柳家小満んの会 関内ホール(小ホール) 9月24日
2015年 09月 25日
いつものように、ロビーのモニターで開口一番の小かじの『道灌』を、近くのコンビニで買ったおにぎりを食べながら見た。上手くなったような気がする。
サゲ近くで会場へ。
天気のせいなのか、入りは五分ほど。常連さんの固定客はついている会だが、もっと入って良いように思うなぁ。
加えて、いつもいらっしゃるあの方が、見当たらない。
ネタ出しされていた三席、順に感想などを記したい。
柳家小満ん『厳流島』 (24分 *18:46~)
このネタで、これほど味わいたっぷりなまくらを聴かせてくれる噺家さんを知らない。
まず、「秋の川 四条五条と 急ぎけり」といったん都の句をふっておいて、東に戻り隅田川にかかる橋のことへ。
江戸時代に架橋された橋を古い順(両国橋->新大橋->永代橋->吾妻橋->清洲橋)に紹介し、両国橋と吾妻橋の間に厩橋が架かる前の厩(御厩)の渡しのことから本編へ。
季節感があり、ネタに相応しい五分ほどのまくら、私はもっと聴いていたかった(^^)
厩の渡しは侍は無料だが、町人は四文の渡し賃が必要だった。しかし、竹屋の渡しが二百文から四百文もしたことと比べれば安かった、なんてぇ勉強をさせてくれる噺家さんは、そうはいない。
渡しもたくさんあって、とずらっと並べ、最後に「あなたの私」なんてぇ科白で締めるところも粋だねぇ。
本編でも、ネタに関わる薀蓄が適度に入る。
羅宇屋が万力で羅宇と吸い口の部分を締めることを、羅宇を殺す、と表現するなんてぇことは、きっと羅宇屋さんにじかに聞いた知識なのだろう。
手や指を添えて煙管を大事に扱う仕草を見せ、つい怒ったりすると煙草盆の角に煙管をぶつけキズをつけてしまう、と説明し「新煙管(きせる) 振られた晩に きずをつけ」の川柳。
こういう落語が、本来の江戸落語なのだなぁ、などと思いながら聴いていた。
船に居合わせた町人達のテンポの良い会話や岸においてけぼりになった侍への罵声が楽しかったし、「屑屋だけに、ボロを出した」なんて地口も笑わせる。
まくらだけでも楽しめた。こういう軽い噺でこそ、噺家さんの力の差が出る、そんな見本のような高座だった。
今年のマイベスト十席候補とまではいかないが、何かの賞をあげたい佳作。
柳家小満ん『三人息子』 (22分)
いったん下手に下がってから再登場。
元は上方落語で、『三人兄弟』とも言う。
この噺は、2010年の12月、国立演芸場で行われた桂文我の会で聴いている。
2010年12月6日のブログ
亡き桂小金治さんをゲストでお迎えし、先代三笑亭可楽譲りの『三方一両損』の見事な江戸っ子の啖呵を聴くことのできた日だ。
東京では小里んも演じるらしいが未見。
日本橋石町の大店の三人兄弟は揃って遊び人。とは言っても、好みが違っており、長男の幸太郎は、日本橋芳町の芸者などと、おつに静かに遊ぶのが好き。次男の銀次郎は婀娜で鉄火な辰巳芸者が好き。三男の政吉は、吉原をひやかしたり、博打をするのが好き、と三人三様。
三人とも、あまりに遊んでばかりいるので、父親は二階に三人を幽閉した。
ところが、長男が貸本屋の善公に深夜に外から梯子をかけるよう頼んで、逃亡を図る。
結局三人は二階から脱出して思い思いに遊んで、朝帰り。
父親に「夜中にどこへ行っていた?」と詰問され、その答え方で誰に身代を譲るかを決めようとする、というような筋書き。
『片棒』にも『干物箱』にも似た噺だが、何と言っても聴かせどころは、末っ子、政吉の妄想部分。
「蕎麦屋が来るのが、引け過ぎ、大引け前。その頃だよ、おれが出かけるのは」
「ひやかしの時は、喧嘩が出来るように、はじめっから拳固をつくっておく」
「ひやかしの(花魁からもらう)煙草は、一服じゃいけない、一服半」
などの独り言をまくしたてる。
おばさんに「上がっていきなよ」と誘われるが、
「汚ねぇ芝居小屋の、一番いい切符をもらったようで、行きたくもあり、行きたくもなし」
などの科白が可笑しい。
贔屓の花魁と、酒を飲ませろ、いや大引け過ぎだよ明日にしなよ、でつい諍いになり、政吉が拳固を振り上げたところで、おばさんが仲介に入る。この、おばさんが楽しい。
花魁も政吉を悪く思っていないので、「あの拳固を振り上げた形は、音羽屋だった」の科白で笑った。
そんな妄想にひたっているうちに、二人の兄は善公が架けた梯子を伝って逃げ出していた。
しかし、その梯子はすでに外されている。政吉は梯子などいるものか、と二階から飛び降りて吉原へ。
「朝帰り 行く時ほどの 知恵は出ず」の川柳が挟まれた。
「どこへ行っていた?」という父親の問いに、長男は「運座がありまして」、次男は「謳いの会へ」、そして三男は「吉原へ行って馬鹿なもて様」と答える。
さて、父親が家督を譲ろうとしたのは、いったい誰でしょう。それは・・・秘密です。
吉原での妄想ということでは、『あくび指南』でも繰り返し挟む場合があるが、この噺での政吉の妄想は、花魁、おばさんも含む立体的(?)な会話が実に楽しかった。
珍しい上方ネタを、場所を江戸に移しての好高座、今年のマイベスト十席候補としたい。
ここで仲入り。
外に出て一服。雨はほとんど上がりかかっていた。
さて、三席目だ。
柳家小満ん『井戸の茶碗』 (35分 *~20:20)
今と違って江戸時代は無駄がない、と紙屑屋の話につなぐ短めのまくらから本編へ。
清兵衛さんが、高木佐久左衛門の部屋にまで上がって仏像を売る演出は、初めて聴くと思う。終演後にKさんから、さん喬もそうだとお聞きした。
五十両が仏像の中から出た後、「腹ごもり」の言葉がなかなか出なかったのは、残念。
佐久左衛門と亮介がお窓下を通る紙屑屋を、かたっぱしから止めて顔をあらためる場面は、黒い顔-長い顔-でこすけ、の順。この、でこすけ、というのも珍しいように思う。
仏像から出た五十両や、細川の殿様からの三百両を巡って清兵衛さんが千代田卜斎と佐久左衛門の間を行き交う場面、卜斎を訪ねた後に清兵衛が佐久左衛門の家に戻り、「そういうことでして」と科白の繰り返しを避けショートカットにしたのは、良かったと思う。あの場面で清兵衛さんが一から説明すると、だれるからね。
紙屑屋が集まって細川様のお窓下での話題をしている時、一人が「あれは、仇を探している」という仕方噺をする場面で、佐久左衛門が敵討ちのために稽古を重ね、「やっとうやっとうやっとう、朝はなっとう」という科白や、細川備中守が「これは、井戸であるぞ。鑑定団を呼べ」というくすぐりは、可笑しかった。
しかし、仲入り前の二席に比べると、リズムは今一つ乗っていなかったように感じたし、喉の調子が悪いようにも思ったが・・・気のせいかなぁ。
終演後は、佐平次さん、Kさん、I女史のよったりで、関内の老舗で久しぶりの居残り会。
カワハギ、鮟肝(絶品!)、生しらす、ホヤ、マコ鰈のフライと刺身、などなどの美味しい肴と、諸々の話題で盛り上がった。徳利が、さて何本空いたのやら。
しかし、小満んの会はほど良い時間でお開きにしてくれるので、帰宅は日付変更線を越えることはなかったのだ。
次回は11月18日(水)、『猫の皿』『甲府ぃ』『試し酒』の三席がネタ出しされている。
これまた、落語と居残りが楽しみである。
まあ、いいんだけど^^。
