれていた。
「梟通信~ホンの戯言」の該当記事
佐平次さんも紹介した記事の引用を含め、朝の「歴史ドラマ」について書いてみることにした。
まず、「週刊朝日」からの引用を含み「LITERA」の記事から。
「LITERA」の該当記事
朝ドラ『とと姉ちゃん』を、本家「暮しの手帖」が痛烈批判! 花森安治の反権力精神を描かないのは冒涜だ
2016.09.17
10月1日で最終回を控えるNHK連続ドラマ『とと姉ちゃん』。スタートから毎週連続して視聴率20%以上をキープする快進撃が続いているが、ここに来て「ドラマと事実とはあまりに違う」という批判が噴出している。
ドラマのモデルとなった当の「暮しの手帖」(暮しの手帖社)からも、『とと姉ちゃん』についてこんな声明が出された。
〈現在ドラマでは、あるメーカーと『あなたの暮し』が対立関係として描かれています。自社製品の評価が低いことに激怒したメーカーの社長から、常子たちは数々の嫌がらせを受けます。
一方、実際の商品テストでは、大手メーカーはテストの結果を前向きに捉え、性能の改善へ繫げることが多かったそうです。こうしたメーカーの努力の甲斐もあり、メイドインジャパンの製品の質は次第に向上していきました〉(暮しの手帖社facebookより)
ドラマで大きなモチーフとなっている「商品試験」について、「実際の商品テストでは」とその差異を強調したのだ。
また「暮しの手帖」現編集長・澤田康彦氏も、ネットサイト「entertainment station」インタビューで
〈大前提として、あれは事実を元にしたフィクションです。古くからの『暮しの手帖』の読者からは『全然違う、指摘しないの』という声をいただくこともあります〉
と、「暮しの手帖」編集部にもドラマについて苦情が届いていることを明かしている。
そして最も痛烈だったのが「週刊朝日」(朝日新聞出版社)9月23日号に掲載された「暮しの手帖」元編集者小榑雅章氏(78)からの“告発”だ。
小榑氏は名物編集長だった花森安治氏に18年間師事した愛弟子でもあるが、ドラマと事実の相違点についていくつもの具体例を示し異議を唱えている。例えば花森氏をモチーフした唐沢寿明演じる花山伊佐次と高畑充希演じる小橋常子のモデル大橋鎮子氏の関係は「花森さんの指示のもと、走り回っていた編集部の一人」であり、実際の花森氏はスカートなど履いたことはなく、また「商品テスト」での企業の嫌がらせもなかった――などだ。
確かにこれらの指摘は関係者にとっては重要なものだろう。とはいえドラマはあくまでフィクションであり、史実とドラマの設定や展開が多少違うことは珍しい話ではない。だがドラマにはフィクションとしても看過できない根本的な欠落、問題があった。それが戦争責任と公害という2つの問題だ。
小榑氏は、公害問題についてこう語っている。
「あの時代は公害問題が出てきて、人々の生活が脅かされていました。『暮しの手帖』では、食品色素の危険性も指摘しました。当時は、食品にいろんな色素が入っており、それが体に害がある恐れがあるにもかわらず、国は黙認していました。編集部でアイスキャンディーを何百本も検査した結果、4本に1本の割合で大腸菌が検出されたこともありました。食品公害という言葉を作ったのは『暮しの手帖』なのです」(前出「週刊朝日」より)
しかしドラマでは食品公害については一切触れられることはなかったのだ。
そして、それ以上に小榑氏が譲れないと憤るのが、花森氏の戦争責任についてだ。
確かに花森氏は日中戦争で徴兵され旧満州で従軍し、除隊の後は大政翼賛会実践宣伝局に勤務し、“進め!一億火の玉だ!”などの戦意高揚のポスター制作に携わった。そのためドラマではその戦争責任を反省して「暮しの手帖」を創刊したことになっているが、小榑氏によれば実際の花森氏の思いは別のものだったという。
「僕は自分に戦争責任があるとは思っていない。だからこそ、暮しの手帖を始めたのだ。(略)なぜあんな戦争が起こったのか、だれが起こしたのか。その根本の総括を抜きにして、僕を血祭りにあげてそれでお終いというのでは、肝心の問題が霧散霧消してしまうではないか」
ドラマのようにわかりやすい“戦争責任”というストーリーではなく、その根本を問う。そして「お国のために」と騙されたことで「国とはなんだ」を問い続けたという花森。そして、その答えこそ「庶民の生活」だった。
「庶民が集まって、国がある。国があって庶民があるのではない。(略)国にも企業にも騙されない、しっかりと見極める人々を増やして行く、それが暮しの手帖の使命だ」
花森はあくまで庶民の立場に立ち、国家や企業と闘った反権力ジャーナリストだった。
小榑氏は、きっと見る度に、歯ぎしりしていたのだろうなぁ。
80歳に近い元編集者であり花森安治の弟子は、きっと、こらえきれなかったのだろう。
こういう指摘がある中、制作者側はどう考えているのか。
引用を続ける。
『とと姉ちゃん』でプロデューサーを務める落合将氏が「Yahoo!個人」インタビューで「暮しの手帖」を“モデル”ではなくあくまで“モチーフ”にしたとしてこんな発言をしている。
〈――花山のモチーフになった花森安治さんに忠実に描いてしまうと彼の思想的なことが入らざるを得なくなりますよね。
落合 そこは正直、微妙です。花森さんはわりと反権力的な方で、政治や政府にも一家言があったとされている。そこを朝ドラでストレートにやるにはなかなかハードルがある〉
ドラマにしておきながら「花森安治の思想は正直、微妙」って……。だったらなぜモチーフにしたのかと問いたくなるが、要するにそもそもNHKは花森の反権力というジャーナリストとしての思想を描くつもりなど毛頭なかったのだ。
こうした経緯を踏まえた上で小榑氏が指摘するのが花森、そして「暮しの手帖」のジャーナリズムとしての姿勢だ。
小榑氏は「権力の番人」というジャーナリズムの基本について“中立はない”としてこう断言している。
「当時、『暮しの手帖』には中立というものがなかった。庶民の立場に立って、こうなってはいけないと思うから発言する。『ジャーナリストは命がけなんだ』『牢獄に入ってもよい覚悟があるか』と花森さんによく言われました」
“ジャーナリズムに中立などない”。確かにこの小榑氏の指摘はあまりに重要だ。
とくに安倍政権発足以来、公平性や中立といった言葉を権力が恣意的に解釈することにより、日本のメディア、ジャーナリズムはそれに屈し、萎縮や自粛を繰り返してきた。
プロデューサーが言う、“朝ドラでストレートにやるにはなかなかハードルがある”の“ハードル”とは何か・・・・・・。
もし、反戦、反権力という花森安治の姿勢を表現することにハードルがあったのなら、LITETAの記者が言うように、初めから取り上げるべきモデルではないのではないか。
そして、「モチーフ」であって「モデル」ではない・・・というのは、なんとも理解しがたい発言だ。
明らかに、逃げの言葉。
本名に近い名をつけているし、誰が見ても「モデル」であろう。
そして、「フィクション」ではなく、特定の人物や会社、その時代を対象にした「歴史ドラマ」であるはずだ。
それは、朝ドラだろうが、大河だろうが、違いはないはず。
また、何をもって「中立」と言うのかは難しいテーマだが、紹介した小榑氏の主張は、あの雑誌に真剣に関わってきた編集者の骨太なジャーナリストとしての哲学、了見を感じる。
拙ブログでは以前にもNHKのドラマにおける、歴史の歪曲について書いたことがある。
2014年12月には「花燃ゆ」と「花子とアン」について、、2015年5月に「マッサン」について書いた。
2014年12月24日のブログ
2015年5月28日のブログ
今回と同じような戦争に関わる登場人物のい姿勢については、「花子とアン」において、村岡花子が好戦的な発言をしていたことが、まったく隠されてしまった。内閣情報局と大政翼賛会の指導のもとに結成された文学者組織である日本文学報国会の存在なども、ほとんどあのドラマでは触れられなかった。
代わりに、別な登場人物が好戦的であり前線への慰問などもしていたが、村岡自身の文学報国会での活動などを描かなかったのは、NHKの“ハードル”の高さなのだろう。
しかし、それでいいのだろうか。
テレビドラマは「ジャーナリズム」とは無縁なのだろうか・・・・・・。
「モチーフ」としているだけで「フィクション」だから、メディア側の都合で、モデルとなった人物のことについても、史実を無視したり、より分かりやすいように脚色してもいいのだろうか・・・・・・。
モデルがある以上、そのドラマは「歴史ドラマ」としての責任を負うのではないか、と私は思う。
そして、歴史を描くということは、大いにジャーナリスティックな活動だと思う。
そこで、あらためて「中立」ということに戻る。
兄弟ブログの「幸兵衛の小言」の記事と重複するが、あるジャーナリストの言葉を紹介したい。
「幸兵衛の小言」の該当記事

*古本うしおに堂さんのサイトに綺麗な写真があったので拝借しました。
古本うしおに堂サイトの該当ページ
『ペンの自由を支えるために』は、実は、私が新聞記者を目指していた頃の座右の書だった。
その後、新聞記者にならずに、別の業界に進んだのだが、この本はまだ本棚のいつもの場所に置いてある。
著者須田禎一さんは、1909年に茨城県で生まれ、東大文学部を卒業し朝日新聞に入社。戦時中は上海などに赴任。戦後朝日を退社し、一時教職に就いたが、その後、北海道新聞の論説委員となった。60年安保で北海道新聞の鋭い政府批判を書いたり、後年は道新のコラム「卓上四季」を担当された。北海道に生まれ高校卒業まで暮らした私には、馴染み深いコラムだった。須田さんはフリーとなってから上記を含む著作を発表されている。
『ペンの自由を支えるために』から引用する。
燕が一羽とんできただけでは春とは言えない、といわれる。しかし、桐の一葉が池に落ちるのを見て“天下の秋”を予知する能力を、ジャーナリストは必要とする。最も重要なことは、その予知力を“先物買い”や“バス先乗り”に用いるのではなく、大衆のための耳目として活用することである。つまり、来るべき“秋”を“凋落の秋”ではなく“結実の秋”とするような方向へ持ってゆくことである。そのためには、いわゆるマスコミが“社是”として掲げる「公正」「不偏不党」を偽善として冷笑するのではなく、自らの位相に立って活用することである。果たして、今の新聞人には、桐の一葉が池に落ちるのを見て“天下の秋”を予知する能力はあるのか・・・・・・。
もしその能力があっても、大衆のための耳目として活用する料簡はあるのか・・・・・・。
須田さんは、紹介した文章の後で、著書『独絃のペン・交響のペン』から、1968年3月の成田空港反対闘争において、TBSのマイクロバスが反対同盟のプラカードを載せたことが“報道の中立性を侵す行為”として大量処分となったことに強く抗議している内容を紹介しているが、その中に次のようにある。
報道の中正、主張の公正、ということは、右と左との算術的中間、ああでもないこうでもないの曖昧性を意味するものであってはならない。また惰性的な生活意識に基づく“社会通念”の上に寝そべるものであってはならない。侵略者の暴力と被侵略者の暴力とが対峙するとき、被侵略者の側に立って報道することこそが、中正で公正なのだ。
紹介した須田さんの主張は、花森安治と相通じるものがあるように思う。
ドラマでは主人公の「女性のために」という姿勢が強調されるが、もっと、庶民のために、生活者のために、弱き者のために、という花森の姿勢が描かれて欲しかった。
今や、貴重な「ジャーナリスト」が登場するドラマであった以上、その内容は、どっちつかずの“算術的中間”や“曖昧”なものではなく、その人が“被侵略者”の側において堅持していた了見を、忖度することなく伝えるドラマであって欲しかった。
制作者側は「モチーフ」とするだけの「フィクション」であると主張しようが、見る側は、ある特定「モデル」の人生が描かれていると認識しているだろう。
だからこそ、明らかに誤った脚色や、重要な史実の隠蔽は、モデルの当人や周辺の人々にとっても、そして視聴者にとっても、許せない歴史の捏造ではないのか。
むしろ暮しの手帖や花森の改竄、国民の記憶のつくり直しが目的だったのではないでしょうか。
「モデル」の「モチーフ」への言い換えは、「敗戦」を「終戦」と言うのと同じような誤魔化しを感じます。
鎭子さんの家族が主な対象としても、父と母の実家の設定は事実と違います。
彼らは脚色と言うのでしょうが、もう少し事実に基づいて欲しいものです。
そういう事だったんですか。
このブログを見て、須田さんの本を読んでいます。
p138の6戒。
「事件の頻度に鈍感になるな。…”今日も公害、明日も公害ではゲイがない”などという無責任なつぶやきはかりそめにもしてはならぬ」
まったくです。現政権の暴政、国民が主権者たることを忘れていること、などは何度でも記事にすべきでしょう。
豊平良顕さんの 「一方にすべての権力を握った統治者がいる。その一方には基本的な権利すら奪われた住民がいる。この極端な不均衡の中で客観、公平を保つとはどういうことだろうか。力のない側に立って少しでも均衡を取り戻すこと、それこそが公平ではないか」という言葉も大好きです。
そうでしたか。
私は、新聞記者の先輩の話を聞いて、行き先を替えたのです。
その先輩の紹介で新聞社でアルバイトもしていましたので、見て聞いて、高校時代に自分が思い描いていた世界とは違うなぁ、と感じたのです。
残念ながら、須田さんや沖縄タイムス創業メンバーの一人である豊平良顕さんなどのようなジャーナリストは、もう現れないのでしょうね。
