師匠のおかみさんと、喜多八-東京新聞のコラム、おかみさんの著書より。
2016年 05月 22日
「梟通信~ホンの戯言」の該当記事
結構、落語を知る筆者が書いたように思う。
そのうちリンク切れになるかもしれないので、東京新聞の「筆洗lから全文を引用する。
東京新聞の該当記事
筆洗
2016年5月22日
師匠はその弟子に「おまえは暗い」と、いつも嘆いていた。人を笑わせる落語家が憂鬱(ゆううつ)そうでどうする。師匠の意見はもっともだが、おかみさんはかばい続けた。「いいんだよ、この子は。暗さを売り物にすればいいんだから」。その一言に暗い弟子はずいぶんと気が楽になった▼師匠とは人間国宝の柳家小三治さん。暗い弟子とは十七日にがんで亡くなった柳家喜多八さんの若き日である▼深みのある声。巧みな人間描写。喜多八さんの訃報に贔屓(ひいき)にしていた方はさぞ、がっかりしているだろう。円熟味を増し、さらなる変化、進化の過程にあったその芸である▼一時期の高座。初めて見た方は面食らったかもしれぬ。暗い。年中「夏の疲れが尾をひいております」「虚弱体質でして」と元気がない。本気で心配したお客さんもいたそうだが、それが手。聴衆を「なんだ?」と引きつけて、その憂鬱さからは予想もできぬ大熱演となる。暗さを逆手に取る、あのアドバイスも効いていたのだろう▼「うまそうに演じたり、うまいと(聞き手に)思わせるのもいけない」。晩年の境地。押し付けがましさのない高座はおかしく、奥行きがあった▼「噺家(はなしか)は六十を過ぎてから」。先代林家正蔵(彦六)さんの言葉だが、還暦過ぎてもなお成長を求め努力した方である。「まだ伸びしろがある」。伸びしろの先にあったものが実に惜しい。
おかみさんの、「いいんだよ、この子は。暗さを売り物にすればいいんだから」の言葉は、たしかに喜多八にとっては、大事な一言になったことだろう。
それにしても、そんなことを噺家のおかみさんが言うとは、なんとも個性的である。
このおかみさん、郡山和世さんは、たしかにユニークな方だ。

郡山和世『噺家カミサン繁盛記』
この方の著書『噺家カミサン繁盛記』を、以前ご紹介したことがあった。
2010年12月2日のブログ
柳家小三治の妻となり、おかみさんとして多くの、そして、いろんな弟子たちと接してきた奮闘の半生を語った、実に楽しい本。
以前の記事では、小八と言っていた二ツ目時代の喜多八が、おかみさんに「からすみ」をお土産に買ってきたので、おかみさんは楽しみにしていたら、実は「からすみ」という名のお菓子だった、という逸話を引用した。
小八は、値段は安いのが明白なのだが、おかみさんに頻繁にお土産を買ってきたことが、本書で明かされている。
それが、「暗さを売り物にすればいいんだから」という言葉の後かどうかは、分からない。
しかし、おかみさんが自分を応援してくれていることは、十分に感じた上での行動だったのではなかろうか。
この本には、こんな内容もある。
噺家を志そうとする場合、大別して二通りのタイプがある。
親が厳しく、丁度、青少年の反抗期とあいまって、今までの環境から逃れるべく、全く反対の世界に身を投じるタイプ。
早い話が、鬼っ子の悪あがき。親がアタフタする姿を、こよなく喜ぶ。
小三治を筆頭に、小八(現・柳家喜多八)等が顕著な例だ。
二人とも親が学校の先生という共通項があり、斜に構える型をとる(何となく顔つきも似ていて、手足が毛深いことも共通する・・・・・・)。
いまひとつは、家庭環境がバカ陽気で、当人も口から先に生まれ落ちたようなタイプ。
落語協会のホームページでも確認できるが、喜多八が小三治に入門したのは、満27歳の時。
落語協会ホームページの該当ページ
今でこそ大卒後に社会人生活の経験を経て二十代後半での入門者は珍しくないが、昭和24年生まれの団塊の世代で、喜多八のような入門者は、そう多くなかったのではなかろうか。
喜多八が師匠を選ぶ際、小三治も自分と同じ教育者の師弟であることが、入門の動機の一つだったかどうかは、知らない。
しかし、おかみさんは、間違いなく他の弟子とは違うものを感じていたに違いない。
同じ教育者の師弟で、いろいろと他にも似たところのある小八に、なんとも言えない思いを抱いていたからこそ、その暗さを売り物にしろ、と応援したのではなかろうか。
そのおかみさんが、今、どんなお気持ちなのかは・・・察するばかりである。
弟子の個性を見抜く、大変な力量ですね。
5月20日の小朝のブログの追悼文は、喜多八の噺家としての数々の長所をリスペクトしています。でも、私がぐっときたのは、「仲間から愛されていました」という一節です。
小三治は、自分と似たものを感じていたでしょうが、鬱陶しくは思っていなかったのではないでしょうか。
おかみさんは、旦那に似たものを感じていたのでしょう。
その旦那が好きで結婚したんだから、喜多八のことだって嫌いなはずがないと察します。
情報ありがとうございます。
小朝の記事、読みました。
あれだけ高く評価していたとは、少し意外です。
二ツ目や前座のために開催している伝統文化講座に関わっているようですね。
最近は目立たないですが、なかなか良いことをしているようで、少し見直しました。
出囃子の「梅の栄」、来春真打昇進する弟子ろべいに継いでもらいたいな。
あと一年がんばってもらい、弟子の披露目に出てもらいたかったというのは、あくまでファンの我がままなんでしょうね。
最後まで、「動」と「靜」のコントラストの魔術で魅了してくれましたね。
皆さんもそうでしょうが、まだ、喪失感に沈む日々が続きます。
この会はいつも最初に3人の寸劇があるのですが、病人役の歌武蔵の枕元に死神役で座っていた姿を見て、あまりの変わり様にビックリしました。
それでも「あくび指南」ではいつもの飄々とした、明るい噺を聞かせてくれたので、まさかこんなに悪かったとは思えませんでした。ご冥福をお祈りします。
お久しぶりです。
そうでしたか・・・・・・。
洒落とはいえ、見る側には辛いキャスティングでしたね。
「あくび指南」は、フジポッドお台場寄席の音源を持っており、今日も電車の中で聴いていました。
いいんですよね、あの噺も。
実に、得難い人でした。
過日こちらの記事を興味深く拝見しました。
先ほど、 柳家喜多八さんについてのブログ記事を書いたので、記事中に、こちらへのリンクを貼らせて頂きました。
事後のお知らせになりますが、お礼とお知らせ申し上げます。
(私のブログはアクセスもごくわずかなものですが、もしご迷惑でしたらリンクは削除いたします。その時は勝手ながらお知らせ願えませんでしょうか。)
