全生庵で、今日から円朝収集の幽霊画を公開。
2016年 08月 01日
8月11日の円朝の祥月命日が近づいてきた。
そう、8月11日は「山の日」よりも、落語愛好家にとっては、「円朝の命日」として記憶に刻まれているのだ。
考え方次第か。
国民こぞって円朝の供養をするための祝日、と考えよう。
しかし、そのうち「山の日」は、ハッピー・マンデーになるのだろうから、11日が祝日であるのも、数年の間だけなのだろうなぁ。
さて、今日8月1日から、谷中の全生庵で円朝の幽霊画コレクションが公開される。
全生庵ホームページから引用する。
全生庵のホームページ
ごあいさつ2011年までは、落語協会の「円朝まつり」として、命日近くの日曜日に多くの屋台も出て、落語愛好家の方が多数詰めかけたようだが、私は行く機会がなかった。
三遊亭円朝(一八三九~一九〇〇)は幕末から明治にかけて落語界の大看板であると共に、「怪談牡丹燈籠」「真景累ヶ淵」「文七元結」などの原作者としても広く知られております。そして、今なお落語界はもとより歌舞伎をはじめ、演芸界全般に多大な影響を与え続けております。
また人格面においても、全生庵開基・山岡鉄舟の導きにより禅をよく修し、その淵源を極め、京都天竜寺の滴水禅師より「無舌居士」の号を付与され「芸禅一如」の境涯に達した人物であります。
全生庵に所蔵しております円朝遺愛の幽霊画コレクションは、円朝歿後その名跡を守られてきた藤浦家より寄贈されました。伝円山応挙というものから、柴田是真、菊池容斎、松本楓湖、伊藤 晴雨、河鍋暁斎など、幕末から明治の著名な画家達の筆による大変ユニークな幽霊画でございます。
全生庵では、毎年、円朝忌の行われる八月の一ヶ月間、幽霊画全幅を公開しております。十一日の円朝忌には、落語家により盛大な供養の会も行われまして、大勢の方々にお越しいただいております。
円朝辞世の句 「耳しいて聞きさだめけり露の音」 全生庵七世住職 平井正修
円朝まつりでは、2010年に喜多八がキタナヅカを披露したことを思い出す方も多いかもしれない・・・・・・。
今は、命日の11日に「円朝忌」として落語家だけの供養が行われる、当月の間はこの幽霊画の公開という企画、屋台と人ごみの喧噪の中での供養よりも、ずっと相応しいように思う。

森まゆみ著『円朝ざんまい』(文春文庫)
全生庵の幽霊画で思い浮かべるのは、森まゆみさんの著『円朝ざんまい』の冒頭にある、中学時代の思い出のことだ。
この本は、次のように始まる。
中学三年生の夏、私は家の改築のため荒川区日暮里の路地裏、木賃アパートの二階に住んでいた。生意気ざかり、反抗期であった私は、狭いアパートでよく家族、ことに父親と衝突し、それを避けるためになるたけ家に帰らず、台東区谷中や日暮里の町を徘徊していた。昭和四十四年(1969)の話である。
夏休み、谷中三崎坂中腹のとある寺、入っていくと古びた庫裏の玄関に鉦があって、近代不世出の噺家、三遊亭円朝の収集による幽霊画の参観を希望する方はどうぞお上がりください、とある。上がると、畳の広間の周囲にお化けの描かれた軸が何十幅も、開け放した窓から入る風にハタハタと揺れていた。怖かった。落語の神様といわれる三遊亭円朝の名を知ったのはこのときである。この人の墓もこの寺全生庵にあった。
森まゆみさんにとって、円朝との出会いは、この幽霊画の怖い思い出と一体化しているということか。
しかし、今の世の中、円朝の怪談噺にも負けないような残虐な事件が頻発しているなぁ。
円朝が、現代に生きていて怪談を創作するとしたら、いったいどんな噺になるだろうか。
とても、カランコロンなんて下駄の音がするような、一種優雅さもある内容にはならないいだろう。
なんとか、期間中に応挙の画などに接したいと思っている。
『応挙の幽霊』という噺を味わうための予習でもあるが、何かと野暮用続きで、行けるものやら・・・・・・。
さて全生庵、幽霊画の公開とのこと。円朝忌とも掛けて夏らしい催しです。昨年の夏には、上野の芸大美術館で円朝コレクションを含めた「幽霊画展」があり、ワタクシ、ニョーボとともに見物に出かけました。今年は今年で、現在江戸東京博物館で「妖怪画展」が開催中で、こちらにも全生庵からの貸し出しが公開されています。夏場に付き物の企画とは言いながら、世の中が不安定になると、こういうふんわりしたものが好まれるようになるのかな、などと要らぬことを考えてしまいます。
お久しぶりです。
幽霊、妖怪・・・私は結構存在を信じています。
杉浦日向子さんの本や水木しげるさんの影響かな^^
人間が万物の霊長ではない、と思わせてくれるじゃないですか。
江戸の人々は、台所道具などにも生命が宿っていると考え、大切にしたようです。
全生庵、なんとか公開期間中に行くつもりです。
