「ねえや・某」ー安藤鶴夫『落語国紳士録』より。
2016年 06月 12日

安藤鶴夫著『落語国紳士録』
飯島友治さんの『落語聴上手』を元に、糊屋の婆さんの記事を書く時、安藤鶴夫さんの『落語国紳士録』を確認した。
この本は、1959年に青蛙房より出版され、その後1991年ちくま文庫、2000年に平凡社ライブラリーで再刊されている。私は、ちくま文庫版を所有。
残念ながら、この本に登場する92名の中に、糊屋の婆さんは含まれていない。
「紳士録」だからといっても、男ばかりというわけではない。
女性は、次のような名が含まれている。
喜瀬川・千代女・お崎・おそめ・おひさ・おなめ・おつる・お絹・小春、など。
中には、『鰻の幇間』の、あの鰻屋の女性店員が、「ねえや・某」として紹介されている。
ねえや・某
「鰻の幇間」に登場。手拭いをぶら下げた浴衣掛けの男に、野幇間の一八が連れていかれた鰻屋で「ああなる程、仰有る通りあんまり結構なお宅じゃないね、家は汚い、家は汚いけどうまいものを食わせるという・・・・・・」
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などといわせた店で働いているねえやである。お松どんか、お竹どんか、それともお梅どんぐらいなことはいうかと思って、一生懸命に調べたが、名がない。癪に障ったので「ねえや・某」としてワキに「なんだかわからない」というルビを振ろうとしたら、そんなに長いルビを振ると印刷する上の形がつかないといって怒られた。怒られても、しかし、なんだかわからないことだけは、間違いはない。
本書では、この後、羽織の男(一八)のことを尋ねた時の「ねえや・某」の言葉が掲載されている。一部をご紹介。
「あんだって? その羽織着た男のことえを訊きてえッてかね? お前さんなにかね、あの変なお客様の親類の方かね? そうではねえ? ともだちでもねえ? ふんなら、あんでそんなに訊きたがるだかねえ。けど、いくら流行らねえ店だからッってもよ、おら、七年も八年もこの店に働いてて、紙幣(さつ)の皺ァのばしのばし男泣きに泣いた客つゥもん、おら、みたこたねえ。」
「ねえや・某」が、一八が隠し持っていた紙幣の歴史、背景を知ったら、同情して、泣いてくれるだろうか・・・・・・。
実は、「ねえや・某」は、その後、苦労しているようだ。
釣りの二十五銭さおらにくれただけんどもね、あれ以来、この家も悪いことだらけでよ、去年神さんがおッ死んじまって、いまにも旦那がおッ死ぬてえ騒ぎだ。おら、羽織着のうらみじゃねえか思うだがね、おらもはァ二十五銭なんとかして返(けえ)してえ思うとるだに」
まさか、一八のうらみじゃなかろう。
それにしても、本書には、一席の落語だけに登場する、“なんだかわからない”鰻屋の「ねえや・某」は含まれているのに、多くのネタで存在感を示す「糊屋の婆さん」が含まれていないのが、私には不満である。
きっと、飯島友治さんだって、同じ気持ちに違いない。
上の画像、ちくま文庫の帯には「なじみの顔がみんないる、下町劇場」とあるが、看板に偽りありだ^^
それにしても、お松でも、お竹でも、なんでもいいから、名前を付けてもらいたいものだ。
「ねえや・某」と、毎度書く側の身にもなって欲しい。
あっ、そうか!
「糊屋の婆さん」を参考にして、「鰻屋のねえや」でいいじゃないか。
今後は、そうしよう。
とはいえ、他のネタには登場しないから、今後、「鰻屋のねえや」について書く機会は、そう多くはないかもしれない。
上方の女子衆は、「お松どん」「お竹どん」「お梅どん」が多い気がします。長屋の女性は「お咲さん」が多いでしょう。「雀のお松」というおしゃべりおばさんもいますが。
ザコビッチ(ざこば師)が米朝さんの所で内弟子時代、お宅には「ねえや」と呼ばれるお手伝いさんと「ばあや」と呼ばれる年配のお手伝いさんがおられたそうです。
ザコビッチが背中の皮膚病で臭い薬を塗っていたら、「ねえやさんに嫌がられた」とよく言われていました。その嫌なニオイの薬を米朝さんが嫌がらずに直に手で塗ってくれた事は、米朝師の生前からよく話しておられました。
上方の「女子衆(おなごし)」という言葉、私は好きだなぁ。
どことなく、温かみがありますよね。
ザコビッチの薬の逸話、米朝師匠のお人柄が伝わりますね。
それにしても、糊屋の婆さんが抜けているのは、許せない^^
