柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 5月19日
2016年 05月 20日
開口一番の途中で入場し、いつものようにコンビニで買ったおにぎりを食べながら、モニターを見ていた。
春風亭一猿という前座さんが『道灌』を演じている。
落語協会のホームページに、次のように紹介されている。
2014(平成26)年11月 春風亭一朝に入門
2015(平成27)年10月1日 前座となる 前座名「一猿」
入門から前座まで、約一年。
以前、桃月庵白酒が、入門者が増えて楽屋で前座仕事をするのを待つ“待機児童”が多い、と言っていたが、その一人だったのだろうか。
一猿の高座が終わってから会場の中に入る。
いつものように、ほぼ半数位の入りだったろうか。
小満んの三席について、感想などを記す。
柳家小満ん『蝦蟇の油』 (18分 *18:47~)
一猿のネタに関連して、最初の師匠文楽は、入門して一年間は『道灌』しかネタがなく、寄席で噺家が来れない時、三回『道灌』を演ったことがあり、お客さんが「ご苦労さん」と祝儀をくれた、という逸話を語る。
また、“めくらの小せん”が、一年間『道灌』ばかりを演じ、文楽の芸の師匠と言われた三代目三遊亭円馬が、一年間、違うネタばかりをかけたことがあるが、円馬が「小せんさんに、負けた」と語ったという、文楽譲りの話も披露。
終演後の居残り会で佐平次さんがおっしゃっていたが、一猿への温かい励ましの言葉であったのかもしれない。
本編は、元々が『両国八景』の中の一篇であることを匂わせる縁日のマクラから。「カエル娘」「ベナ」「大ザル、小ザル」「六尺の大イタチ」など、円生の音源とほぼ同じかと思う。
最初の口上は、円生のように“立て板に水”とはいかなかったが、酔ってからの口上との対比が効いていて、全体としては実に楽しかった。
酔って「後足が八本」と言って客から「八本じゃ蛸じゃねぇか」と言われ、「蛸、蛸ぶつ、蛸ぶつは塩がいい」などのクスグリが、妙に可笑しかった。
一所懸命に口上を速く言い立てることに重きを置く噺家さんが多い中で、この噺の面白さは後半にある、という当たり前のことを思わせる、結構な小品。
柳家小満ん『馬の田楽』 (24分)
すぐに高座に戻り、二席目。なぜか、めくりが『がまの油』のままで、返されなかった。
母の日の競馬のことなどをマクラでふり、昔は街道に「(馬)立て場」があったと説明してから本編へ。
元は上方落語で、三代目小さんが東京に移した多くの噺の中の一つ。
上方版は、ませた子供たちの会話が楽しいが、東京版は、逃げられた後に馬方が馬を探して尋ねるいろんな可笑しな(?)人たちとの会話の方に重きがあるようだ。とはいえ、小満んは、子供と太十との会話も楽しい。トンボ捕りに使うために馬の尻尾を抜いたタケやんの悪さを暴露する子供が、自分の分だけでなく「みんなの分も抜いた」の科白で、つい笑ってしまった。
馬方の太十、子供たち、三州屋の“おんじー”、立て場の耳の遠い婆さん、空を見ている男に尋ねると、午前中の草とりから始まり、長々とそれまでの経緯を語って、明日釣りに行くから空を見に来たところへ太十から「おらの馬を見ねえか」と聞かれたが知るわけがねぇ、と語る『長短』の長さんにも負けないようなお百姓さん、最後に酔って登場の虎十まで、田舎言葉が、実に自然、と言うと小満んに叱られるかな(^^)
この噺は橘家円太郎で、さがみはら若手落語家選手権の決勝で聴いたが、円太郎は、耳の遠い婆さんとの会話をもっと大声で長く演じたり、とにかく馬方の言葉が耳にビンビンと響いた記憶がある。少し「爆笑」させることを意識し過ぎの高座。それに好対照な小満んの「微笑」を誘う高座が、実に結構だった。
「微笑を演じる」と、飯島友治さんが、三代目三遊亭小円朝の高座を形容したが、まさにそんな芸を堪能。
柳家小満ん『抜け雀』 (32分 *~20:19)
仲入り後は、この噺。
マクラで狩野派の名人の絵師(名前は聴きそこなった)の描いた馬は、絵から抜け出して田んぼに水を飲みに行く、とふって「朝帰り 田んぼで狩野の 馬に会い」。
他にも、ある名人の画家が、絵の中の馬が痩せてきたから草原を加えてやると太ったり、道を遠くの丘まで描くと、馬が消えていたりという、二席目の噺ともつながりのある、見事なマクラから本編へ。
文字にしても伝わらないだろうが、何気ないクスグリをふんだんに散らばめた、見事な「微笑」を誘い出す高座。
たとえば、舞台となる小田原の宿の相模屋の主が、疑い深い女房に、「おまえはすぐそうやって人を疑ってかかるけど、人間は信じ合わなけりゃならない」なども可笑しい。
一文なしの絵師が、その女房のことを「いつから、飼っておる・・・女じゃない、かんなだな・・・お前の命を削る」でも、つい笑ってしまった。
衝立に描いた雀がわからないと言うので、一文なしが宿の主に「お前のまみえの下についているのは何だ」と問う常套のクスグリで、小満んは、「役に立たぬなら、くり貫いて、煙草入れの緒締めにでもしておけ」と言ってから、「銀紙でも張っておけ」と言っていたが、煙草入れの緒締めは、初めて聴いたように思う。
雀が絵から抜け出して、お向かいの家の屋根で餌をついばんだことを、そのお向かいの主に言うと、とうとうおかしくなったかと思ったお向かいの主の「かわいそうにねぇ」の一言も、いいんだよねぇ。
また、相模屋の夫婦の会話、絵師と相模屋の主の会話の、部分部分でのリズムの良さ、大袈裟な顔の上下ではなく、目だけで切る上下の具合も、この人ならでは。
一文なしの父親は、籠を書かず、「呉竹の一群れ」を描いて、雀たちを休ませる。
はて、どんなサゲかと思うと、なるほどと思う初めて聴くサゲで締めた。内容は、内緒。
独自の工夫なのかどうかは勉強不足で不明。
絵師が衝立に描く際、枕を二つ用意して、平に置いてから描く、という細かな設定も初めて聴いたなぁ。
サゲ前、絵師が絵の裏に書く「旅人は雪呉竹の群雀、泊まりては立(発)ち泊まりては立(発)ち」も、父親の描いた呉竹にかかっているし、噺に相応しい。
軽妙洒脱な、そして微笑を醸し出す高座、今年のマイベスト十席候補とするのをためらわない。
終演後は、我らがリーダー佐平次さんと二人、関内で来年開店から四十周年を迎えるという老舗のお店で居残り会。
しっかりした大きさの“のどぐろ”焼きは絶品で、かつお安かった。いつもの“くさや”も結構。“むつのなめろう“や小鮎など美味しい肴に、久しぶりに、いろんな話で盛り上がり、「男山」から始まり「神亀」に移った熱燗徳利が、さて何本空いたのやら。
小満んの会の後の居残りは、二時間かかったところで帰宅が日付変更線を越えることがないのが、これまた結構なのであった。
次回は7月21日、『千両みかん』『那智の滝』『天災』がネタ出しされている。
これまた、楽しみだ。
こんどの25日落語研究会は小満んが「髪結新三(上)」です。
