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5月の月間アクセスランキング。

 エキサイト・ブログでは、日別、月別で、アクセス数の多い上位10の記事のランキングが分かる。

 5月のアクセスランキング・トップテンの記事について、記事タイトルと公開日を記す。

1 命日に、“キザな小円遊”という虚像を思う—『談志楽屋噺』より。(2013.10/5)
2 落語協会HP、柳家喜多八の休席告知について。(2015.12/15)
3 柳家喜多八、殿下が貫いた芸人の美学。(2016.5/21)
4 師匠のおかみさんと、喜多八-東京新聞のコラム、おかみさんの著書より。(2016.5/22)
5 「笑点」関連の検索などで、初めてアクセスしていただいか方へ。(2016.5/16)
6 落語協会の来春の真打昇進者は、5名。再来年は、どうなる?(2016.5/9)
7 落語協会と落語芸術協会のHP、「訃報」に見える“料簡”の違い。(2015.7/15)
8 新宿末広亭 5月上席 居続け(2) 夜の部 5月2日(2016.5/4)
9 新宿末広亭 5月上席 居続け(1) 昼の部 5月2日(2016.5/3)
10 芸協、円楽一門との寄席興行を再検討?-YOMIURI ONLINEの記事より。(2012.2/7)

 一位の記事は、アクセスが7,000を超えた。
 とんでもない数だ・・・・・・。

 二位、今年初席の落語協会HPにおける喜多八の休席案内の内容に小言を書いた記事にも、4,000を超えるアクセスがあった。

 三位の記事も、1,000を超えていた。

 二位、三位、四位が、喜多八関係の記事。
 まだまだ、喪失感の余韻が残っている。

 五位の記事は、あえて、あの番組関係で検索されて、初めて訪問される方を意識して書いた記事だが、どれだけ、私の思いは伝わったのやら・・・・・・。

 六位の落語協会の来年の真打昇進者の記事に、ろべいの名が含まれている・・・師匠に思いが至る。

 七位の記事は、昨年の扇橋と初代夢丸の両協会の訃報の違いを中心に書いた記事なのだが、今回の喜多八の記事も、なんとも事務的な無味乾燥な内容。

 落語協会のホームページは、読めば読むほど、腹が立つことばかり。
 たとえば、記事にしなかったのだが、両協会では同じ5月21日付けで、二ツ目昇進者の案内が掲載されているが、落語芸術協会では、出演予定までしっかり書いているのに、落語協会には、そんな気配りは存在しない。
 三名の該当者のプロフィールへのリンクも、名前をクリックさせる方法で、別途リンクさせるようになっていない。
 とにかく、落語協会のサイト関係者は、“丸太ん棒”である。
 関係者は、この言葉の意味すら分からない人ばかりかもしれない(^^)
 
 検索キーワードのランキングも分かるのだが、喜多八関係と小円遊関係が四ケタで、ほぼ同数。
 「噺の話」より、多かった(^^)
 歌丸の名も、トップテンに入っていた。

 十位の記事も、あの番組関連の検索からのアクセスかと察する。

 退院後の末広亭居続けの記事二つにも、多くのアクセスをいただいた。
 夜の部は落語芸術協会の真打昇進披露興行だったが、披露興行、今月は池袋の中席、夜の部。
 ちなみに、昼の部は、最近休席が何度かあった小柳枝が主任。
 できれば、昼の途中からでも居続けしたいものだ、今月は無理かな・・・・・・。

 5日の日曜は、旧暦五月一日で、二十四節気の芒種。
 沖縄において、その前の節気小満と合わせた「小満芒種(スーマンボースー)」は、梅雨を表わす。
今年は沖縄、奄美は5月16日に梅雨入りした模様(?)なので、小満んの四日前だった模様^^

 ちなみに、「五月晴れ」は、本来は梅雨の晴れ間のこと。
 しかし、新暦において、五月の爽やかな晴れ間、という意味での運用が一般化しているなぁ。

 「五月雨」も、断続的な梅雨の雨のことなのだがなぁ・・・・・・。

 こんなことを書いていると、拙ブログも「五月雨式」だ、とお叱りを受けそうだ。
 
Commented by ほめ・く at 2016-06-02 11:27
トップの小圓遊の記事ですが、話題性もさることながら、小圓遊の追悼記事として良く書けている点も評価されているのではと思います。特に談志との関係は私も初めて知ったことばかりでした。これからという時期に急逝は残念で堪らなかった覚えがあります。志ん朝は小圓遊と梅橋はこん平に殺されたなどと言ってましたが、「笑点」に殺されたのでしょう。メディアによって作られた虚像と本人とのギャップに悩み苦しみ自滅ししていった芸人は数多くいますが、彼もその一人だったのだと思います。
Commented by kogotokoubei at 2016-06-02 12:23
>ほめ・くさんへ

過分なお褒めの言葉をいただき、恐縮です。

昭和55(1980)年は、小円遊が10月に亡くなる直前の9月に初代三平が旅立っていました。どちらも、私にはショックでした。
また、昭和59(1984)年は、1月25日に、小円遊の大喜利仲間であった初代小痴楽、後の梅橋が49歳で没したことは、ニュースにはあまりなりませんでしたのですぐ知ることはなかったと思いますが、1月31日に、上方で四代目林家小染が、満36歳の若さでこの世を去ったことで衝撃を受けたことを思い出します。
この噺家さん達は皆さんテレビの人気者でしたが、テレビで演じる虚像と生身の自分とが心の中で相克する晩年だったのではないかと察します。

そんなことを考えると、喜多八は、体の病には苦しんだでしょうが、芸人として心のあり様は、まったくぶれずに生き抜くことができたのかな、などと思います。

しかし、もちろん、それぞれの噺家さんの芸、高座を、もっともっと聴きたかったという思いは変わりません。
Commented by ぱたぱた at 2016-06-06 20:01
芸術協会のホームページで6月中席の池袋昼の部主任が小柳枝ではなく、桃太郎になっていました。Twitterのタイムラインを見たら、17日の東京落語会も休演だそうで心配です。
Commented by kogotokoubei at 2016-06-07 12:08
>ぱたぱたさんへ

そうですか・・・・・・。
心配だなぁ。
昭和11年生まれなので、歌丸、談志と同じですね。
まだ聴いていない、評価の高い『青菜』を聴きたいと、ずっと思っているのですよ。
早期の復帰を待ち望みます。
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by kogotokoubei | 2016-06-01 22:18 | アクセスランキング | Trackback | Comments(4)

あっちに行ったりこっちに来たり、いろんなことを書きなぐっております。


by 小言幸兵衛
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