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噺の話

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明治時代にあった英語の「寄席ガイドブック」(後編)-興津要著『落語家-懐かしき人たち』より。

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 さて、明治時代、フランス公使館の書記官だったJules Adamによって書かれた「寄席ガイドブック」、『JAPANESE STORY TELLERS』(『日本のハナシカ』)を興津要さんの『落語家-懐かしき人たち』からご紹介する後編。

 寄席で高座が始まる前の楽しみについて、次のようにガイドブックに記されている。

 中売りの女性は、やさしく、上品にお茶を出してくれて、「おあがんなさい(どうぞ、おあがりください)」と言います。
 お茶が出るのは、眠ってしまって、これからはじまるおもしろい演(だ)し物を聴きのがさないように(眠るというのは、たいへん失礼であろうが)という心づもりではないようで、そこにいるみんなが飲んでいるところを見ますと、それは、習慣にすぎないようです。したがって、もしもことわったりしたら、変なひとだと思われることでしょう。だから、そのおいしい飲み物をもらい受けるのがよろしいと思います(その飲み物には、当然のことながら、砂糖ははいっていません。したがって。一般にヨーロッパ人には飲みにくくて、しかめっつらすることが多いようです)。
 と言いますのは、前もって、席料として、さぶとん代とお茶代とを支払ってあるのですから・・・・・・。
 もしも盛大にやりたい気持ちがあれば、いろいろなごちそうがありますから、それを注文すればいいのです。
 たとえば、酢のきいた米のちいさなかたまりを魚の切り身でくるんだもの、干し海草、大根、ちいさく切ったイカなどがあります。
 
 アダムさん、「寿司」という言葉は知っていただろうと思うのだがなぁ。
 「干し海草」は、塩昆布だろうか。

 西洋の人にとって、馴染みのない、甘くない日本茶は先に代金を取られたので我慢して飲む迷惑なサービスだったようだ。

 さて、苦いお茶で寿司をほうばり待っていると、“宴”が始まる。

 そのうちに、そこにいる者は、みな黙ります。
 最初の幕があがって、ハナシカがあらわれたからです。
 そのハナシカは、ごく若手で、初舞台の者か、ここでは前座と呼ばれていますが、そういう類(たぐ)いの者です。
 完成の域に達した芸術家である真打は、主要な演し物として、いちばんおしまいにとっておかれます。 
 それは、彼が観客の喝采を引き出す可能性がもっとも高く、とりわけ、つぎにまた、お客を呼ぶこともできるからなのです。
 前座の語る演し物は、落し咄、つまり、おかしい小咄です。
 それは、きわめて短く、長くても、せいぜい三十分くらいのものです。
 つぎに、幕間の演芸がつづきますが、それは、演し物に変化をつけるためなのです。
 三味線が、部屋のすみずみにまで鳴りひびいたり、テヅマと呼ばれる手品師が手品を見せたり、刀を飲みこみ、それを、お客の紳士がかぶっている帽子のなかから、いくつかの玉子に変えて取り出して見せたりします。
 そのあいだに、はじめに出たハナシカは、大いそぎで、その寄席を抜けて、ほかの寄席で落し咄をするために出かけて行きます。

 なかなかしっかりと寄席という演芸の内容を伝えているように思う。
 色物も、大事な演し物であったことが、うかがえる。
 そして、寄席の“宴”も終盤になる。

 十時近くになると、いよいよ真打が登場します。
 お客のあつかい方は十分に心得ていますから、おちつきはらっておじぎをして、おもむろに咄をはじめます。
 彼は、咄の内容に合わせて、いろいろと声を変えてゆきます。つまり、笑い声から泣き声へ、声を強めたり、怒ったりして、表現しょうとする人物に合わせて声を変えます。彼は、しばしのあいだ、その人物になりきっているのです。
 社会のいろいろの階級には、それなりに、善と悪があるものです。
 そのうちでも、悪のほうが多くあるようですが、それが、彼の批評の的となるわけです。
 また、継母というものは、どこの国へ行っても悪玉とされていますが、ここでも同じです。
 真打の持ち咄は、一般に長く、しかも、十回か二十回、ときには三十回ぐらいの回数が重ねられます。

 トリの出番が、夜の十時頃かぁ。
 短くても三十分は演じるだろう。
 当時の寄席はハネるのが遅かったことは、本などで知ってはいたが、この本で再確認できた。

 この『JAPANESE STORY-TELLERS』は、前篇で紹介したように、明治32年の発行。
 円朝は翌明治33(1900)年に没した。
 アダムさんは日本滞在中に円朝の高座も聴いていることは、後で紹介する文章から明らか。 
 掲載されている寄席の絵には、円朝の大看板が描かれているしね。
 
 継母を悪玉、という文章から『牡丹燈篭』を連想しないでもない。

 この文章を読んで注意すべきなのは、アダムさんは、落語家と講釈師をまとめてハナシカと称している、ということ。
 よって、十日どころか二十日、あるいは三十日も続き物を演じる真打の中には、講釈師も含んでいる。
 前篇で引用したように、重要な寄席として鶴仙を挙げているが、鶴仙は講談の席として有名だったようだ。

 アダムさん、落語も講談も好きだったんだねぇ。

 もちろん、当時は落語にしても、円朝やその弟子たち、そして、円朝のライバル燕枝などを含め、トリは講談のように続き物を連日演じることが多かった。
 落語も講談も含め、今日の寄席とは、演じる方も、聴く客のほうも、楽しみ方の時間軸が違っていることを強く感じる。
 遊びが少なく、歌舞伎は日中演じられるから行く時間も財布の余裕もない庶民にとって、寄席に連日通う楽しみは、格別なものだったのだと察する。
 
 このあと、講談を含む真打の芸について、アダムさんが大いに感銘を受けたことを物語る文章が続く。

 身振り、手振りは控え目ですが、印象的であり、言いまわしは完璧なものです。
 そういうぐあいにして、彼は、お客の心をかき立て、引き寄せてゆくのです。
 愁嘆場-たとえば、裏切り者が、まさに捕まろうとするときや、永いあいだ離れ離れになっていた恋人たちが再会するという場面になりますと、彼は、咄をやめてしまします。そして、「・・・・・・おあとは、明晩のお楽しみ」と靜かに言い、礼をして座を立ちます。したがって、つぎの晩になると、お客は、またやって来て、ほんとうに裏切り者は捕えられたのだろうか、恋人たちは、まちがいなく逢うことができたろうか、と知ろうとすることになります。
 ハナシカというのは、ほんとうの芸術家です。ときには、著名な作家でもあります。
 たとえば、無比の才能を持つ真打でもある伯円(注、講釈師松林伯円)や円朝がそれです。
 伯円、円朝亡きあと、もっとも有名なハナシカは、燕林、如燕(注、いずれも講釈師桃川燕林、桃川如燕)、柳枝、小さん、そして伯山(注、講釈師神田伯山)などです。

 伯円は名人と言われた二代目かと思うが、彼は明治38(1905)年に没しているので、円朝にしても伯円にしても存命中にアダムさんは「亡きあと」と語っていることになるなぁ・・・・・・。
 あくまで、「後継者」を語るための表現なのかと考えよう。

 アダムさんによる寄席に関するガイドは、そろそろサゲに近くなった。

 ハナシカが、大衆の人気を博するようになりますと、一か月に百円(十ポンド)ぐらいの収入があります。
 固定給のもらえない者もいますが、収入(あがり)の六割はハナシカのものになり、四割は座元のものになります。
 ハナシカと、それぞれの寄席(といいますのも、一晩に五、六軒の寄席に出演します)との出演契約は、二週間を超えることはありません。
 金持ちの家に呼ばれて行くことも、しばしばあります。
 こういう金持ちは、ハナシカを呼んで咄をしてもらい、たいせつなお客をもたなそうとします。
 そのような場合には、ハナシカは、三円から十円をもらっています。
 間もなく、このハナシカについての短い研究も終りますが、その前に、ひとつおもしろい話をつけくわえておきたいと思います。
 この芸術家の協会には、その一員として-おそらく耳を疑われるかたもいらっしゃいましょうが-イギリス人のB氏(注、快楽亭ブラック)という人物がくわわっています。
 どのようにして、氏が日本に来たかは定かではありません。
 ハナシカの経済状況の説明があり、その後、ついにブラックが登場。

 前篇では、後編でブラックのことも本書から紹介すると書いたが、ここまででも結構長い記事になってしまった。

 また、興津さんの本には、アダムさんの『日本のハナシカ』の後半のみならず、ブラックの談話に基づく自伝(明治33年、文禄堂刊『当世名家・蓄音機』所収)と、今村次郎によるブラックの高座『英国の落語』も掲載されている。
 実は、この『英国の落語』は、まさに今村信雄作『試し酒』の元ネタであることも発見した。

 それらの内容を含め、本記事とは別に「初代快楽亭ブラック」として記事を書きたい。

 まずは、明治時代に発行された海外向け「寄席ガイドブック」、『日本のハナシカ』のご紹介は、これにてお開き。

 『落語家-懐かしき人たち』で発見した『JAPANESE STORY TELLERS』は、明治時代の公使館書記官が、落語や講釈を、実に高く評価していたことを知る貴重な記録だった。


Commented by 熊吉 at 2016-03-16 16:55 x
Japanese story tellers は、桂文我の 落語「通」入門 に、全訳が紹介されていますよ。
Commented by kogotokoubei at 2016-03-16 16:58
>熊吉さんへ

えっ?!
そうでしたか。
まったく迂闊でした。

落語「通」入門、私はAmazonのレビューまで書いているのに・・・・・・。

貴重な情報ありがとうございます。

文我の本を読んで、また記事に書きます。
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by kogotokoubei | 2016-03-16 12:58 | 落語の本 | Comments(2)

落語のことを中心に、ときたま小言や独り言。


by 小言幸兵衛