新宿末広亭 6月下席 夜の部 6月27日
2016年 06月 28日
この日は、日本橋か新宿か、で迷っていた。
日本橋は、当初喜多八と三三の兄弟会の予定だったが、はん治と三三による「喜多八を偲ぶ会」に替わった。二人の対談には興味があった。
しかし、どういう偶然か居残り会メンバーが新宿に集合することになり、私の迷いも吹っ切れた。
とはいえ、都内で一件野暮用を済ませた後なので、私は途中入場。
ほぼ昼夜居続けの佐平次さんなど、他のよったりさんは、先に昼の部からお楽しみ。
まぁ、私は4月の入院前後に居続けをしたので、今回は、小三治さえ聴けて、居残り会が楽しめれば、と思っていた次第。
コンビニでおにぎりを買って、5時40分頃に入場。
柳家さん福の『普段の袴』が始まったばかりのようだった。
一時過ぎに入場した佐平次さんからは、メールで「二階まで、ほぼ一杯」とご連絡をいただいていたが、昼の部がはねて椅子席の団体さんが帰られたこともあり、席に余裕ができたようだ。
二階には空きがあるらしいし、一階の椅子席にもわずかながら空ができていた。
私の好きな下手桟敷は、後ろの方に空きがあるのだが、柱が邪魔で高座が見えにくい場所。上手の桟敷には中央付近に若干スペースがあった。
上手の桟敷と決め、後ろのパイプ椅子に座って、さん福のサゲまで待つ。
さん福は、4月8日の居続けの昼の部で『だくだく』を聴いていた。
2016年4月10日のブログ
その4月が5年前の、同じ小三治主任の席で聴いてから久しぶりの二度目、そして今回が三度目なるのだが、ハナから聴くんだった、と思わせる、なかなかの高座だった。
袴を大家に借りに行くと、大家から「誰かと思ったらガラか」と言われ、八五郎が「今日はハチなしか。縁日の植木屋じゃねぇや」とか、「襞(ひだ)が崩れて、高山は大騒ぎだねぇ」なんてぇ科白が、楽しかった。
さて、最初から聴けた出し物について感想などを記す。
小三治主任の席ながら、結構幅広い一門から、珍しいと思われる人も含んだ顔付になっているように思う。
ひびきわたる キセル漫談 (9分 *17:53~)
いつもの芸。オットセイ、アザラシ、トド、微妙に違って聞こえたのは、私の耳が悪いのか^^
入船亭扇好『権助魚』 (14分)
権助が、魚屋で“網打ち魚”として買う中に、サメの切り身があるのは、もしかすると初めて聴いたような気がする。サゲにつながるので、結構普及しているのかもしれないが、勉強不足で誰の型なのかは知らない。
嫌いではないし楽しく聴いたのではあるが、何か物足りなさを感じたのも事実。あえて言うなら、高座に“華やかさ”が欠けている、ということだろうか。
上手いだけに、もう少し華があれば、と思うのだ。
昨年亡くなった九代目扇橋には、七人の弟子がいる。入船亭扇遊・入船亭扇海・三代目入船亭扇蔵・二代目入船亭扇好・入船亭扇治・入船亭扇辰・入船亭扇里だ。
扇海は寄席にはほとんど出ていないはず。三代目扇蔵は四十代でなくなっており、昨年、扇遊の弟子遊一が、四代目扇蔵を襲名した。
この人は、若い時は結構将来を嘱望されたとも聞く。扇遊は、もはや中堅の一枚看板。その次は、となるとこの人ではなく、弟弟子扇辰の名が挙がるだろう。
まだ、五十代の前半。力はあると思うので、扇橋の芸を継承する一人として、より存在感のある噺家になって欲しいし、きっとなれると思う。
柳家一九『そば清』 (15分)
師匠小満んが主任の席以外でこの人を聴くのは、私としては珍しい。
以前も聴いたことがあるが、この噺は、ニンだ。
清兵衛さんが、喋りながらリズミカルに蕎麦をたぐる場面、つい、こっちも蕎麦が食べたくなる。
清兵衛さんの「どう~もぉ~」を何度か聴くうちに、それだけで可笑しくなる。
過去の音源では十代目馬生が際立っていると思うが、現役でこの噺に関して、この人は間違いなく上の方に位置するだろう。師匠が師匠である、それも当然かもしれない。
さん生を含む一門会などは開いているのだろうか。もし開催されているのなら、ぜひ駆けつけたいものだ。
伊藤夢葉 奇術 (11分)
あの“鞭”、よほど好きなんだろうなぁ^^
コミック的な芸に、一層磨きがかかったような気がする。
最初に、師匠の一葉を知っている人がいますか、と客席に聞いたら結構手が挙がったので、嬉しかったのではなかろうか。
以前、彼が師匠の名を口にして懐かしく思い、矢野誠一さんの本を引用して記事を書いたことがある。
ご興味のある方は、ご覧のほどを。
2014年6月8日のブログ
春風亭勢朝『大師の杵』 (14分)
地噺の達人、とでも形容できるかもしれないが、それ以外は聴いたことがない、というのも寂しい気がする。
同じネタにしても、以前小満んで聴いた時とは、印象はまったく異なる。
器用ではあるが、その先に何を求めるのか・・・そんなことも思ってしまう。
桂南喬『短命』 (16分)
仲入りは、私が好きなこの人。
マクラで、四十九日の法要での落語会に呼ばれ、故人が好きだった『野ざらし』を演じたが、笑うどころか未亡人が号泣した、という話は可笑しかった。ネタじゃないよね、まさか^^
この噺は、最近では若い人もよく演じるのだが、やはり、年の功だなぁ、と思う。
なかでも、隠居が何度説明しても、なかなか短命の原因が分からない八五郎のとぼけた味が良い。
隠居と八五郎とのやりとりにも、笑いを取ろうとする、あざとさを見受けない。
伊勢屋の若女将が、困った人の質草をこっそり夜になって返してあげる、という美談(?)は、初めて聴いたと思う。
寄席で欠かせない芸達者、この日も見事な高座で十分に役割を果たした。寄席の逸品賞候補としたい。
それにしても、このネタを聴いても、喜多八を思い出すなぁ。
古今亭菊太楼『饅頭こわい』 (11分)
クイツキは、この人。大抜擢ではなかろうか。
4月の居続け夜の部で『替り目』を聴いて感心していた。
2016年4月11日のブログ
しかし、小三治主任の席でのこの深い位置は、プレッシャーもかかるだろう。
語尾を飲み込む場面もやや目立ち、4月に比べると本来の出来ではなかったと思う。
円菊門下ではすぐ上に菊志ん、その上には菊之丞、そして下に文菊と、良い意味でライバルに恵まれている。
明るい高座には好感が持てる。ぜひ、一門でも先輩後輩にひけをとらない噺家さんになって欲しい。
この深い位置での起用は、きっとそういう期待もあってのことだと察する。
ホンキートンク 漫才 (10分)
落語を素材にし、水を飲もうとして「やめよう、夢になるといけねぇ」などのギャグで大爆笑。
今、もっとも乗っている漫才コンビかもしれない。
昼の部で笑組も観た四人さんは、ホームランも良かったし、とにかくホンキートンクが圧倒的に良かった、笑組は、今一つ、との感想で一致していた。
コンビの個性も違うし、短い時間で制約があったとは思うが、ゆたかさん、頑張れ!
三遊亭歌る多『町内の若い衆』 (14分)
久しぶりだなぁ、と思って後で調べたら、2013年10月の末広亭、漫談と短い『替り目』以来だ。
今や、落語協会の理事さんとしての貫禄もついてきたような気がする。
兄いの女房を真似て熊の女房がシナをつくろうとする場面、膝を崩して斜めになったあたりは、なるほど、女流落語家の武器を出したな、と思った。
また、それ以上は野暮という寸前で女が演じる女役の過度な色気を止めるあたりは、百戦錬磨の感あり。
女性らしく、二人の女性を見事に演じ分けた。
居残り会でも少し話題になったが、あえて男の噺家のような高座を目指す無理をしないことにした、のかと思う。それが、良い方向に向いているのではないだろうか。男は男、女な、やはり女なのだ。
彼女は、東京での初女流真打。2010年から落語協会の理事。
生年月日を正直に協会のプロフィールに掲載している。
落語協会ホームページの該当ページ
こういう点でも、ある時点で“達観”したような、そんな気がする。
最近若手の女流落語家が増えている。しかし、可愛いのは今のうち。問題は、高座での芸だ。
ぜひ、勘違いしている若手の手本になって欲しい。
また、協会の幹部として、女性の視点で発言して欲しいとも思う。
ホームページが工事中の時、自身のブログかツィッターで、もうしばらく待って欲しい、というような内容で発言していたように思う。
昨年、突貫工事は終わったようだが、あちこちに修理漏れがあると分かっていらっしゃるだろうか。
五街道雲助『ざるや』 (10分)
寄席での十八番の一つを楽しく披露。
縁起のいい噺を、10分でしっかりまとめる。このへんが、寄席で鍛えた芸。
林家正楽 紙切り (11分)
ご挨拶替わりの「相合傘」からリクエストの「あじさい」と「文七元結」で、トリにつないだ。
しかし、なぜ、この時期で「文七」なのか。
柳家小三治『千早ふる』 (26分 *~20:55)
マクラなしで「知ったかぶりをするのは、いけないことです」で、ネタはすぐ判明。
「もっと悪いのは、知っていて知らないフリをすること」で、若干政治ネタをいじる。時間が許せば、きっと都知事問題などにもふれたのであろうが、この部分はあっさり。
そして、「一番いけないのは、知らないのに知らないフリをすること」と続く。この三段階は、私が持っている音源とも同じなのだが、最後は、実際は不思議なのだ。
知らないのに知らないフリ、って妙なのだが、客席も私もつい笑ってしまう。何だろうなぁ、あの感覚は。意外性の笑いなのかな。
前半は、以前よりも簡略になったように思うが、この噺の楽しさが損なわれることは、まったくない。
「千早ふる」の和歌の意味を本当は知らないご隠居が、金さんに問い詰められながらも反撃するなかで、金さんが「考えろたって、ハナから知らねぇんですからねぇ」と言うと、「何から考えるればいいかを考えろ」という言葉は、以前はなかったような気がするが、なかなか示唆的だ^^
サゲ直前、ご隠居が千早と神代、竜田川の意味のこじつけを解き明かした後で、「からくれない」の説明が、ポーンと抜けて、「水くぐるとは」に飛んだのは、残念。
とはいえ、そんなことも気にならない位、飄々とした、とでも形容できる小三治の高座を堪能した。
終演後は、楽しみにしていた、久々の居残り会。
リーダー佐平次さんの後について、3月にあった権太楼の独演会(とみん小劇場)の後にもうかがったお店へ五人は向かった。途中、ちょっと迷子になったものの、無事到着。
Yさん、M女史、そして私は途中でおにぎりを食べてはいたものの、結局、つい美味しくていろいろ食べたなぁ。
飲み物の方は、生ビールの後は、皆で熱燗。結局、一升空いたらしい。
締めは、佐平次さんのプロの注ぎ方(?)による瓶ビールだった。4本空いた、ような気がする。
話題は、どうしても喜多八のことになる。
私はI女史に、以前博品館でもらった「喜多八膝栗毛」のネタが書かれたチラシを差し上げた。たまたま、二枚あったのだ^^
このチラシを元に記事を書いているので、ご興味のある方は、ご覧のほどを。
2016年5月25日のブログ
I女史からは、全員に、最後の睦会で配布された、東京音協と“いがぐみ”さんで開催された睦会のネタ一覧表をいただいた。
そのネタを眺めていても、高座を思い出す。
聴けなくなってから、一層、その存在の大きさをずっしり感じる。
「東京かわら版」7月号は、喜多八の追悼号らしい。いろんな人の言葉や対談が掲載されているようなので、買わなきゃ。
話は、他にもこの日のそれぞれの高座のことやら、漫才のこと、今後の予定などに発展し、あっと言う間に11時が過ぎていた。帰宅は久しぶりに日付変更線を越えたのであった。
三三のギャグ盛り沢山の「お血脈」、はん治の「背名で老いてる唐獅子牡丹」で涙が出るほど笑ったあと、中入り後は三三とはん治の喜多八を偲ぶトークでした。
芸人同士、兄弟弟子だから話せるようなエピソードを楽しく聞かせてもらい、最後は三三が「宿屋の仇討」でにぎやかに締めてくれました。
喜多八さんの人柄に少しでも触れる事が出来たようで、残念ではあるけれど楽しい会でした。
日本橋派(?)でしたか^^
ご報告、ありがとうございます。
トークの内容は、行った方だけの大事な宝物ですね。
あちこちで、落語愛好家が喜多八を偲んでいる、そんな気がします。
BS TBSの「落語研究会」で先週末に放送された「らくだ」(平成27年)「二番煎じ」(平成26年)を見ましたが、見た目は痩せていても、高座は実にしっかりしている。
蝋燭の最後の炎だったのだろうか、などど思うと、また切なくなります。
落語と酒は切り離せないなあ。
居残り会は、永遠です!
どっかで聞いた科白かな。
「あくび指南」は、結構難しいんですよ。
まだ、「できますものは、つゆ、はしら、たらこぶ、あんこうのようなもの~」の方がやりやすいかもしれないけど、そっちはお譲りします^^
1.ホンキートンクの芝浜をモチーフにしたギャグは初めて知りました。漫才の途中で右側の人がジャケットを脱いでツッコミの人に「落語家さんじゃないんだから」と突っ込まれるのは見たことがありますが。
2.「千早振る」、7年前の8月上席池袋で喜多八を初めて聴いたのがこの演目だったことを思い出しました。トリの小三治の「馬の田楽」より、喜多八の「千早振る」、三三の「釜泥」の方が面白かったことがつい昨日のことのようです。
ホンキートンクの落語ネタのギャグは、彼らが寄席で育っただけあって、相当に落語に詳しいからこそ出来るのでしょう。
7年前の池袋の三人の三席、それぞれ得意ネタですね。
他の方のブログでは、この日であのネタは二度目で、最初にも本来の科白が抜けた部分があったようです。
大丈夫かなぁ、小三治^^
