十五夜だけではない、江戸時代の月の愛で方。
2015年 09月 27日
十五夜に加えて月を愛でる日としては、旧暦9月13日の十三夜が有名。
しかし、江戸時代の人々は他の日にも月を愛し、楽しんでいたということを紹介したい。

杉浦日向子監修『お江戸でござる』(新潮文庫)
出典は、お馴染みの『お江戸でござる』。
平成7(1995)年から平成16(2004)年まで放送された、NHK「コメディーお江戸でござる」を本にしたもので、もちろん杉浦日向子さんの監修。
言葉の起源についても勉強になる部分を、引用する。
八月の月見も、十五夜だけでは終わりません。次の夜は「十六夜(いざよい)」で、満月よりも、出るのがちょっと遅くなります。「いざよう」というのは、ためらっている状態をあらわしています。
その次の夜が「立待月(たちまちづき)」。立って待っているうちに、月が出てきます。物事が早くはかどることを、「たちまち」というのは、ここから来ています。また、江戸時代の即配便を「十七夜(じゅうしちや)」と呼ぶのは「たちまち着く」というシャレからです。
「いざよう」や、「たちまち」という言葉の起源が「月」だったとは。
ここで、まだ月の楽しみ方が終わらないのが、江戸人の凄いところ。
十八夜が「居待月(いまちづき)」で、座敷で待っていると、月が出ます。十九日が「臥待月(ふしまちづき)」です。座敷に横になって待ちます。さらに出てくるのが遅くなると、「更待月(ふけまちづき)」といいます。夜更けにならないと出てきません。
江戸で月見が最もにぎわったのは、実は「二十六夜待ち(にじゅうろくやまち)」です。八つ(午前二時くらい)に月が出てくるので、それを、どんちゃん騒ぎをしながら待ちます。水菓子、にぎり鮨、天麩羅、二八蕎麦、団子などの屋台が出ます。月見を口実に、夜更かしができるというわけです。「月見舟」も出ます。
「二十六夜待ち」なんて、言葉自体が死語化しているねぇ。
ちなみに、この「二十六日」は、旧暦の七月二十六日。
月の出が遅いので、“待ち”なのである。
待つだけの、ご利益がある、と信じられていた。
二十六夜待ちでは、観音様、阿弥陀様、勢至菩薩の三尊の光を見ることができるといわれ、信仰に対象にもなっています。月は女性と深い関わりがあり、子宝・子育ての願もかけます。秋に収穫の時期なので、農耕の感謝の気持ちも込めます。月見の種類の多さを知るだけでも、どれほど江戸の人々が感受性が豊かで粋か、よく分かる。
さて、これから団子・・・ではなく酒と肴で月見と洒落込むか(^^)
私は三日月とか半分の月も好きなんです。
星と違って月はまだみえます。
見えなくなったら東京もおしまいです。
